思いがけない襲撃

「そこまでです」


 ふとこえこえた瞬間しゅんかんんでなにかがジャンのからだつようしろにる。

「うぁ!?」

「ジャン!」

 んできたのはたくさんのげナイフ。それがジャンのているふくし、地面じめんかれ固定こていしてしまった。

「ジャン!!」

 ナイフをいてかれたすけようとろうとした瞬間しゅんかん暗闇くらやみからしてきた人達ひとたちにはがいじめにされてしまった。そのままもっと大勢おおぜいひとかこまれ、はなされてしまう。

「え!? ちょっと!! はなして! イヤアア!!」

「ソフィー! チィ、クソ!」

 いそいでナイフをはずそうとうでげてみたりするけど、ナイフがふかさっていて簡単かんたんにはれない。ふくところどころやぶったりあなけたりしながらナイフをすべはずえたときには二人ふたりあいだには何人なんにんもの兵士達へいしたちかべちはだかっていた。

 けんやらヤリやらをきつけながらジャンをぐるりとかこむ。そのせいでかれすこしも身動みうごきをることができないでいた。

「クソ……クソクソ、クソ! お前達まえたち一体いったいだれだ、ソフィーをかえせ!!」

「それはこちらのセリフなんですがね」

 もう一度いちどこえてきたそのこえ今度こんどはぎょっとしてそちらをく。それはとてもおぼえがあるこえで、そのぬし金髪きんぱつにオッドアイのあのひとだった。


「フィリップ……てめぇ」

ひめ、おむかえにあがりました。おけがはございませんか?」


 かれ無視むししてわたしけられたそのにこやかな笑顔えがおあせがぞわりとかんだ。

 わたしたちをいまかこんでいるのはレーヴ王国おうこく兵士達へいしたちだったのだ。


 * * *


「あ、そうだ、ひめ。ご紹介しょうかいおくれてしまいもうわけございません。どうぞこちらをごらんください」

「な、なに?」

本当ほんとう今朝けさ紹介しょうかいする予定よていだったのですが、なにせこのさわぎでしたので」

 らえられたままされたほうるとそこには体格たいかくがよく、自信じしんちあふれたオレンジがみおとこひとっていた。

 し、しろがまぶしい。

「アーサルシィ(ごきげんよう)!」

「こちら、ヴェレーノ・ド・アグロワさまでございます」

だれ……?」

今夜こんやひめ結婚けっこんするお相手あいて、サルト・デ・アグワの王子様おうじさまでございます」

王子様おうじさま!?」

「よろしくね、小鳥ことりちゃん」

 え!? このひと王子様おうじさまなの!?

 こんなヒキョーな使つかってくるようなひとが? こんなえらそうなひとが……?

「ふふ、ようやくえた。ボクの花嫁はなよめさん」

 おどろいているにこっちになれなれしく近付ちかづいたかとおもうときゅうにあごにえてきた。――ちょ!?

 おもわずあしをばたつかせてすねをばすとすぐにはなれてくれた。

「な、なにすんのよ! ヘンタイ!」

れてるのかい?」

いやがってんの。あんたヘンタイの意味いみってる!?」

「ツンデレさんだ」

はなしトコトンつうじないわね!」

 おもむなぐらつかんでやりたいぐらいだけどいま両腕りょううでともつかまえられているのでどうしようもない。

「まあいまはこんな状況じょうきょうだから混乱こんらんしてても仕方しかたないか。それにそこのヤバンな海賊かいぞくめに洗脳せんのうされてるのかもしれないし。そういうことなんだよね?」

本心ほんしんよ」

「でもこれからはそんなかんがえもあらたまるような素敵すてき生活せいかつができるようにするよ! 約束やくそくする。そうだな……たとえばしろまわりにはきれいな花畑はなばたけつくって、うつくしいドレスも髪飾かみかざりもたくさんってあげよう。退屈たいくつしないようにいろんな使用人しようにんやパフォーマーもあたらしくやとってきみねがいがなんでもかなえられるようにする。どうだい? おしろなかだっていものだろう」

「でもそれってぎゃくからえばそといってことなんでしょう!? そういうことなのよね! だったらわたしいやだから、結婚けっこんなんて! 自由じゆうになれない生活せいかつなんて一生いっしょういや! んでもいや!!」

「おっと、ずいぶんと欲張よくばりさんだな。でもそれは仕方しかたないだろう? ソフィー」

「あなたはその名前なまえばないで!」

「おっとっと失礼しつれい小鳥ことりちゃん」

「それもあんまりきじゃない」

「とにかくだ。きみみたいな可愛かわいらしい王女様おうじょさまそと無闇むやみればこいつみたいにきみ誘拐ゆうかいしてひどいわせるぞくるかもしれない、暴力ぼうりょくるうやつくわすかもしれない。その魔法まほうちからねらってころそうとするやつがいるかもしれない」

