第47話 決別の時

龍造寺氏 …肥前佐嘉郡を中心に勢力を張る一大国衆。少弐氏に反旗を翻す

龍造寺剛忠こうちゅう …主人公 俗名家兼 龍造寺分家、水ヶ江みずがえ家の隠居 一族の重鎮

龍造寺日勇にちゆう …故人 龍造寺分家、与賀よか家の当主

龍造寺孫九郎 …剛忠の孫(家門次男)


少弐氏 …東肥前の大名 大内氏に滅ぼされたものの、再興を果たす

少弐冬尚ふゆひさ …少弐家当主 馬場頼周と共に龍造寺粛清を狙った

馬場頼周よりちか …故人 少弐重臣 水ケ江勢の逆襲を受け、討ち取られる 

馬場政員まさかず …故人 頼周嫡男 父と同じく討ち取られる



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



 翌日、一人の老人が首級と向き合っていた。


「…………」


 老人は言葉を紡ごうとしない。

 床几の上に座ったまま、じっと見つめるだけ。


 だがやがて彼は立ち上がると、首級を両手で優しく持つ。

 そして再び腰を掛けると、膝の上に首級を置き静かに囁いた。


「悔しいか頼周、わしじゃ。その様に顔を歪ませるでない」



 場所は佐嘉の北外れに位置する高木村。

 ここに陣を構えていた、水ケ江勢のもとに届けられたのは、馬場親子の首だった。

 そして設けられた首実験の場で、剛忠は頼周の首級に語り掛けていたのだ。


 彼の首級には、血を洗い流し、化粧を施し、髷を整えるなど、少弐重臣に相応しい処置が施されている。

 しかしいくら装っていても、剛忠の目には、頼周が死の間際に見せたであろう、怯えと苦痛に歪む表情がありありと窺えた。


 龍造寺粛清を果たした後、彼は驕り横暴を働いた。

 だが最期は、潔い死に様を見せて欲しい。

 そう期待した剛忠だったが、首級の表情を見て落胆せざるを得なかったのだ。


 やがて彼は首台に首級を戻す。

 するとそこに、一人の家臣が進言してきた。


「恐れながら大殿は、去る一月、多くの御一門が討たれた際、頼周めが勢福寺城の城門前に首級を埋め、登城してきた者達に踏ませた事をご存じでしょうか?」

「噂は聞いておる」


「ならば今度は、この二つの首級を水ヶ江城の城門の下に埋め、出入りの者に踏ませては如何でございましょう?」


 あくまでその口調は提案。

 しかし顔は高揚し、強い目力を剛忠に向けていた。

 目には目を、歯には歯を、報いを受けさせるべきだと。

 

 さらに陣中を見渡してみると、同様の視線を向ける者が、他にも数人いた。

 対して剛忠は、そなた達の気持ちは分かる、と前置きした上で諭す。


「頼周の所業は狂人の振る舞いじゃ。その様な情の無い事を、我らもするべきなどと申すでない」

「されど、頼周は少弐の佞臣にござります。首級を踏むのに何の遠慮が入りましょうか?」

「佞臣……?」


 その言葉を聞いた途端、剛忠の顔は険しくなった。

 だが進言した者は高揚しており、剛忠の心情を意に介していなかった。


「はい。少弐の御館をたぶらかし、御一門の方々を謀殺しただけでは飽き足らず、佐嘉、小城に動乱を招き荒廃させた罪は、見せしめにして当然──」


「黙れ! そなたに頼周の何が分かる!」


 陣中に剛忠の大喝が響く。

 対して提案した者は、冷や水を浴びせられ言葉を失った。

 普段物静かな大殿が、発言を遮ってまで、何故これ程激昂しているのか?

 目を丸くしていた彼は、およそ剛忠の内心を理解出来ないでいた。

 

 対して剛忠は言って聞かせる。

 彼が少弐再興を志し、傷だらけになりながらも戦い続けた幼少期のこと。

 懸命に知恵を絞って立ち向かった、筑紫満門謀殺のこと。

 己より遥かに強大な西千葉家に対し、果敢に討伐に赴いたこと。


 どれもすでに二十年以上も前の出来事だ。

 詳細を知らない者が増えていくのは仕方がない。

 だが頼周を語る上で、粛清だけで評価してしまうのは明らかに誤っている。

 それを今、正せるのは自分だけ。

 剛忠の説得は次第に熱を帯びていく。そして──


「奴の所領は、東肥前のごく僅かに過ぎん。だが少弐のため、己の全てを賭け生き抜いたのだ! その忠臣の首級を踏めなどと、どうして命じられようか!」


 剛忠がそう話を締めると、周囲の者は恥じて、皆黙るしかなかった。

 だが剛忠本人も、年甲斐も無く熱く語ってしまった事を恥じ、すぐに冷静さを取り戻した声で命じる。


「二人の首級は万寿寺と高城寺へ送り、懇ろに葬ってやれ」


 水上山万寿寺は佐嘉郡の北、與止日女神社から一キロ余り西にある、禅宗の寺院である。

 剛忠の弟である天亨てんこう和尚が住持を務めるなど、龍造寺と縁の深い勅願寺(※)であった。


 また春日山高城寺も勅願寺や幕府の祈願所として知られ、多くの寺領、田畑、山林を有する肥前の名刹だった。

 剛忠は二つの名刹に葬る事で、馬場親子の名誉を守ったのである。



 やがて首実験が終わり、片付け始めた家臣達が、首級を陣から持ち去ろうとする。

 だが剛忠は退席しなかった。


 頼周との付き合いは、実に四十年近い。

 縁あって、戦国という同じ時代に、肥前と言う同じ土地で、少弐という同じ家中の下、共に生きた。

 最後は袂を分かってしまったが、自分の人生を形作る上で、彼が欠かせない大きな存在だったのは間違いない。

 

