“幸せを願うティアラ”-2

姉貴あねき姉貴あねききて、姉貴あねき大変たいへん

「ドンク……?」

ひとがたくさんってきたのになにおとがしなくなったから、こわくなっててみた。そしたら」


 くと船上せんじょうさわがしい。まだガンガンするあたまげるとドンクがあせった様子ようすわたしこしていたのがえた。

 その瞬間しゅんかんんできたのはあおけでたおれているジャンの姿すがたまわりをかこ海賊団かいぞくだん姿すがた

 頭痛ずつう一気いっきんだ。

「ジャン、ジャン!! ジャン!!」

 ったときにはドンクとディーディーによってある程度ていど応急処置おうきゅうしょち完了かんりょうしていたけれど、それでもかれ姿すがたわっていなかった。

 かたじた、だらんとれたうできる気配けはいまったくない。どもたちはギャンギャンいている。ディーディーは必死ひっしされたところおさえて、ドンクはずっとこえがけをつづけていた。

「ジャン……?」

 すこしずつ世界せかいおとえていく。まえひかりえていく。

「ジャン!!」

「あ、あわわ、アネキちょっとつッスよ!」

てない!」

く」

 ドンクになだめられて、ようやくからだまった。それでもこころはあせったままだ。

「ねえディーディー、きるよね。ジャンきるよね!」

 その瞬間しゅんかんくちをつぐみ、こちらをかなしげにつめる。

「ねえ、ディーディー!」

「……」

きるよね!! ねえきるよね!! ――ほら。ほらきてよジャン!」

 かたをたたいて一生懸命いっしょうけんめいびかける。

「もう悪者わるものいなくなったよ、これからようやくけるんじゃない、うみこうに! このメンバーで、大好だいすきなみんなで! ほら、はやきなさいよねぼすけ!」

 ディーディーのおさえるなハンカチにしずくがはじめた。

「まだドンクのゆめもディーディーのゆめも、わたしゆめもジャンのゆめかなってないし、せっかくあたらしいメンバーもはいったのに……こんなところでおわかれなんかいやだからね!」

 ドンクのこらえたようなむせびこえこえた。

ちなさいよ!!」

「アネキ……」

いやよ、ディーディー。つづけて、処置しょちつづけて」

「アネキ、うッスよ。……このままだとどのみちたすからないんス」

つづけて!」

病院びょういんちかくにないし、それよりオレたちこのふねうごかせないんス」

つづけてったら!!」

 その瞬間しゅんかん静寂せいじゃくひろがった。

 本当ほんとうみんなかってた。もうこうなってしまった以上いじょうジャンがたすからないってこと。それがくやしいし、かなしいし、でもどうしようもできないし。

 でもどうにかしてあらがってみたいし。

 くずれたわたしをドンクがそっときしめてくれた。どもたちくやしそうにわたしまわりにあつまり、ディーディーはただうつむいたまま塩辛しおからいしずくをゆかにぽたぽたとしている。

 かおだければきれいで、まるでねむったみたいに。


「あのね」

 かれからだげながらぽつりとつぶやく。

「ジャンにおねがいされてたの、ときかれていたいって。……いまがそのときなのにバカよね。おこってよ、まえみたいにバカって」

 うたびになみだがこぼれてこぼれて仕方しかたない。

「……おこって。こうなっちゃったのはきっとわたしのせいなの」

「そんなことないッスよ!」

「ううん。わたしがお母様かあさまうことちゃんといてたらね……あのときフィリップにぶつからなければ多分たぶんまだジャンはいまきてたの」

「……」

自由じゆうになることをもとめすぎてた。だけど王女おうじょ本当ほんとうのあるべき姿すがたとは自分じぶんころしてルールにしたがうことなの。……これはおばあちゃまからの天罰てんばつね。国民こくみん大事だいじおもわないわたししかったんだわ」

「そんな……そんなことないッスよ。そんなことわないでしいッス!」

 大声おおごえにびっくりしてそのほうるとディーディーがなみだかおをぬらしながらこちらにはしってきた。

いッスか、オヤブンはどっちにしろアネキのためにしろ潜入せんにゅうするだったッスよ! そしたらどうなってたかからないッス。兵士へいしにヤリでされていたかもしれないし、処刑場しょけいじょうまできずられていたかもしれないッス。それがたまたまこのになっただけかもしれないじゃないッスか」

「そう、かしら」

「そうにまってるッスよ!」

「……でも……いいえ、まだからないわ。どうしても自分じぶんめてしまう」

「だとしてもアネキ。おしろでこうなってしまってたらオヤブンの最期さいご看取みとることはできなかったッス! そしたら、そしたら、アネキはきっとちが理由りゆう後悔こうかいしてたッス」

