第45話 決戦の時

この回の主な勢力、登場人物  (初登場を除く)


龍造寺氏 …肥前佐嘉郡を中心に勢力を張る一大国衆。少弐氏に従う

龍造寺剛忠こうちゅう …主人公 俗名家兼 龍造寺分家、水ヶ江みずがえ家の隠居 一族の重鎮

龍造寺孫九郎 …剛忠の孫(家門次男)


少弐氏 …東肥前の大名 大内氏に滅ぼされたものの、再興を果たす

少弐冬尚ふゆひさ …少弐家当主 馬場頼周と共に龍造寺粛清を果たす

馬場頼周よりちか …少弐重臣

馬場政員まさかず …頼周嫡男 龍造寺家純の娘を娶る


西千葉家 …肥前東部の小城おぎ郡に勢力を持つ

千葉胤連たねつら …西千葉家当主


東千葉家 …肥前小城郡に勢力を持つ千葉家の傍流


神代くましろ勝利かつとし …肥前東部の山間部、山内さんないの豪族達を束ねる盟主

江原石見守いわみのかみ …勝利の腹心



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 天文十四年(1545)三月下旬、剛忠決起──

 

 彼が率いる軍勢二千は、筑後一木ひとつきを出航すると、海路にて佐嘉郡川副かわぞえ鰡江しくつえに上陸を果たす。

 そして同地の無量寺に入り、ここを本陣として挙兵に及んだのだった。



 目指すは水ヶ江城奪回。

 寺から城までは距離僅かな上、平地が続き、障害となる物は殆ど無い。

 だが、それは敵勢にも、こちらの動きが筒抜けという事だ。

 迅速の二文字を胸に刻みながら、彼らは城に向かってゆく。

 しかし──



「え? 逃げた?」

「はっ、城はもぬけの空でござりました」


 偵察に向かわせた忍びの者の報告に、水ケ江勢諸将は茫然とした。


 この時の城番は小田家の家臣達である。

 だが彼らは、冬尚の命により警護に当たっていただけ。自分達の城ではない水ヶ江城を、懸命に守ろうとする意気に乏しく、一戦も交えず逃走してしまったのだ。


 暫くして水ケ江勢は念願の入城を果たす。

 だが、その中にいた孫九郎は、戸惑いを隠せなかった。

 不在期間は僅か二か月余り。これ程呆気なく、当初の目的を果たしてしまうとは……


 もし三百の兵で攻めていたら、どうだったのだろう?