 だがら今は、ただ刮目すべきだ。彼が歴史の表舞台から去っていく様を。 

 さらば唯一無二の忠臣よ──


 剛忠はそう覚悟を決めたまま、二つの首級が去っていく様を最後まで見送るのだった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



 逆襲という大願は果たされた。 

 ここからは、今回の動乱に関わった家や人々について、その顛末を記しておきたい。


 まず、剛忠と呼応して挙兵した村中家。

 当主胤栄は、四月十六日、夜になってから神代家の千布城に押し寄せ、攻め落とす事に成功。

 粛清から始まる龍造寺家と神代家の遺恨は、これで更に深まる事になる。



 次に馬場政員に嫁いだ家純の娘について。

 龍造寺粛清を受けて、彼女は政員と離縁し水ヶ江家に戻っていたが、後に千葉胤連と再婚。胤連との間に嫡男胤信を儲けている。

 そのため胤連養子の彦法師丸は、天文二十年(1551)、養子関係を解消し鍋島家へと戻っていった。



 そして与賀家について。

 西肥前に派兵したものの、剛忠決起から頼周討伐までの動向がはっきりしない。おそらく沈黙せざるを得なかったと思われる。


 西肥前出兵で、当主日勇(俗名盛家)と、その次男信以、三男三郎四郎が戦死。

 長男鑑房はすでに近隣の国衆、高木家の養子となっており、家には不在だった。


 また与賀家には、家を興した胤家(剛忠の長兄)の実子、胤直もいたが、彼も有馬との戦いで戦死した。


 この様に与賀家は当主と一族を尽く失ってしまっており、とても再起を図れる状況では無かったと思われる。

 与賀系統の一族が脚光を浴びるのは、胤直の子、家親の代になってから。

 家親は龍造寺一門の中でも大きな所領を持ち、家中に影響力を及ぼす事になる。

 


 最後に馬場家について。

 頼周、政員と柱二人を失ったものの、家が滅んだ訳ではない。

 その後は幼少の政員嫡男、鑑周を当主に就け、少弐傘下の一国衆として、龍造寺の威勢拡大の前に再び立はだかる事になる。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



 そして季節は巡り秋。

 佐嘉は平和を謳歌していた。


 しかし慣れない一木での隠棲生活が祟ったのか、剛忠の体は日を追うごとに衰弱の度合いを増していった。


 食事は飲み込むことが難しくなり、量も減るばかり。

 手足、背中、腰では、神経の痛みと痺れが付きまとう。

 八十を過ぎてなお丈夫だった足腰も、誰かの支え無くしては歩けないほど衰えてしまっていた。


 自分の死は遠くない。

 悟った剛忠は、最後の仕事に取り掛かった。

 現代で言うところの終活である。


 まず行ったのが、水ヶ江家の一族に対する、土地と建物の分与。

 次に自分の死後における、後継者と一族の処遇を決めた。

 そしてそれらを記した物を、遺言として関係する一族に渡していったのである。


「お呼びにござりますか?」


 そして一族の中で、最後に剛忠の書斎にやって来たのは、孫九郎だった。

 剛忠は彼を見ると神妙な顔で頷き、机の上に書状を用意する。


 だが他の者とは違い、彼に用意された書状は二つあった。


「まずこれに目を通せ」


 うちの一つの書状を剛忠から受け取ると、孫九郎は中を開く。

 そこには以下の文が記されていた。


 一字の事承り候 鑑兼の名を遣わす 義鑑 龍造寺孫九郎殿 


「これは……?」

「今後の当家の頼りとするは大友家じゃ。故に当主義鑑公に一字を与えて下さるよう頼んでおいた。義鑑公の「鑑」に、わしの「兼」の字をそなたに遣わそう。以後孫九郎鑑兼あきかねと称するのじゃ」



 人生の大きな転機だった。

 鑑兼はよく通った声で「ははっ!」と応えると、神妙に御礼を述べて平伏する。

 現状、水ヶ江家の後ろ盾となってくれる大勢力は、大友家しかいない。

 そのよしみを鑑兼自身が背負う事になったのだ。


 大殿は自分に期待してくれている。それはつまり──

 内心で期待を膨らませた鑑兼は、さらにもう一つの書状を受け取り、中を開く。 


 そこには彼が望んだ一文が記されていた。


 「 一、水ヶ江家惣領の地位は、鑑兼が継ぐ事 」






 ※勅願寺… 国家鎮護・皇室繁栄などを祈願するため、天皇や上皇の命で創建された、または帰依を受けた寺のこと



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る