夢うつつの世界

 「夢を見たくない」

それが男の望む今回の依頼だった。男は博士にしか頼めない依頼だ。と言い、駆け込むようにやってきたのだ。男は椅子に座りながらだらだらと冷や汗を流している。向かいにいる博士が男に詳しく話を聞いた。


 話を聞く限り、どうやら男は夢遊病のようだった。夜、夢うつつのままそこらをふらつき、そしてその場でまた寝込む。急に倒れこむものだから、額が痛いまま目を覚ますこともあるのだと言う。しかし男はそれを聞いても合点がいかないようだった。首を横にふり、男はもう一つ付け足した。

「立ち歩くだけじゃない。そもそも寝ているかどうかも怪しいんだ」

博士はより理解が出来なかった。そこで男は、友人が撮ったと思われる証拠映像を博士に見せた。それは三分間の動画で、男が半狂乱の状態で何やら叫び回っている。そこには何かを訴えようと言う意思と、何かを恐れている恐怖の念が感じ取れた。男はそんな事をした覚えもなく、またそこまで恐ろしい夢を見た記憶もない。博士はようやく男が異常であると理解した。


 しかし博士はそれを知ったところでどうしたものか、と言う様子だった。夢と言う物は如何なる場合でも見てしまうもので、不眠をしようにも、精神どころか体にも異常をきたしてしまう。時刻は日が沈む頃となり、男は夜が着実と近づいてくるのでそわそわと体を動かした。博士はしばし考え込み、先ずは夢で見ている光景を確認することにした。幸いにも、博士は夢で見た光景を一つの動画として映し出す機械を作っていた。基本的に無茶苦茶な映像しか流れてこないため、使わなかったのだ。


 最初に博士は男の頭に専用の機械を取り付けた。本来ではコードをつけて直接機械に繋げるのだが、今回は別で動くことが前提であったため、いちいちワイヤレスの物を作らなければならなかった。男をベッドしかない牢獄のような一室に閉じ込め、一日を経過させた。確かに夜中からはドアを激しく叩く音と、壁越しにも伝わる喧しい声が響いたのだった。その声はとても気弱そうなあの男の声とは思えず、しかし叫んでいる内容は一切聞き取れないようなもどかしい気持ちで、博士はそれにも頭を抱えた。


 今朝。博士が男の様子を見ると、男は大分くたびれているようだった。溜め息混じりのその挨拶は、聞く人を不安がらせるような、そんな効果があった。博士は早速男の頭にある機械を取り外し、機械に読み取らせた。機械の中心にあるモニターが砂嵐となり、そして次の瞬間には灰色のひび割れた大地や空と、一人の男が映された。枯れた木々が風で不気味に曲がり、その風も常に甲高い音をひゅうひゅうと鳴らしている。男はこちらを見据え、こう叫び続けた。

「助けてくれ」

あの叫びの意味は、至極単純な物だった。灰色の世界で、男がただ呻き、嘆き、声にもならない辛い叫びをあげているのだ。そして最後に、男は今までよりはっきりと、より聞こえやすい声でこう言った。

「緑を、木々を、安らかな日々を…」

男はそう言い倒れ、動画は終了した。


 その日から、男は二度とあのような事が起きなくなった。それを博士に伝え、そして付け足すようにこう言った。

「多分だけど、俺のそれが治ったのは、あの人が助けを求めれたからだと思う。確認は出来ないし、断言は出来ないけど…けど、どうしてか。あの世界は、あの灰色の世界は、そう遠くない未来にあると思うんだ」

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