予知辞典

 「未来を予知する電子辞書ですか」

折り畳み式の電子辞書を手にした男はそう言った。

「まあ辞書と言うべきか、その未来にあう慣用句だったり、四字熟語を出してくれるんです。開けてみてください」

男が博士の言う通りに電子辞書を開け、そこに表示された文を独り言のように読む。

「…『棚からぼた餅』、思いがけない幸運が来るはずでしょう…と」

そう男が言った途端、インターホンが鳴った。男は居間から立ち上がり、インターホンを鳴らした者はお隣によるものだと確認し、ドアを開けた。

「ああ、どうもいきなりすみません。実家から野菜が送られてきたのですが、なんせ量が多くてですね。近所の人にこうやってお渡ししているんですよ。良かったらどうぞ」

男はそれを素直に貰い受け、感謝の意を述べてからまたドアを閉めた。お隣から貰ったビニール袋を男は改めて見る。みずみずしく色鮮やかな野菜が顔を除かせていた。

「言った通りでしょう」

博士はいつの間にか男の背後に立っていた。

 そして一週間の期限を約束に、博士は男にその予知辞典を渡して去っていったのだ。男はまぐれだと思いながらも、その電子辞書を放さずにはいられなかった。


 次の日の朝。平日なので男は出勤しようとしていた。男が用意を終わらせ、家から出ようとしたその時、またあの電子辞書が目に留まった。大した時間は使わない。すぐ終わる。暗示のように男は電子辞書を手に取り、中を見た。

[威風堂々 時には自身の意見を自信を持って通す事が重要である]

 その答えは、今日の会議であった。プレゼンを男がすると、様々な質問や疑問が他方から挙がった。しかし男は、朝に見たあの言葉を思い出しながら、自信を持ち、その質疑応答をした。結果としては無事に終わり、上司には珍しく褒められるなど、会議での発表は成功だった。


 上機嫌のまま家に帰り、電子辞書を男は見る。やはりどこかモヤモヤとした不安が募っていた。見れば見るほど、次の予知は何か。何をすれば良いか。まるでその小さな電子機器に操られているようで嫌気が差した。

 次の日も、そのまた次の日も、ことごとく当たるその予知が前よりも増して怖かった。男は我慢ならなかった。不意に次の予知を見るのが恐くなり、開ける瞬間投げ捨ててしまった。その後すぐ電子辞書を閉じ、ガムテープでグルグル巻きにしてその場に置いた。男はこの時から正気ではなかった。


 次の日。男が下に降りると、電子辞書がまた目に留まった。男は恐怖で身が縮みそうであった。またいつも通りに電子辞書が置いているのだ。ガムテープのゴミを散らばしたまま。瞬時に男は電子辞書を叩き割った。殴る、蹴る、とにかく無茶苦茶に衝撃を与え、壊そうとした。そして男の手から電子辞書が落ち、その衝撃で電子辞書が開いた。

[因果応報 己がしたことはいつか己に返ってくる]

その瞬間。男の家が火事となった。いつの間にか、コンロに火がついていたのだ。薄れゆく意識のまま、男は倒れた。


 博士は男の家が火事になったと知り、急いで現場に向かい、男の安否を知った上で状況を説明させようとした。男は身に起こったことをまるで博士に抗議するように話した。博士はこの予知辞典があることで、不幸を遠ざけられると思っていたものだから、非常に不満げだった。そして不意に博士は思い。こう呟いた。

「いや、果たして。そもそも確定された未来をあてる機械だったのだろうか。もし、機械に表示される言葉の通りに、未来を改変してしまう機械だったとすれば…?」

博士はその予知辞典を二度と作ることはなかった。


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