享楽システム

 「ああ、もう死にたい…」

男は会社の中で、小さくそう呟いた。とても他の人に聞こえる程の大きさではなかったが、その場にいた同僚にはしっかり聞こえていた。

「急にどうした。生きている内は何があるか分からない物だぞ」

彼にとっては善意の言葉であっても、男にとっては優秀な彼に言われるのが不快だった。

「失敗を知らないお前に何が分かる」

心の中で毒を吐き、男は仕事に手をつける。すると同僚は、横から一枚のビラをこっそり渡した。そこにはこう書いてあった。

『人生に疲れた貴方に。幸せな社会を築く、享楽システム。ぜひこの番号にお電話ください』

男は彼への気遣いを無下にするわけにも行かず、かといって怪しさしかないこの組織に相談するのにも気の迷いがあった。家に帰って、改めて考え直す。とりあえず、電話をするだけしてみることにした。

「あ、もしもし」

「どうも、享楽システムをご利用予定の方ですか?」

相手は男の声で、元気な様子はまさに人生に何の苦も持っていなさそうだった。

「あ…は、はい。そうです。」

勢いに流され男はそう言った。すると後日男の家に伺うと言い、電話は切れた。取り返しの付かない事をしてしまったのではないかと思い悩んだが、どちらにせよ明日は会社を休むことにした。


 後日。確かに一人の社員が男の家に来た。社員の話と言う物は、簡単に幸せになれる装置についてで、有名な博士が作っている物だと説明した。既に胡散臭いと思い、男は断わ

ろうかと思ったが、社員はよほど自信があるのか、社員はこう提案した。

「では一ヶ月間無料でお貸ししますので、ひとまず体験をして、効果がなかったら私たちが責任をもって元の値段の倍の値段を貴方に差し上げましょう」

男は耳を疑った。『倍の値段』と、確かにそう言った。嘘をつけば儲かる上手い話だが、男の良心がそれを許さなかった。男はまずその小さい機械を頭に取り付ける。防水で、かつ高耐久だと社員が付け足す。つけた最初は実感がわかなかったが、とりあえずそのまま生活をすることとした。

 一ヶ月間、男の思考は明るかった。とにかく幸せと、そう思うようになった。上司の叱咤も、不運な事故も、何もかも正の感情で受け入れる事が出来た。そして一ヶ月後。社員が男の家を訪問する。男は社員に効き目があったと喜ばしく報告した。社員はこう言う。

「では、効き目があったということで、代金を貰いましょう」

男は快く了解した。お互い笑顔のままで、この商売は成立した。そして去り際、社員が礼をするその時。男には社員の頭に小さな機械が見えた。

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