ヘブン・スイーパー

猫町大五

第1話

 酷い水煙。それも当然で、空からは常軌を逸した量の水が落ちてきている。つまりは大雨だ。

 当然視界も悪い。十メートル先も見渡せない。下りきった夜の帳が拍車を掛ける。何故こんな悪天候の街中を傘も差さずに、真っ黒のコートを着た不審者めいた男が歩いているのか、それには中々重大で、そして馬鹿馬鹿しくアホらしい程に月並みの理由があるのだが、それは追々話すとして。

 まずは、目の前の事象にケリを付けなければならない。


 現状説明。前方から、一台のトラック。見た所、随分とクラシカルなモデルだ。流線型の前方に突き出たキャビンの上には、大型の機関銃が取り付けてある。荷台には、大勢の男達。めいめいに武器を抱えてこちらを狙っている。時速は五十キロ程か。ヘッドライトが眩しい。つまりこれは、所謂『絶体絶命』という奴に違いない。


 ・・・いい加減に対処しないと後々面倒なので、腰のホルスターから拳銃を抜いた。ヘックラー・ウント・コッホ社製の四五口径・自動式。安全装置を外し、構える。

 相手方も察したのか、嵐のような銃撃が飛び込んでくる。それと同時に、発砲。スライドがきっかり二度往復する。一拍おいて、もう一往復。トラックはぐらりと姿勢を崩すと、道路脇へと突っ込んでいった。


『見事なお手並みだ』


 突如、背後からの声。反射的に銃を構え、振り向くと。


『やはりここに来て、正解だった』


 少女。最も本来の意味の少女なら、こんな所に存在はしないはずだが。それに、少女がこんな雰囲気を出す事は、“自分の知識と経験の限りでは”有り得ない。


『ああ、そう身構えないでくれたまえよ。別にどうしようって訳じゃない、ちょっとスカウトに来たんだ』

「・・・スカウト?」

『ああ。迎えのトラックをああも見事に墜としたんだ、実力の確認など不要だろうが・・・どうも、実際に肌で確かめなければ納得出来ない性分でね』


 雨の石畳。街頭の照り返しを、少女の目は反射しない。自分がそう見えているだけかもしれないが――実際そう見えるほど、少女の目には光が湛えられていない。雰囲気にしてもそうだ。見かけ相応の年頃に特有の無邪気さが、一切感じられない。“年の割に大人びている”、そんな域を遙かに逸脱した落ち着き様。余裕?冷酷?・・・否。それを一言で言い表すなら――“老練”。酸いも甘いも嚙み分けた、恐ろしい程の老練さ。その落ち着き払った、ともすれば“無感情”とも受け取れるアルト・ボイスの語り口が、それを一層引き立てていた。


「・・・随分と高く買われたもんだ。世辞か?」

『卑下は良いとは言えないな。癖かも分からんが』

「生憎と。生まれてこの方、胸を張って生きたことが無いんでね」


 自分は、恐怖を感じているのだろうか。いや、きっとそうなのだろう。だが同時に、ある種の高揚感も覚えていた。ここ十数年、感じた事の無いような。


『まあいいさ。ここからは戯れだ。肩肘は張らないでくれよ?』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ヘブン・スイーパー 猫町大五 @zack0913

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る