 なみだ鼻水はなみずまらなくなってきた。まえがぼやける。かれのほほになみだがぱたぱたちる。

「そうかんがえれば……これ以上いじょうしあわせなことなんてないッス」


いま大切たいせつにするッス」


 ディーディーが背中せなかをなでた時点じてんでもう限界げんかいだった。

 わっとこえをもらしてかれよわったからだつよくだきしめる。

 星々ほしぼしだけがちらちらまたたいて、素敵すてきよる

 キスは、いましたかったようなもする。


 自分じぶんかた自分じぶんこいすべ他人たにんめられていたちっぽけなわたしたすし、すこしのあいだだけどそと自由じゆう世界せかいせてくれた。

 わらっておこって、ピンチにおちいっては必死ひっしきた。

 どんな場面ばめんでもだれかのことをかんがえてきたあなた。我慢がまんせずかせてくれたあなた。全部ぜんぶはなしてくれたあなた。

 まだまだかえれていないのに、ありがとうもりないぐらいなのに。


 ――『ソフィア。おばあちゃまはちょっとのあいだねむるだけなの』


 ふとおもしたのはおばあちゃまをくしたお葬式そうしきときのこと。

 お母様かあさまやさしくきしめながら、まだ「」がからないわたしった。

てるの?』

『そう。神様かみさまがおむかえに来てくださるからその準備じゅんび。……おとぎばなし恋人こいびとうためにたびするのよ』

『おばあちゃまはまた冒険ぼうけんするのね!』

『そうよ。そのためにはゆっくりやすまなくっちゃね。だからソフィア、おばあちゃまに子守歌こもりうたうたってくれる?』

『もちろんよ!』


「ねーむれ……」


 そうだ。

 ほめてくれたこのうたで、かれおくろう。

 それがかれたましいやすらぎになるのなら、わたし何度なんどでもこえれるまでうたつづけようとおもう。


 それが王女おうじょ役目やくめ


ねむねむれ いとしいおはな

はなびらたたんで ゆめよう

くものベッドにあず

月様つきさまいだかれるゆめ


ねむねむれ いとしいおはな

月様つきさまは きたいの

あのもりおく しずかないえ

こいしいくろねこ にわへ”


 * * *


 異変いへんはそのとききた。


 最初さいしょ気付きづいたのはディーディー。

 しろやわらかいひかり右手みぎて、ウエディングドレスの手袋てぶくろしたからている。

「あ、アネキ」

「……なあに?」

「アネキ、右手みぎて右手みぎてるッスよ!」

右手みぎて?」

 われるがままるとたしかにこうあたりがぼんやりひかっている。

 もっとよくようと手袋てぶくろはずした瞬間しゅんかん、それは物凄ものすごつよひかりとなってわたしまえあらわれた。

「……!!」

「そ、それは!」

 よくるとそれはレーヴ王家おうけ紋章もんしょう

 その光景こうけいはまぎれもなく、すこまえたものだった。

 ハッとして夜空よぞらんでおいのりをする。


 必死ひっしだった。


「おばあちゃまおねがい! クライシス王国おうこくのためにきずつけられたサルト・デ・アグワのくろねこをどうかやしてあげて!」

「お、オレからもおねがいしますッス!」

「おれも」

ぼくも!」

「ぼっ、ぼくも!」

「ボクも! ボクも!!」


わたし大切たいせつひとを……この運命うんめいから解放かいほうしてあげて……おねがい!」


 つぎ瞬間しゅんかんしろつよひかり右手みぎてからし、夜空よぞらのぼったかとおもうと一気いっきにはじけて流星群りゅうせいぐんのようにそそいだ。

 見張みはるほどうつくしく、それでいて荘厳そうごん魔法まほうまわりをかこむようにつぎからつぎへとそそぎ、水面みなもたってはしろ波紋はもんえがす。それが夜空よぞらえて、それはそれはうつくしかった。

 そのとき

「あ!」

「おいさんが!」

 一本いっぽんひかりがジャンのからだたり、かれからだつつむ。

 そのままがったかれからだ徐々じょじょつよひかりつつまれ、ふとした瞬間しゅんかん爆発ばくはつしたかのようなひかりはなった。

「きゃ!」

 それは連鎖れんさしてうみ全体ぜんたいらし、あたりを一瞬いっしゅんひるのようにえる。そのままの状態じょうたいがしばらくはつづいた。


 まるで、宇宙うちゅうはじまりのような。


 ――、――。


 気付きづいたときにはあたりはもととおりになっていて、ジャンもすぐそこでさっきみたいにていた。――いや、でもちがう。かれ胸元むなもとから赤色あかいろえている!

