第22話 神代新次郎勝利(後) 山内の盟主
この回の主な勢力、登場人物
※今回、龍造寺家の登場人物はなし
西千葉家の軍に加わり大内撃退に活躍、剣術は師範の腕前
江原
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「左様──と、答えたら如何なさる?」
そう新次郎は平静を装って返事する。
しかしその心持ちはまな板の鯉だった。自ら簒奪を企む者と認めたからには、左右、背後どこから刃が襲い掛かってきてもおかしくはない。
張り詰めた空気が広間を支配する。それを崩したのは、宗利の響き渡る笑い声だった。
「ほっほっほ! よし、それでいい。あれこれ屁理屈を並べて釈明しようものなら、首を刎ねておったわ。ではもう一つ尋ねる。そなたが山内を奪ったら、どの様にしてここを治めるつもりか?」
「ふうむ…… それがし、ここの
「そなたにその二つの資質が備わっていると?」
「左様。弟子五百の中にはそれがしを慕って、長年連れ立った者も少なくありませぬ。それが何よりの証拠にござる」
「よし、ならばそなたの威徳、当家でも確かめさせてもらうとしようぞ。もし、確かに山内を治められるほどの器量を持っているのなら──
そこで宗利は姿勢を前のめりにして告げた。
「──お主を山内の盟主として、ここの領主達に推薦してやろう」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ぃやああぁぁぁぁ!」
「まだまだ! 振り下ろす腕をしっかり伸ばさぬか、ほら!」
「やあぁぁぁぁぁ!」
翌日、三瀬城近くの稽古場にて、木刀片手に持ち指南に熱を上げる新次郎の姿があった。
宗利の試験は、三瀬の一族、家臣に剣術指南をすることだったのだ。
出会ったばかりの自分を、山内の盟主に推薦するとは、俄かには信じがたい。
しかし嘘を付いている様には見えなかった。これも何かの縁。その言葉に乗っかってみるのも手であろう。
そう考えた新次郎は、指南役としての日々を送る覚悟を決めた。
一方、三瀬の一族、家臣達は戸惑いを隠せない。
突然現れた指南役。しかも若輩ながら、並々ならぬ体躯に威厳が備わっている。
何故このような者がいるのか?
その不審な眼差しを、新次郎の一身に浴びせていたのだ。
しかし彼らの疑心は、日を重ねるごとに溶けていった。
新次郎は、弟子達のことを認め、叱る所は叱る一方で、親しみやすさと情け深さを持って接したのである。
やがて三瀬の人々は、新次郎に尊敬の念を抱くようになっていった。
加えて新次郎の剣歴も、評判に拍車を掛けた。
新次郎は十五歳の頃、東千葉家の武術指南役の者に弟子入りし、共に剣術修行の旅に出ている。そこで頭角を現し、数年後に免許皆伝。さらに数種の流派を学び、剣を磨いたという。
その様な世に隠れなき名人が、直々に稽古をつけてくれるのである。
三瀬の稽古場には彼を一目見ようと、多くの者達が訪れるようになった。
こうして剣術指南の日々は、神代新次郎の名を山内の者達に広く認知してもらう、格好の機会になったのであった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
そして新次郎は三瀬の人々と話すうちに、宗利の真意を知った。
山内は小城郡から神埼郡の北部にまたがる険阻な山岳地帯だが、小豪族が割拠するまとまりのない所である。
宗利も他の豪族達も分かっていたのだ。
乱世を生き延びるためには、このままでは良くない。山内を統一し、指揮する盟主が必要である。
そんな時に宗利は新次郎の存在を知った。評判は良いが、本当かどうか直に会ってみないと分からない。
そこで彼は新次郎を拘束し、城まで連行することを企んだ。そして山内の盟主にふさわしいか、剣術指南の日々の中で試していたのである。
そして翌年、判定が新次郎に下された。
突然、宗利から広間に呼びつけられたのである。
「昨日、山内の豪族達をこの城に招いて合議を行った。その場でそなたの事を提言してみたのだが、結果がこれじゃ」
宗利はそう言うと、家臣を通じて新次郎に一通の起請文を渡した。
記されていたのは、豪族達の署名と血判。さらに前書きを読むと、彼は目を見開き、そして顔を上げた。
「これは、つまり……」
「そうだ。山内二十六ヶ山の豪族、全ての者が了承しおった。そなたは就任の儀を以て、ここの盟主となる事が決まったのじゃ」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
天文元年(1532)、神代新次郎は就任の儀を行い、山内の盟主となった。当時、彼は二十二歳だった。
そして三瀬城を本拠、宗利を後見役と定め、
新次郎は就任後、庵にいた江原石見守他、旧知の者達を城に呼び寄せた。
拉致されてからの久々の再会。喜んだ新次郎は、その夜二人で飲もうと、石見守を誘ったのである。
そして夜になり、盃を交わそうとする新次郎を遮り、石見守は懐から小物を取り出して告げたのだった。
「これを覚えておるか、新次郎?」
「当たり前ではないか。その金の
「北山(※山内のこと)に腰掛け、南海に足を浸す──この夢を正夢とするには、まだ道半ばだ。北は抑えたが、南海に至るまでに、立ちはだかる者がいる」
「そうだな」
『龍造寺』
思いがけず二人の声が重なる。
「老獪な爺が束ねる、今肥前で最も勢いのある国衆。相手にとって不足はない。いずれわしの傘下に収めてやる。石見、今後も力になってくれるであろう?」
「無論ではないか。これからもわしはお主と共にある。この笄も、夢の成就まで決して手放しはせぬ。そして新次郎と、お主の名を呼び捨てにするのは、今宵で終いだ」
そう告げると石見守は姿勢を正し、深々と平伏した。
「この石見守、以後新次郎様を殿としてお仕えしたく存ずる!」
石見守の腹の座った低い声が部屋中に響き渡る。
この覚悟に新次郎が応えないはずがない。
彼は盃を置いて石見守に近づくと、両肩を抱いて「宜しく頼む」と、頭を下げたのだった。
ここに一つの国衆が肥前に誕生した。
制圧したのではない。乗っ取ったのでもない。
神代新次郎勝利は豪族達が支持し、民が希求した首長である。
神代主従の結束の固さは、他の国衆のそれと比べるべくもない──
この長所は、以後勝利と子長良の代に渡る、龍造寺との長い抗争の中で、遺憾なく発揮されるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます