【U①‐7】じんろう①

 進学校に通って毎日勉強ばかりのオレの唯一の楽しみは、友達と二人で毎日お昼にやってるラジオ風の校内放送と、スマイル動画のサイトに、いろんな自作の動画を投稿すること。

 アニメの音を編集で消して自分の声で吹き替えたり、自作の絵が描けるまでを動画にしたりっていう動画をアップしてる。

 再生回数?最高で1000回くらいのやつがあるよ。すごいだろ?


 はいはい。わかってるよ。オレだってミリオン再生とかしてみたいよ。

 でもさ、ゲーム実況なんか今更やったって、『新選組』とか『きたぐに』のヤツらみたいな集団実況者ぐらい人気になれるわけないし。個人実況者で言えば『ムンクさん』みたいに、毎日のように動画をアップして、運営に呼ばれたり、ゲーム会社から生放送を頼まれたりする存在になんて、なれるわけないじゃん。

 そもそもさ、あの人たちってなんなの?よく知らないけどさ、いわばフリーターでしょ?ニートでしょ?

 進学校に通って、良い大学に行ってさ、良い会社に入る未来が待ってるであろうオレがさ、フリーターやニートと同じことなんてできるわけないよね。


 歌ってみた動画だってさ、そりゃあ『ふーる。』さんみたいに高校生なのに才能を認められて、動画を出せばミリオンで、合唱動画なんかにもいっぱい使われてさ。そんなふうになってみたいと思ってるよ?でも現実のアイドルがそうであるようにさ、人気歌い手なんてのもきっと使い捨てでさ、月日を重ねて人気がなくなったら、残るものってなに?歌ってみたでミリオン再生されたことが、大学進学とか就職に役に立つの?


 実際にゲーム実況だって歌ってみた動画だって、オレはアップしたことあるけど。良くて100再生ぐらいだったけどさ。才能がないとはオレは思わないよ。ずっとやってれば、もしかしたらミリオン再生になる日が来るかもね。再生数伸びないし、つまんなかったからもうやんないけど。


 で、話は変わるんだけどさ。こないだツイッター見てたら、フォローしてたゲーム実況者の『アラスカ』さんのアカウントにさ。オレも観に行った今年のスマイル動画フェスティバルの出演者の、集合写真がアップしてあったわけ。顔が出てるやつ。


 いや、違うな。『ふーる。』さんだけ蝶々みたいなマスク付けてたけどさ。オレは、その『ふーる。』さんの隣にいる笑顔の女の子を見た時に、ぞっとしちゃうくらい鳥肌が立っちゃったよ。


 だってそいつは、どっからどう見ても隣のクラスの鈴木京すずきけいだったんだから。

 自然と笑みも、ニヤッとこぼれるってもんだろ?







 夏休み明けに顔バレ集合写真がネットに晒されて以降、登下校や休み時間はずっとコッコちゃんと一緒に行動するようになっていた。

 私の下駄箱に写真を置いた犯人は、もちろん名乗り出ていない。でも、クラスや学校の誰かから、私がスマイル動画の絵師『ラッキョ』であることを指摘されたりもしていない。……まだ、なのかもしれない。それがただ、単純に怖い。


 歌ってみたの動画作成は私が集中できないせいで、ちょっと停滞している。二人っきりで閉鎖された屋上へ続く階段でお昼を食べている時なんかに、コッコちゃんはそれを気にしてくれている。「今はいいから」とか「ゆっくりでいいんだよ」なんて、いつも私に優しい言葉をかけてくれて。いつも、すごく申し訳ない気持ちになってしまう。


 正直、コッコちゃんは私にとって、とても頼もしい存在になりつつある。なにかあった時には、きっと彼女は下駄箱で私に告げたあの時の言葉通り、守ってくれるだろう。そんな安心感が、不安定な今の私のメンタルにはとてもありがたかった。


 夏休み明けから、ちょっとだけクラスと私の関係性が変わってしまってきている。今はもう、クラスの中心的存在、とか、頼りになる相談役、というキャラクターではないような気がする。でも、しょうがないじゃん。こっちにはそんな余裕がないんだから。


 そんなある日の朝のことだった。

 コッコちゃんと二人で教室に入ろうとしたら、なんだかいつもと雰囲気が違った。


「なあ、誰だよ、これ……。来る前に片付けた方がいいって、絶対……」


 クラスの男の子の声。コッコちゃんが開けた教室の扉から、彼らが見える。私の机に群がるように、白い半袖姿のクラスメイトたちが集まっていた。


 夏の湿気と、秋の涼しさが混ざったような、過ごしやすいようで、どこか不快な教室の温度。晴れ渡る空から吹いた風が、窓の開いた教室の白いカーテンをふわふわと揺らしている。

 私を見たクラスメイト達の壁が、その風に吹かれでもしたかのように、さあっと開けた。

 その場所だけ、私の席だけ、スポットライトでも浴びたみたいに、私の目がそれを映した。


 一輪挿しの花瓶。

 それが、私の机の上に乗っていた。


 心臓が止まりそうになる。止まりそうになったせいか、鼓動がどんどん早くなっていった。そんな私の心音なんて微塵も知らないみたいに、のんびりとした予鈴が鳴る。


 ひどい。と思った。なんで?どうして?

 でも、もうそれは言葉に出てこない。だって涙が出てきそうになったから。


 でも、ここで泣いてしまったら私が今まで築き上げてきたクラスでのキャラクターが……、なんてことも考えた。でもそれも一瞬で、今さらそんなこと、考えている余裕なんて、もうなかった。

 零れ落ちそうになったから。涙が?それとも私の心が?


「……………っ!!」

「ケイちゃんっ!」


 逃げた。悲鳴を上げていたかもしれない。もうよく分からない。

 私は振り返ってジャージ姿のコッコちゃんを押し退け、学校の廊下を駆け出した。背後から彼女が追いかけてくるのが分かる。


 もうイヤ。もう嫌だ。こんなの。

 なんで?なんで私がこんな目に合わなきゃいけないの?


 階段を駆け下りる。転びそうになった。恥ずかしい。泣いてる。前がよく見えない。上履きのまま外に出て、校門を出て。あとはよく覚えていない。


 気が付いたら、公園の象さんの滑り台の下で、しゃがんで泣きじゃくっている私の肩をコッコちゃんが優しく抱き寄せていた。


「大丈夫。僕がいるから。大丈夫だから……」


 彼女はそんな言葉をずっと繰り返して、私の頭を撫でてくれている。


「ん……私っ、こんなっ……、いじめられて……ぅ、今まで……、こんなの……っうう……」


 ジャージの胸の部分は、私の涙でぐっしょりと濡れている。それに構わず、コッコちゃんはいつまでも、私の隣でずっと私を慰めてくれていた。


 さっきまであんなに晴れていたのに、急に空の明るさが変わる。ゴロゴロ、と空が鳴いたかと思ったら、土くれの公園の地面に水滴が落ちて、その色が変わっていく。湿度を含んだ風がずっと、ずっと私の頬を撫でて気持ち悪い。


「大丈夫。大丈夫だよ。…………僕がなんとかするから。だから、大丈夫……。ね?」


 今のコッコちゃんなら、この急な通り雨の天気でさえ変えてくれそうな、そんな意志のこもった言葉が、ヘッドホンをしたASMRみたいに私の耳元で、ただ静かに囁かれ続けていた。

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