1-2

 人生の中で一際、満たされる日があるからこそいつまでもそれを引きずってしまう。せっかくライブの余韻に浸っていても、地元の駅のホームに足を付けた瞬間に原因不明の胃痛に襲われる。いや、原因はなんとなく察しがついている。明日からまた仕事だからだ。仕事をしなければ、稼がなければ生きていけないことは分かっていても、そもそも何のために生きているの? と考えた途端にこんなにも憂鬱になって働いていることがバカらしくなっていた。物騒な世の中になってきている。自然災害も多い、いつ自分が命を落とすか分からない。そんな不安定な世の中で、経済的な安定だけを求めて働くことの意義には疑問を持つ。

 前回のライブで乗る予定だった日帰りできる最後の新幹線を逃してしまい、ツイッターを通して知り合ったその日は泊まりのと朝まで遊んだ。楽しかった、しかし翌日の仕事には遅刻してしまい大目玉をくらった。もっとあの楽しい時間に浸っていたかった、だから帰りの新幹線が無くなるなんてその時の志保にはどうでもよいことに思えていた。あの選択は間違っていたとは思えない、今でもそう思っている。


(どうせ上司も私のこと煙たがっているし)

 志保はある決断をした。



『また北朝鮮がミサイル発射したのか、もう日本もいつ戦争に巻き込まれてもおかしくない時代なのかもね』


『本当にそうですよね、戦争なんて日本には無関係なことだと思っていましたが、そうでもないなと最近考えを改めました』


『急に戦争が始まって仕事どころではありませんーってなったら今まで真面目に仕事してきたのがバカらしく思えますよね』


『そうですね、だったら今のうちに好きなことをやっていた方が後悔しないかもしれません』


 ツイッター上でリョウとやり取りをしている中で自然とこんな言葉が思い浮かんだ。いつ死んでも後悔しないように今を精一杯楽しむ、それが志保の考えだ。人生100年時代と謳う世の中で、それとは真逆の考え。その考えも間違いではないのは確かだ。やりたいことがあるなら老後なんて言わずなぜ今やればいいとはならないのか、そんなことをしている暇がないくらい忙しい? そんなの間違っている、志保の反骨精神は日に日に増していた。


 志保は元々、自分のことを敬遠している雰囲気のある職場を思い切って退職した。今まで散々ぞんざいに扱ってきたわりにはいざ辞めますとなると最初は難色を示していたのが気に食わなかった。本当は物理的に考えて、どんな人でも必要な存在だと認めてくれたら考え直しても良かったが出てくる言葉は例によって、お前みたいな人間また雇ってくれる人なんていないぞというような言葉であったため怒りという勢いに任せて、悔いなく辞められた。だが勿論リスクも負った。仕事を訳の分からない理由で辞めて両親が黙っているはずはなかった。お金を貯めたらこの家を出て行く、そこまで言ってしまうほどの口論になった。家でも肩身の狭い思いをしている、この現実世界で居心地の良い場所はないとなると今の人はネットの世界に居場所を求める。

 幸い志保にはその居場所はあった。残っている有給を全て使い退職できたので次の職探しまでに多少余裕があり、その空いた時間で好きなバンドメンバーのイラストを描いてはそれをツイッター上にあげた。思いのほか反響があり志保は楽しくなって定期的にあげるようになる。志保の胸には早くも次のライブに想いを馳せていた。


「早くまた皆んなに会いたいな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る