 敵は小勢だと我らを侮り籠城し、やがてやって来る敵の援軍と挟撃され、再興の夢は露と消えていたに違いない。


 時節を適切に見抜く剛忠の洞察力。

 奪回はひとえにその賜物であり、孫九郎は彼が味方にいる事を、とても頼もしく思うのだった。



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 翌日、剛忠は軍議にて宣言した。

 村中本家、西千葉家と連携し、頼周を討伐して小城の者達を救う、と。


 それは日を跨いで千葉城にももたらされた。

 当時城にいたのは、冬尚と入れ替わってやって来た頼周である。

 彼は城のあった山──牛頭ごず山に小城の民を集め、彼らを動員して城普請をしている最中だった。


 城下に設けられた陣営の中で、彼は政員と共に奪回の一報を知り、持っていた書状を震わせる。


「信じられぬ……佐嘉はどうなっておるのだ? あの爺、九十二だぞ。決起するか? その下で戦いたいと思うか?」

「それだけ彼らの絆が深いという事でござりましょう」


「おのれ、我らの威を侮りおって!」


 頼周は書状を机の上に叩きつける。


「されど父上、城兵は少数。ここは籠城して時を稼ぎ、援軍を待つ以外ござりますまい」

「分かっておるわ! 覚えておけ、くそ爺…… いずれ御館様の軍勢と挟撃して、その白髪首、息子達の墓前に供えてやる!」


 不意を突かれ、頼周に選択肢は無かった。

 しかし千葉城は、かつて肥前で最も栄華を誇った千葉氏の本拠であり、籠れば十分に戦えるだろう。

 そう判断した彼は急いで戦備を整え、普請の者達と共に襲来を待ち受ける。


 そしてよしみを結んでいた、山内の神代勝利に援軍を送る様、使者を遣わしたのだが……



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「誰が送るか、阿呆!」


 広間に勝利の怒声が響く。


 頼周の使者は、その日のうちに勝利の居城へとやって来た。

 使者の申し出を広間にて聞いた勝利は、彼を別室にて待たせた上で、腹心の江原石見守と共に対応を協議する。


 しかし勝利の表情は険しかった。

 少弐傘下の者なら援軍をよこして当たり前であろう。

 書状には、そんな頼周の思惑が透けて見え、勝利の逆鱗に触れていたのだった。



「やはり先の首実験の場で、一発ぶん殴っておくべきだった。敵将の首を踏む暴挙に加え、粛清に成功した程度で天狗になりおって!」 

「それでも、とりあえず一千程度は手配しておきますぞ」


「何だと? おい石見、聞き流すな。わしは送らぬと申したであろう」

「少弐の威光は無視出来ぬゆえ、頼周と手を組むと申されたのは、他ならぬ殿ではござらぬか!」


 勝利と頼周、両者が手を組んだのは、およそ四か月前のこと。

 それをもう手切れとするのか、と石見守は呆れ勝利を見据える。


 しかし勝利は粛清のため、與止日女よどひめ神社に討ち入りを強要された事も許せなかった。

 神社は神代家の勢力範囲内にある。そのため彼は、肥前に大きな影響力を及ぼす神社とは長年懇意にしてきた。

 その関係にひびを入れられてしまったのだ。



 頼周に関わるたび、嫌悪は深まるばかり。

 何とか出兵を上手く断る事が出来ないか。

 勝利は腕組みしたまま頭を捻るが、良案は浮かんでこない。

 

 そんな時、家臣の一人が広間にやって来てかしこまった。


「殿、佐嘉の村中龍造寺に不穏な動きあり。どうやら領内の北に兵を集めておる様でござります」

「何? して奴らの狙いは?」

「おそらく我らの千布ちぶ城を狙っているものかと」


 千布城は山内の南部、佐賀平野を抑えるための最前線基地である。

 かつて勝利が山内に入る前の神代氏の本拠で、勝利自身もここで生まれており、縁の深い所でもあった。


 剛忠は村中本家に対し、この城を攻めて神代勢を釘付けにする様、要請していたのである。



「石見、好機じゃ」

「窮地の間違いにござる」


 白い目の石見守はにべもない。

 だが二人の思惑は一致していた。この侵攻を理由に出兵を断るべし、と。

 勝利は再び頼周からの使者を広間に迎えると、やや芝居がかった様で慇懃にその旨を伝える。


「あー御館様の懐刀たる頼周殿の申し出なれば、いの一番に駆けつけたい所だが、間の悪いことに千布城が龍造寺に狙われており、真に心苦しいのだが、当家には今余裕がござらん。勿論、事が片付き次第、すぐに向かわせるゆえ、宜しく伝えてくれ」


 深々と頭を下げて、使者を帰す。

 そして直後、広間の外で侍っていた家臣に尋ねた。


「帰ったか?」

「はっ、ただいま城を後になされました」


「よし、では石見、牛頭山に兵を出すぞ」

「はああ?」

「間抜けな声を出すな。良策を思い付いたのだ」



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 一方、剛忠に呼応した西千葉当主胤連は、杵島郡白石より挙兵。

 傘下の地侍達を加えて北上すると、その数を六千にまで膨らませていた。


 四月二日、彼らは小城に入って水ヶ江勢と合流し、牛頭山へと迫る。

 両軍合わせ八千の軍勢は、たちまち城の大構おおがまえ(武家屋敷や城下町を囲った土塁)を突破すると、本城へと向かった。


 だが問題はここからだった。


「放て! 本城には一歩も入れさせるな!」


 山の斜面の上から狙いすました矢が、西千葉勢の行く手を阻む。

 

 牛頭山は小の山、中の山、大の山の三つの峰からなる。

 本城はその中で最も高く、城下の動きが一望出来た、大の山の頂に築かれていため、攻めるのが困難だったのだ。


 水ヶ江勢と西千葉勢は、大の山で歩みを止められてしまい、犠牲者を増やすばかりとなっていた。

 しかし冬尚の援軍が来る前に、とにかく攻め落とすしかない。

 胤連は将兵を激励しながら、遮二無二攻め続ける。

 だがその激しい攻勢も馬場勢を脅かすには至らず、戦況は膠着するかに思われた。



 西千葉本陣に、不意の来訪者が現れたのは、そんな時だった。



「殿、今、陣の外に、百名程の浪人達が戦に加わりたいと志願しておりまする」

「この城攻めの真っ最中になってからか⁉ 何奴だ?」

 

「はっ、山内の浮田善兵衛の手下と名乗っておりまする」

「浮田善兵衛……?」

「以前、殿と共に大内勢を撃退したことがあると申しておりますが」

「あっ!」


 胤連は思わず口をあんぐりと開ける。

 かつて大内の侵攻を奇襲で打ち破り、西千葉を救った浪人達だ。(20話参照)

