エピローグ
遂に来たツアー最終日。
東京公演はバンド史上最大キャパシティのマイナビブリッツ赤坂で行われる。横浜、埼玉公演のチケットは全て前売りの段階でソールドアウト。そして迎える今回の赤坂での公演、首都圏での人気は確固たるものにしつつあった。
東北の仙台、九州の福岡まで足を伸ばして、最後はライブハウスの中でもグレードが高い赤坂でフィナーレを迎える。ここまでの公演全てに通ったファンはさぞ感慨深いであろう。
全通はしていないリョウでさえこのライブハウスで最後を飾る興奮、喜びはひとしおなのだから。今日のライブは最高に、集大成に相応しい、良いものになる予感しかしなかった。
『もう新幹線に乗ったかな?今日は久しぶりに話せて楽しかったよ。じゃあまた二日後、東京公演でね!』
二日前の名古屋公演の帰りの新幹線、志保からDMが来ていた。
今日も相変わらず会場に着いたのか、まだなのかそういったことは分からなかったがこのメッセージを読む限り今日もどこかで会える気がしているので安心してこの日を迎えられた。
「あっ」
その声を聞いて首を上げると、美羽が目の前にいた。
美羽はこの最終公演のみの参加なので会うのは久しぶりであった。美羽も目の前にかの有名なテレビ局、TBSがありこんな大きいライブハウスでやることに興奮気味であった。
「リョウさん、写真撮ってください!」
ライブハウスを背に写真を撮るのを頼まれた。学生特有のテンションの高さにこっちまで笑顔になる。
「私、チビなんで今日は二階席で見るんですよね」
美羽としばらくライブハウス前で談笑していたらもみじがやって来た。ツイッター上で話していたが今日のためにまたメンバーのイラストを描きお下ろして、お土産として配っている。志保がいない今はもみじがその絵師として代わりに役割を果たしている格好になっている。
「もみじさん、いつも以上に凄い気合い入ってません?」
「そりゃあ、ツアーラストですもん。それに、今度いつ会えるか分からないですし、会える時にと思いまして」
胸にチクッとくる一言であった。今度いつ会えるか分からない、こんなにも親しい関係なのに、なぜそんなことを言うのだろうと異議を唱えたくもなったが今はその意味はなんとなく分かる。
「あっ、美羽ちゃん可愛い!」
Ricoが美羽の今日の服装を見て思わず叫びながら小走りで来た。
「今日、二階席で座って見るのでいつもよりオシャレして来たんですよね〜」
ここにいつもであれば志保がいるはずである。その寂しさは一旦置いておいて、もうすぐ始まる宴に全神経を集中させた。
会場内は割れんばかりの拍手と声援がやむ気配なくこだます。スタッフが今日の公演は全て終了したから速やかに退場するようにと呼びかける。
まさに最高、完璧なライブであった。東京公演特別仕様でプロジェクターを使った映像演出も盛り込まれた。
バンドの、曲の世界観が音と光と映像で具現化された。同じ曲を聴いているはずなのに、新しい要素が加わるとここまで違いが出るかと思い知らされた。
リョウは半ば放心状態で、できれば座り込みたかったが、気がつけば流れに身を任せてドリンク交換の列に並んでいた。
「あっ、リョウくん」
絢香が後ろから声をかけてきた。不敵な笑みで応えるリョウ、今は言葉を発するのも難しかった。
声に出せないなら文字に起こせばいい、リョウはスマホを取り出してツイッターに今の心境を素直に打ってツイートした。
『もう、最高ですだった』
最高と打ったら予測変換で『最高です』が出てしまい、それに気づかずそのままツイートしてしまった。すかさず削除した。DMが一通きていた。
『今どこにいる?会場の外に出たら会おうう、赤坂駅の改札で待っているね』
志保からだった。志保も誤字のまま送ってしまっていることにまた思わず不気味な笑みを浮かべた。同士よ、と肩を叩きそうな顔である。
「ねぇ、この後打ち上げあるけど来る?」
「打ち上げ? あぁ〜これから志保さんと会うので申し訳ないですけど、いいですかね」