すくなくともジャンはあなたよりもひとよ」

「アイツの作戦さくせんだとしたらどうする?」

絶対ぜったいにない! 一緒いっしょごしてきたからかる!」

「そんなの二日ふつかちょっとじゃからないさ! でもボクたちならこれからなが時間じかんをかけてあいはぐくえる」

「どんなに時間じかんをかけたってムダだから! わたし、あなたのお人形にんぎょうじゃないの!」

「それに、一番いちばん問題もんだいは、灼熱しゃくねつ太陽たいよう乙女おとめのおはだにはくないってことだ」

「だからさわらないでってば!」

 その瞬間しゅんかん兵士へいしかべこうがわがわっとどよめき、直後ちょくご王子おうじほほなに銀色ぎんいろひかもの――さっきんでげナイフ――がかすめ、そのままそれはわたしうでらえる兵士へいしにもきずをつけた。そんな妙技みょうぎをやってのけたのはモチロン――。

「ソフィー!」

 カットラスでてきをなぎたおしながらこちらに突進とっしんしてくるそのひとわたし大事だいじひと

 王子おうじはなしにちょっとられた兵士達へいしたち油断ゆだんいて突破とっぱしてきたんだ。

「ジャン!」

いまく!」

ひめをまたれてだ! ものどもであえ、であえ!」

 フィリップがそうって増援ぞうえんびだす。

「そんな乱暴らんぼうやめてよ!」

 抵抗ていこうするためにまたおもいっきりあしると今度こんど王子おうじのアソコにクリーンヒットしてしまった。

 あ。

 やべ。

「……!!」

 さっきのすねりはなんとかえられてもこれはさすがにえられない様子ようす王子おうじ。そのあまりのはげしさに兵士達へいしたちがたじろいだ。

 チャンス!

 すかさずあばれまくってなんとかす。さっききずつけられていたこともあり、上手うまちからはいらない兵士へいしからのがれるのは簡単かんたんだった。

「ジャン!」

「おいで!」

 こうからさすがのけん……じゃなくてカットラスさばきでこちらにかってくるジャンのむねがけていきおいよくびこむ。

「させるか!」

 瞬間しゅんかん、フィリップがげたナイフがまたジャンの上着うわぎ今度こんどうしろのすそにふかさり、その衝撃しょうげきからだのバランスがくずれた。

 もうすこしでとどきそうなかれからだはなれていく。いずみかってからだかたむいていく。

「グ!」

「ジャン!」

いまだ、はやひめを!」


 ――そのとき、まるで時間じかんがゆっくりながれたような感覚かんかくおそわれた。


 ジャンがカットラスをげる。

 うしろからは足音あしおとがどんどんせまってきている。


 げたカットラスがいわったときかれなにをやりたいのか不思議ふしぎなことにすぐにかった。

 おもばす。


 かれがなぎはらうようにった左腕ひだりうでわたし右手首みぎてくびをつかみ、


 そして――。


 ドボン!

 おおきなみずしぶきがあがり、二人ふたり姿すがたいずみそこしずんでえた。

「しまった! 小鳥ことりがいよいよられるぞ、え! え!!」

 王子おうじ絶叫ぜっきょうひびき、兵士達へいしたちよろいのままびこもうとする。

 しかしそれをフィリップがめた。

て! おぼれにたいのか!!」

 全員ぜんいんうごきがまる。

「じゃあどうせよとうのだ、フィリップ!」

王子おうじ、どうかわたしにおまかせください」

 いながらうしろのほう目配めくばせをする。


 するとひとつのくろ人影ひとかげがゆらりとうごいた。


* * *


 ザバッ。

「ぶはっ! 大丈夫だいじょうぶか、ソフィー」

大丈夫だいじょうぶ! ついでにうとティアラもベールも無事ぶじ

「わははっ! やるじゃないか!」

 そう大笑おおわらいしてわたしあたまをよしよしとなでてくれる。うれしくてかおがほころんだ。

 せま細長ほそなが水中通路すいちゅうつうろけたさきにあったのはひろ洞窟どうくつのような場所ばしょ。ここをければ秘密ひみつみなとがあり、そこにむかし用意よういしていた脱出用だっしゅつようのボートがあるという。

 ジャンによればあんなほそみち、しかも水中すいちゅうよろいかためたあいつらがれるはずはない、とのこと。

 そりゃそうだ。まったく、自業自得じごうじとくってやつね!