 あれからすでに十四年の月日が流れていたが、胤連は恩人である彼らの活躍を、脳内にはっきりと記憶していたのだ。


 彼はすぐに陣中に手下たちを招く様、家臣に命じる。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



「お目通り叶い恐悦至極。それがし浮田善兵衛の手下の者にござりまする」

「うむ、よう参った。神代殿は息災か?」


 胤連は手下に近づいて小声で尋ねる。

 対して手下と名乗った者は僅かに顔をしかめた。


 陣中には、胤連の両脇に家臣が二人が控えている。

 その者達の前で、真の名を暴露されたのだ。


 真の名を名乗ると、やがて噂になって少弐の耳に入るかもしれない。

 そこで胤連だけに分かる偽名を使ったのだが……

 当てが外れた手下は、落胆の色を隠せない。


 しかしそれは外れてはいなかった。胤連は微笑みを浮かべ、再び小声で話し掛ける。


「ははは、ここにおるのは、長年わしに尽くしてくれた腹心達だ。そなたが神代殿の使いで来た事は、この者達含め内密にすると約束しよう」

「左様でござりましたか。それを聞き安堵致し申した。では、それがし、神代家家臣、江原石見守と申しまする」


「して、今回敵である我らの陣を訪ねるとは、どういう風の吹き回しかな?」

「はっ、実は主勝利は頼周と手を組み、龍造寺粛清に加担したものの、武士の風上にも置けぬ奴の振る舞いに、ほとほと愛想を尽かしておりまする」


「ほう」

「勝利が申すには、頼周如き西千葉のためにも、山内のためにもならぬ奴は討ち取ってしまえ、と」

「ははは、成程、彼らしい。それでそなたを遣わしたと」


「はい。勝利とそれがしは、かつてこの城にて東千葉家に仕えており申した。城の構造は熟知しておりますれば、御味方を城内まで手引きして御覧にいれましょう」



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 まさに渡りに舟の提案だった。

 胤連の二つ返事の承諾を受け、石見守はすぐに西千葉勢と共に本城へと向かう。

 そして水路を辿って山を登ると、城内に侵入し火を放った。


「敵じゃ、裏切者が出たぞ!」


 発見して狼狽えた敵兵の声が、城内に響く。

 火はたちまち風に煽われ、周囲の木々に燃え移ると、白煙を次々に立ち昇らせていった。

 その間にも、石見守達は方々に散り、放火を繰り返す。

 やがて立ち込めた白煙は、城下の者達にもはっきり見える程にまで大きくなり、 小城における頼周の統治の終焉を、彼らに告げようとしていた。


 だが、それでも当の頼周は諦めない。


「ええい、静まれ! 逃げるな! 落ち着いて火を消せ!」

「殿、もはやこれまでにござりまする。敵が城内に押し寄せる前にお立ち退きを!」

「退却などと、下らぬ事をわしに指図するな!」

「ぐあっ!」


 畏まって進言してきた家臣の顔を、頼周は足蹴りにする。

 さらに苛立ちに任せて、彼の胸倉を掴んで罵ろうとするが、それは駆け込んできた政員に止められた。


「父上、城門が破られ申した。間もなく敵勢はここまで押し寄せて参りましょう。一刻の猶予もござりませぬ、退却を!」


 さらにその直後に、別の家臣が駆け込んでくる。


「一大事にござります! 普請に当たっていた土民どもが蜂起! 鍬や鎌などを持って味方を襲っておりまする!」

「何だと!」


 怒りで凄んだ頼周の目が丸くなってゆく。

 

 だが驚く話では無いだろう。

 攻め手は長年小城を治め、なじみの深い千葉家の本流。

 対する守り手は、いきなりやって来て、労役を課すばかりの余所者頼周。

 威を以て押さえつけても、土壇場になると民がどちらに味方するかは、火を見るより明らかだった。


「おのれ、おのれぇ! どいつもこいつもわしに逆らいおって! 刀の錆にしてくれる!」

「お止め下され、父上!」


 再び怒りで我を忘れた頼周は、抜刀し城門に向かおうとするが、政員と家臣達に瞬く間に羽交い絞めにされた。

 彼らの思惑は一致していたのだ。説得する時間すらが惜しいと。


 そしてなお暴れようとする頼周を抑え込んだまま、彼らは裏道から下山すると、居城である綾部城を目指し、僅かな手勢と共に馬を走らせる。



 しかし、その動きは剛忠に読まれていた。


 


 




 

 

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