幻想鏡

 博士はとある不思議な鏡を発明した。その鏡は、人一人の体がピッタリと納まる程度の姿見で、博士はこれをパラレルワールドに行くことの出来る鏡だと主張し、実際の映像をネットで公開した。

「さあ皆さん。よく見ておいて下さいね」

その動画は博士が姿見の前で立っている所から始まる。

「この姿見に手を入れて見せましょう」

博士は姿見の鏡の様子を見せるように配置し、博士がその鏡面に手を触れた。すると、鏡面が触れた箇所から歪み始め、博士の腕を飲み込んだ。

「ほら、この通り」

博士は手を引き抜き、再び姿見を見せびらかし、こう言った。

「では一体、この先の世界はどうなっているのか。あなたの望む『理想卿』があるかも知れませんよ。この世に疲れている人は、逃げてみるのも一つの手でしょう」

その一言で動画は終わった。


 結局集まったのは一人だけであった。

「まあ、ネットなんてこんな物か…」

特に落胆した様子も無く、博士はたった一人の訪問者を家に上げた。博士は早速その男に話を聞いた。

「では…あなたはあんな胡散臭い動画を見て、何故ここに?」

動画のクオリティーの低さは本人が一番自覚していた。しかし男は力無くこう答えた。

「うるさい上司や女房。最近は子供の育児の手伝いもしなくてはならない…。こんな世界から逃げれるのならば、少しの可能性でもかけたいのだ」

「なるほど…じゃあそこの姿見の前に立って。人生相談をするつもりはないからな」

男はおぼつかない足取りで姿見の前に立ち止まり、目の前の自分の姿を見た。シワだらけの服や、大きな隈が目立つ。博士の指示も待たずに、男は手を触れた。

「ああ、そういえば。一つ注意事項があった」

男が手を止める。

「これはあくまで取引、あなたが理想郷に行く代わりに、誰かがその理想郷から追い出される事となる。それは理想郷で平和に暮らしている『別のあなた』かも知れない。つまりは、誰かの犠牲であなたはその世界に行けるという訳だ。それでも良いのか?」

男は首を縦に振った。博士は肩をすくめ、男に事情を説明するよう促した。男はまた頷き、完全に鏡の中に入っていった。そのまま歪みは続き、そして今度は鏡から一人の男が姿を現した。そして男はこう言う。

「うるさい上司や女房。最近は子供の育児もしなくてはならない……」

男は頭を抱えて悩ましくこう言った。

「ああ盲点だ。別の世界線でも、私みたいなひねくれた奴がこの姿見を作り、胡散臭い宣伝をしているんだな?そんな物に来る奴なんて、たかが知れてるではないか…」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る