「やっぱりして正解せいかいだったみたい。あのひとわたしのことめるよ」

まったくだ。えらそうにいやがって、ソフィーのことなにかんがえてない」

本当ほんとうにね! ――ああはやふねかえりたい。ねえジャン、これからどうするの?」

「それなら大丈夫だいじょうぶ、ついてきて。脱出用だっしゅつようのボートはもうすぐだ。それでたらふねもどってすぐさま出航しゅっこうやつらがつけられないほどうんととおくにこう」

「いよいよなのね! ――あれ。ところで、それってこういうときのために準備じゅんびしてたものなの?」

「ああ。むかし、もしものときにってじいちゃんがさ――」


 そういかけたそのとき


「どわっ!」


 ぐん、とジャンのからだかたむいた。

 うしろをるとおおきながジャンのあしをつかんでおもっている。

 あしをつかむそのはそのままり、かれたおし、ついに水面すいめんから全身ぜんしんした。

 フードきのくろいマントを羽織はおり、仮面かめんけたおとこのようにえる。おおきなナイフをにもとまらぬはやさでりかぶり、ジャンがけてまっすぐろす。

「あぶなっ!」

 攻撃こうげきころがってけ、直後ちょくご、カットラスをいてナイフとむすぶ。ジャンがつよいのはってるけど相手あいてもなかなかてごわい。

 ナイフ一本いっぽんだけでジャンをどんどんめていく。

「ジャンに乱暴らんぼうしないで!」

 勇気ゆうきしてたいたりをしようとしたらそれを左腕ひだりうでだけではじかれてしまった。

 ちらりとのぞいたうでに「クライシス王国おうこく紋章もんしょう」がきざまれている。

「え」

 ――クライシス王国おうこくのスパイ……。

 見開みひらいてかたまってしまったわたしかってスパイが不意ふいばしてきた。

られちゃ仕方しかたないな」

 そうって唐突とうとつ背中せなかまわしてくる。どこかでいたことのあるそのこえになぜだかとてもどきっとしてしまった。

 こわくてこわくてこえせない。

「やめろ、ソフィーにすな! このやろ!」

 そのときジャンがスパイを背後はいごからはがいじめにして、そのまましばらく二人ふたりでもめった。

 ときにナイフとカットラスがカチカチとおとらす緊張感きんちょうかんあふれるあらそい。なにもできないのが非常ひじょうくやしいけれど、ただひたすらかたずをのんで見守みまもった。

 そしてふとした瞬間しゅんかん

 ジャンがおもりスパイをぶんげたときかれ仮面かめん甲高かんだかおとらしながらはずれた。それはカン、カンとおとらしながら岩場いわばをころがり、やがてうみいきおいよくちてしまった。いまいる岩場いわば海面かいめんから相当そうとうたか場所ばしょにあるため、ここからはとてもることができない。

「しくじったな!」

 仮面かめんくしてきゅう大人おとなしくなったスパイからわたし一緒いっしょ距離きょりをとり、ジャンがそう強気つよきさけんだ。

「てめぇ、こんなところまでついてきて一体いったい何者ナニモンだ! 正体しょうたいあらわせ!」

 そのとき。ジャンの言葉ことばいたスパイがゆっくりとこちらをいた。


 ――その瞬間しゅんかんのことがいまだにわすれられない。

 茶髪ちゃぱつに、エメラルドグリーンのひとみ無精ぶしょうひげ。


「え」


「レイレイ……?」


 見間違みまちがいなんかじゃない。

 たしかにそのひとはレイレイだった。

 でもなんで。

 どうして!!

「レイ、おまえ

「レイレイなんで!」

 しんじられなくて動揺どうようしてる私達わたしたち直後ちょくご、レイレイが正面しょうめんからっこんできた。そのままジャンのはらうちびこみ、ジャンのからだがガクンとくずおれた。

 そしてキロリとこちらをて、先程さきほどジャンにしたのとおなじように突進とっしんしてきた。

「レイレイ! って、なんで! なんで!!」

「……」

うそってってよ!!」

「……」

うそだよね!! レイレイ!!」


 その直後ちょくごわたしからだつつんだマント、おおきなからだあたたかかった。そのぬくもりだけはあのときのままで、でもわたしっている笑顔えがおとはちが無気力むきりょく表情ひょうじょうでこちらをつめながら

「おまえだけはみち間違まちがえるな。自分じぶんみちしんつづけろ」

そうぽつりとつぶやいて、おなかにおもたい一撃いちげきをぶちこんだ。


 気付きづいたときにはわたしはフィリップと王子おうじ一行いっこうふね船室せんしつめられていた。

 そばにジャンの姿すがたは、ない。

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