 すぐにり、かれからだらす。

「ジャン、ジャン! ジャン!」

「……」

「ジャン!」

 そのとき、かすかにかれかおうごいたがした。

 予感よかんがしてその何度なんどぶ。するとかれくちひらいた。


「しまったなぁ。あんなに格好かっこうつけたのにかえってきちゃった」

「あ……」


「ただいまって、ってもいかな」

「ジャン!!」


 もうたまらなくなっていきおいよくそのくびびつく。かれつよつよきしめてくれた。においをいっぱいかいで、くびにほおずりもたくさんして。かれ体温たいおん体全体からだぜんたいかんじまくった。

「ねえ、元気げんきになった?」

「ああ、元気げんきさ」

元気げんき?」

元気げんき

本当ほんとうに?」

本当ほんとうだってば」

本当ほんとう本当ほんとうに?」

なんならホラ、おまえげてぐるぐるまわれるぞ! ホラホラ、ホラ! それー!」

「え、ちょ!! ま! もうやめてよー! あははは!!」

 そのまま、またかたきしめあっておたがいの無事ぶじ確認かくにんする。元気げんき心臓しんぞうおと本当ほんとう本当ほんとうにうれしかった。

かった、かった、ジャン」

きみ看病かんびょうのおかげだ」

 そのときとおくからかけごえこえ、そちらをみんなやる。

 先頭せんとうふね一番いちばんさきっているのはレイレイ。一緒いっしょっているのは――お母様かあさまとお父様とうさま

「おーい!! こっち、こっちよ!」

 みんなかえしてふねんだ。


 一番いちばんにこちらのふねってきたお母様かあさまときつくきしめあう。


「ごめんなさい、ソフィア! 無事ぶじ本当ほんとうに、本当ほんとうかった」

「お母様かあさま! わたしも、わたしほうこそ!」


 お母様かあさまうでなかは、とてもやわらかくていいにおいだった。


 * * *


「あなたがたが、ソフィアを?」

「あ、いや、その」

 まごまごするジャンにお母様かあさまはぺこりとあたまげた。

「うぇ! そ、そんな! あたまげてください!」

「いえいえ、そういうわけにはいきません。女王じょおうとしてなにかおれいがしたい」

「で、でも……えっと」

なにしいものはありますか」

「や、しいものとわれましても……」

 まごまごしっぱなしでなかなかせないジャンに子分こぶん二人ふたりがこづく。

「え、その……ですね……」

「どうかなんなりとおっしゃってください。あなたがたのおかげでくにまもられたんですから! ――これでようやく王子様おうじさまとの結婚式けっこんしきがあげられるわ。ねえ、ソフィア」

 その言葉ことばにジャンの見開みひらく。

 われたわたしちいさく、うなずいた。

「……あ、そ、それじゃ……ふねなおしたいので……おかね、とか?」

「オヤブン!」

 くいついたディーディーをでさえぎり、ジャンはまっすぐまえいて

「おかねです。借金しゃっきんかかえているのでおかねしい」

はなった。

承知しょうちしました。フィリップ……ああ、いまはいないのだった。アンドリュー! 小切手こぎってをおしなさい」

「はっ」

「あ、それと」

なにか?」


「ソフィ――じゃなかった王女様おうじょさま自由じゆうそとられるようにしてあげてください」

「……」

うみえるように」


「ええ、もちろん。もっと二人ふたりはなってみますわ、これからのかたについて」

「よろしくおねがいします」

 そうしてほんのすこつめってからお母様かあさま

「さ、きましょう」

と、うながした。

 あるはじめて数歩すうほ、たまらなくなって最後さいごさけぶ。

「あ、あの! ジャン!」

 かれかおげた。

みよいうみつくれるようにわたし頑張がんばるから!」

「……」

「ありがとうを、いっぱいかえせるように、頑張がんばるから」

たのむな」


 そうして二人ふたりかれ、冒険ぼうけんまくじた。


 ――、――。


本当ほんとういのか? これで」

 レイがふねのこされたジャックにかってぽつりとう。すで船団せんだんえなくなっていた。

「……いんだ、まりだから」

 あきらかんでいるジャックを横目よこめでちらりとて、しばらくしてからレイはフンとはならした。

「な、なんだよ」

「ヘン、まりだから? へなちょこ弱虫よわむしー、ばかばかしいったらありゃしねぇな! まったく」

「んだとぉ!?」

ったまんまだわ、ボケ!」

 そう怒鳴どなってからふとレイはけ、一束ひとたば書類しょるい右手みぎてってかかげた。


「……なあ、ジャッキー。最後さいご取引とりひきをしないか」


「ここにものがあるんだよ。その小切手こぎって交換こうかんってことで、わないか?」

「――ハ!? 全額ぜんがく!?」

「バカ、たりまえだろ! 借金しゃっきんまみれのくせに!」

「や、だとしてもこっちがハ!? だわ。どこまでがめついんだよテメェは!」

 そこまでってかたいきをする。

 ふと、レイがにやりとんだ。

「だがなぁ、おまえにとっては、絶品ぜっぴんのごちそうだろうなぁ。それにサービスでたのしみもあるんだが……もったいないなぁ」

「……」

「ふふっ、おためしでいからてみないか?」

 ってぱらぱらとめくるとジャックの見開みひらいた。


「こ、これって……!」

「な? ジャッキー。おまえ何者なにものだ」

「……」

海賊かいぞく、なんだろ? なら最後さいごまで海賊かいぞくらしくしようぜ!」

 いながらニマニマがお船長せんちょうかたく。

「さ、おきゃくさん。いかがっすか」

 そのあとつづいたジャンの返答へんとうにさらに口元くちもと三日月みかづきのようにけた。


「よし。パーッとしかけてやろう。主役しゅやくはおまえだ」

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