透明人間

 博士はネズミにとある水を飲ませていた。するとネズミは、みるみるうちに体全体が薄くなっていく。ついにはネズミの姿はとうに見えなくなっていた。博士は透明薬の実験の成功を祝い、助手を呼んだ。

「助手。とうとう透明薬が完成したぞ!」

「ようやくですか。この薬を完成させるためにどれ程の研究費が必要だったと…」

助手の苦言をていさず、博士は助手にその薬を管理するよう頼んだ。助手はそれを断固拒否したが、博士は

「新しい研究をするから」

と言う一点張りで、言うことを聞かなかった。助手はこれ以上言っても無意味だと思い、やむを得ず透明薬を受け取った。

「それにしても博士。この薬、何かに使うんですか?誰か買い手がいるとか…」

「いや、何も。好きに使ってくれ」

博士は助手が呆然としている間に、自分専用の研究室に逃げた。助手はため息をつき、外の空気を当たりに行った。


 助手は街に出ていた。道交う人々の喧騒を何気なく聞いていると、自分の名を呼ぶ声が聞こえた。振り返ると学生時代の同級生が居た。助手自身は彼の事を同級生だとしか思っていないのだが、彼はやたらと友達のように接してくるので、正直あまり好んではいなかった。

「よお、久しぶり。まだお前あの胡散臭い博士の元で働いてんの?」

助手は何とか感情を表に出さずに努力した。

「胡散臭いって…確かに信じられないような発明はするけど、実績はしっかりあるし…」

「例えば何だよ」

メディアにほとんど出ない博士は、あまり大人数に知られていなかった。そこで助手は、あの透明薬の事を思い出した。

「これ、さっき博士から貰った透明薬。好きに使っても良いらしいから、やるよ」

その透明薬を渡すと、彼は陳腐な物を見るように笑った。

「へへ、またうさんくせえ発明品だな。今使っても良いのか?」

「ここで消えると大騒ぎになるから、そこの路地裏で使おう」

二人は路地裏に向かった。助手が早く飲むように諭す。彼は一気に容器の中の水を飲み干す。すると凄まじい速さで体が消え、彼の衣服がはらりと落ちた。元々静かな路地裏が、一層静かになったような気がした。


 助手は博士に今までのことを話した。

「なに、あれを人に渡したのか。まあ用途と言ったらそれしかないか…」

「博士、あの薬を使った人はどうなってるんですか?」

「さあな、知らん」

助手は自身が行った行為を思い出し、不意に怖くなった。

「ところで、金とか請求したのか?研究費がどうのとか言っていたではないか」

「衣服は持ってきましたけど…」

「じゃあ大丈夫だな。財布も盗れるし、服は売れる。良い金になったじゃないか」

助手は信じられないと言った様子で博士に抗議した。

「それじゃ犯罪者ですよ」

しかし博士はこう答えた。

「別に良いじゃないか。もう彼を探すことは出来ないに等しい。この世に居ないも同然だ」

助手はもやもやとした不満を胸に潜めた。

「そういえば博士。新しい研究って何してるんですか?」

博士は少し笑いながらこう言った。

「ああ、実は透明な状態を戻す薬の研究をしているんだ。もし君の友人が見つかったら、連れてきてくれても構わないよ。きっと気付かないだろうからね」




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