「えっ、志保ちゃんと会うの?」
「はい」
「なにさらっと言って。それなら私も行く、なんだ来ているんだ」
「はい、二日前も会いました」
絢香はそれならなんで教えてくれなかったのだとやや不満気であったがリョウの今の調子は明らかにおかしいのであまり追求する気にもなれなかった。外へ出るとRicoがモジモジした様子で話しかけてきた。
「リョウさん、これから渋谷に行きません?」
「渋谷、なぜ?」
「あっ打ち上げの場所が渋谷なの」
絢香がフォローを入れる。
「そうなんですね、でもその前に志保さんに」
「志保ちゃん、来ているのですか?」
ライブハウス前にある階段を降りて改札前で待つ志保。なにやら騒がしい声が聞こえてきた。その方向へ視線を向けると、見たことのある面々が続々、まさかリョウが連れてきたのか。
「あっ志保ちゃんほんとにいたー!」
Ricoが声を張り上げた。そのまま駆け寄り抱きしめる。後にはもみじ、絢香、美羽の順でリョウが最後尾に居た。
Ricoは「逃げなくていいからね」といまいちなんでそんなことを言うのか分からない言葉をかけるが、志保だけはその意味が少しだけ理解している気がした。
もしかしたら、これからはこのように隠れるようにコソコソとライブに来ればリョウと二人でライブ後の感想だけでも語り合えると思っていたがそうもいかないかと希望は儚く崩れる。
(まっ、これでもいいんだけどね)
思えば今日、リョウが初めて打ち上げに参加した。あまりにもライブの衝撃が大きすぎたのか、頭のネジが一本外れた人のような振る舞いで盛り上げてくれた。まだアルコールも一滴も入っていないはずなのに出来上がっている様相である。このギャップがまた密かにリョウの好感度を上げていた。
「志保ちゃん、ごめんね」
「えっ、なにが?」
「私がその、あんなことを頼んだから怒ったんだよね?」
「あぁ。それは違う。タイミング悪くてイラっとしたのは事実だけど、ただ、悲しくなっちゃったんだ」
「悲しくなった?」
「私達なんでこんなに仲良いのに会いたい時に会えないんだろうって思うと、なんだか逆に会うのもつらくなってきちゃって」
「あぁ、それ分かる。いつもみんなと会っても直ぐ別れちゃうから、すごい悲しくなるもん」
「だから大変だよね、そんな関係性の人を好きになったら」
「うん、数ヶ月に一回しか会えない、しかも片想いなんて、辛すぎてどうにかなっちゃいそう。今回のツアーでは頑張ろうとしたけどなかなか上手くいかなくて」
「無理なお願いだけど、みんな空気読んでくれたらね〜」
「あのさ……今更なんだけど、リョウさんって彼女いるのかな?」
「うっ……ど、どうなんだろうね〜?」
そこら辺の事情も把握していない人を好きになってしまっていることに今更ながら悪寒にも似たものが走る。
「本当に私達って不思議な関係だよね。……Ricoさん、本名はなんていうの? 私は谷川美保って言うんだけど」
「えっ、たにかわみほ? しほ、ちゃんじゃないの?」
「だってネット上で本名、名乗るのって嫌じゃん」
「そりゃあ、そうだよね。私は……」
新幹線の中でぶっちゃけトークを繰り広げ始めた二人。
この近くて遠い、濃くて薄い関係からもう一歩、進んだ関係になろうとしていた。
それでも、志保もリョウのことが好きなのは曖昧にしたまま話は流れていく……。
(了)
(補足)
※ ツイッターの仕様は2017年、18年頃を想定しています。
※ 紙チケットより電子チケットの方が良い整理番号、席がくるという根拠はありません。登場人物の憶測だと捉えてください。
※ 作中に出てくる実在する会場「マイナビブリッツ赤坂」は2022年、現在はライブハウスとしての営業を終了しています。
近くて遠い、濃くて薄い 浅川 @asakawa_69
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます