第31話 大宰大弐

この回の主な勢力、登場人物(初登場を除く)


※今回龍造寺家の人物は登場しない


大内氏 …本拠は山口 中国、北九州地方に勢力を張る西国屈指の大名 

大内義隆 …大内家当主

すえ道麒どうき …名将と称えられる大内家の有力者 周防国守護代


少弐氏 …本拠は勢福寺城 龍造寺家を傘下に置く東肥前の大名。大内氏と敵対

少弐興経おきつね …少弐家当主 家兼を嫌悪している

少弐資元すけもと …興経の父、隠居の身 実権を持つ


大友氏 …本拠は豊後府内、北九州に勢力を持つ有力大名 少弐氏と友好関係にある


東千葉家 …肥前小城郡に勢力を持つ千葉家の傍流 西千葉家と対立中 大内に従う



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 和睦は反故にされた。


 天文四年(1535)十二月二十九日、陶道麒率いる大内勢は肥前に攻め入り、三根郡にいた少弐勢を撃破すると同地を占領。

 さらに神埼郡、佐嘉郡も占領下に置いた。

 ついに少弐を滅ぼそうとしている事を鮮明にしたのである。 


 少弐の領地はもはや殆ど残っておらず、事実上領国は崩壊した。

 あとは多久梶峰城を攻め、少弐親子を討ち取るだけである。


 ところがここで大内勢は不可解な行動に走った。

 首の皮一枚になった少弐家を残し、何故か再び引き返していったのだ。

 固唾を飲んで見守っていた肥前の人々は、唖然としたに違いない。

 

 しかしこの時、大内は一つの問題を抱えていた。

 それは少弐滅亡以後にもつながる重大なもの。

 解決するためには、どうしても時間が必要だったのだ。



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 話は天文元年(1532)、大内と大友の戦が始まる直前にさかのぼる。


 当時山口館にいた義隆は、大友、少弐討伐について、重臣や守護代たちと戦略を練っていた。


 そしてその最中、一人の側近を呼び寄せた。沼間ぬま敦定あつさだである。


 敦定は大内先代、義興の時から仕え、山口に下向してきた公家の世話や、朝廷との交渉に精通していたベテランであった。

 

 山口館の広間には、明国との貿易から得た絢爛豪華な調度品が置かている。

 そこに悠然と敦定がやってくると、早速義隆は本題を切り出した。



「ほう、大宰大弐の位階が欲しいと?」

「そうだ。国衆や地侍を従えるには家の威勢が必要だが、それには二つある。武威と権威だ。我らは武威では少弐を圧倒しているが、権威の面では奴らが上。九州においては大宰少弐の威光は絶大だ。だから国衆達は根強く奴らを支持しておる」


「ふむ……」


「こたび少弐を滅ぼしたとしても、遺臣達は再び少弐の遺児を担ぎ出し、再興を果たすだろう。そこに国衆達が馳せ参じれば元どおりとなってしまう。政資、資元と続いたこの悪しき流れは断たねばならん。そこでだ──」


「大宰少弐より上位である大宰大弐を朝廷から賜り、権威の面でも少弐を超えたい」

「え……」


「結果、肥前の国衆達は我らの威光に従うはず。そうお考えでござろう? お止めなされませ。はなはだ難しいと存ずる」



 義隆の本意を見抜いた敦定が、あご髭を触りながら得意気に語る。

 対して発言を遮られた義隆の眉がわずかに吊り上がる。

 

 驚くことに、この敦定は義隆側近でありながら、従一位右大臣三条公敦きんあつとの関わり深く、三条家の家司けいし(※家政を司る役人)扱いとなっていた貴人でもあった。


 彼の位階はこの時従四位下。

 大内家臣団どころか、当時従五位上であった主君義隆より上位にあった。

 多くの公家が彼の豊富な知識経験に信用を寄せており、大内家において欠かせぬ人物だったのだ。



「そもそも大宰大弐は、大宰府における現地長官の職。大名が任官された先例がござらん。反対する者も多数おりましょう。これを破りたいのならば、朝廷に相当な働きかけが必要にござる」


「それだ。働きかけと言うが、なんぞ良い方法はないか?」

「銭を納める以外ござらん」

「……え?」 


 肩透かしを食らった義隆の表情がたちまち固まる。

 そんな答えを聞きたいのではない。


 彼の領国経営の経験はすでに五年以上。

 朝廷の位階や幕府の役職は、銭を献上した見返りとして貰うものである。

 それくらいは経営に携わる者なら周知の事実だ。

 

 わざわざ敦定を呼び寄せたのは、大弐申請について、朝廷の情勢やしきたりに精通した、彼ならではの知見を聞きたいために他ならない。


 しかし義隆の不満気な様子も気にかけることなく、敦定の話は次第に逸れてゆく。



「それよりも肥前において権威が欲しければ、幕府に銭を納め、肥前守護職にでも任じてもらいなされませ。その方が安上がりで手っ取り早いと推察いたす」


「そうはいかぬ。将軍義晴は大友と手を組み、我らを敵視しておる。どれだけ銭を積んでも動くまい」


「ならば少弐をで滅ぼした後、現地の有力者を代官にでも任じ、再興せぬ様を見張らせれば宜しかろう」


「すでに父上の頃から、東千葉家に守護代の称号を与えておる。だがその勢力は小城郡周辺のみ。とても肥前全域は統治出来ぬし、それに替わる国衆もおらん」


「厄介な話にござりますな。ならば家臣の中から誰か肥前に派遣し、直接支配するしかござりますまい!」


「あのな、そなたの考えていることくらい、すでに会議で話し尽くされておる。肥前は九州に渡って、背振の山々を迂回した先にある最西端の地だぞ。そんな遠い所、直接支配など出来るか!」


 得意気だった敦定の表情が次第に苛立ちに変わってゆく。

 的確だと思っていた献策が何度も否定されたため、ついに彼は不貞腐れてそっぽを向いた。



「わしが知りたいのは大宰大弐の位が貰えるかどうかだ。でどうなのだ、銭を納める以外で、何ぞ良い策は無いのか?」

「大量の銭を納める以外、方法はござらん」


 返ってきた身も蓋もない返答に、義隆は呆れるしかなかった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



 翌天文二年から義隆の献金ラッシュが始まった。


 まず七月、自身の正五位下昇進の御礼として六千疋余(※六百万程度、疋は現在の価値に換算すると10疋=1円程度)


 翌天文三年(1534)、この年からほぼ毎年、「今年の御礼」という名目で、三千~四千疋を天皇に献上する事とした。


 冬、後奈良天皇の即位式費用として二十万疋の献上を約束。


 また十二月、自身と傘下の国衆の官位昇進の御礼として、三千三百疋献上。

 

 天文四年(1535)九月には、日華門(※内裏を構成する内囲いの門の一つ)修理料として一万疋献上。



 当時の大内は、領国挙げた対大友戦争の真っ只中にある。

 しかも領国の一つ筑前は、両軍が何度も交戦したため荒廃しきっていた。


 にも関わらず多額の献金を続けられたのは、臨時増税に加え、石見銀山の存在が大きかった。

 天文二年に大内は銀山を掌握すると、その経営を軌道に乗せていたのである。



 義隆の意地と面子を掛けた献金が功を奏したのは、その年の十二月。

 朝廷に対し大宰大弐任官を要請すると、後奈良天皇はこれに応じ、同月二十七日、任官を勅許するに至ったのだった。


 しかしこれで、めでたしめでたしとはならなかった。



「何っ、取り消されただと⁉」

「はい。どうやら将軍の抗議があった模様」


 敦定から報せを聞いた義隆は憮然としたが、どうにもならなかった。

 将軍の意向とあっては、天皇も無視出来るものではない。


 勅許を貰って狂喜乱舞していた翌日、僅か一日で撤回されるという異例の展開に、義隆はたちまち意気消沈してしまっていた。


 しかしこの事態に敦定は慌てる素振りは見せない。

 その様子が義隆をより一層不機嫌にさせる。


「おそらく今後も申請のたびに将軍の横槍が入るだろう。癪に障るがこれまでか…… よかったな、そなたの思った通り事が進んで」


「いえ、まだ任官の可能性はござる」

「何……?」

「帝の御気持ちが変わるのをお待ちなされませ」

 

 この時、義隆は理解出来なかったが、翌年敦定の予言は現実のものとなった。



 翌天文五年(1536)二月、後奈良天皇が即位の礼を行う。

 後奈良天皇はこの年で在位十一年目になる。ここまで即位の礼が遅くなったのは、費用面の問題や身内の不幸が原因だった。


 なのでその費用を献上した義隆に、恩義を感じないはずがない。

 五月九日、義隆は天皇から昇殿資格を授与され、いわゆる殿上人となる。


 そして五月十六日、ついに待ちに待った日がやってきた。

 天皇は再び勅許を授け、義隆を大宰大弐に補任したのだった。

 

 


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



 ついに権威の面でも大内は少弐を超えた。


「大弐である当家に対し、下僚の少弐は長年に渡り歯向かったため討伐する」


 そう大義名分を掲げた義隆は、天文五年九月、満を持して陶道麒を多久梶峰城へと侵攻させた。


 頼周達旧臣が身命を懸けて再興した、北九州の名家。

 家兼が大内の侵攻から何度も救ってきた、肥前国衆の拠り所。

 その少弐家に滅亡の時が迫っていた。

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