第22話 神代新次郎勝利(後) 山内の盟主

この回の主な勢力、登場人物


※今回、龍造寺家の登場人物はなし


神代くましろ新次郎 …偽名 浮田善兵衛 後の大和守勝利かつとし                

       西千葉家の軍に加わり大内撃退に活躍、剣術は師範の腕前


江原石見守いわみのかみ …東千葉家に仕えていた頃、神代新次郎と出会い、以後共に行動する 


三瀬みつせ宗利むねとし …山内さんない(神埼郡から小城郡に渡る北部の山岳地帯)の有力豪族当主 新次郎を拉致して拠城に招く


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「左様──と、答えたら如何なさる?」


 そう新次郎は平静を装って返事する。

 しかしその心持ちはまな板の鯉だった。自ら簒奪を企む者と認めたからには、左右、背後どこから刃が襲い掛かってきてもおかしくはない。


 張り詰めた空気が広間を支配する。それを崩したのは、宗利の響き渡る笑い声だった。


「ほっほっほ! よし、それでいい。あれこれ屁理屈を並べて釈明しようものなら、首を刎ねておったわ。ではもう一つ尋ねる。そなたが山内を奪ったら、どの様にしてここを治めるつもりか?」


「ふうむ…… それがし、ここのまつりごとについては、未だ知識も知恵も持ち合わせておりませぬ。ただ為政者たるもの、「威」と「徳」を以て治めることが肝要かと存ずる」

「そなたにその二つの資質が備わっていると?」


「左様。弟子五百の中にはそれがしを慕って、長年連れ立った者も少なくありませぬ。それが何よりの証拠にござる」


「よし、ならばそなたの威徳、当家でも確かめさせてもらうとしようぞ。もし、確かに山内を治められるほどの器量を持っているのなら──


 そこで宗利は姿勢を前のめりにして告げた。


「──お主を山内の盟主として、ここの領主達に推薦してやろう」



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「ぃやああぁぁぁぁ!」

「まだまだ! 振り下ろす腕をしっかり伸ばさぬか、ほら!」

「やあぁぁぁぁぁ!」


 翌日、三瀬城近くの稽古場にて、木刀片手に持ち指南に熱を上げる新次郎の姿があった。

 宗利の試験は、三瀬の一族、家臣に剣術指南をすることだったのだ。


 出会ったばかりの自分を、山内の盟主に推薦するとは、俄かには信じがたい。

 しかし嘘を付いている様には見えなかった。これも何かの縁。その言葉に乗っかってみるのも手であろう。

 そう考えた新次郎は、指南役としての日々を送る覚悟を決めた。



 一方、三瀬の一族、家臣達は戸惑いを隠せない。

 突然現れた指南役。しかも若輩ながら、並々ならぬ体躯に威厳が備わっている。

 何故このような者がいるのか? 

 その不審な眼差しを、新次郎の一身に浴びせていたのだ。



 しかし彼らの疑心は、日を重ねるごとに溶けていった。

 新次郎は、弟子達のことを認め、叱る所は叱る一方で、親しみやすさと情け深さを持って接したのである。

 やがて三瀬の人々は、新次郎に尊敬の念を抱くようになっていった。


 加えて新次郎の剣歴も、評判に拍車を掛けた。


 新次郎は十五歳の頃、東千葉家の武術指南役の者に弟子入りし、共に剣術修行の旅に出ている。そこで頭角を現し、数年後に免許皆伝。さらに数種の流派を学び、剣を磨いたという。


 その様な世に隠れなき名人が、直々に稽古をつけてくれるのである。

 三瀬の稽古場には彼を一目見ようと、多くの者達が訪れるようになった。

 

 こうして剣術指南の日々は、神代新次郎の名を山内の者達に広く認知してもらう、格好の機会になったのであった。


 

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 そして新次郎は三瀬の人々と話すうちに、宗利の真意を知った。


 山内は小城郡から神埼郡の北部にまたがる険阻な山岳地帯だが、小豪族が割拠するまとまりのない所である。


 宗利も他の豪族達も分かっていたのだ。

 乱世を生き延びるためには、このままでは良くない。山内を統一し、指揮する盟主が必要である。


 そんな時に宗利は新次郎の存在を知った。評判は良いが、本当かどうか直に会ってみないと分からない。

 そこで彼は新次郎を拘束し、城まで連行することを企んだ。そして山内の盟主にふさわしいか、剣術指南の日々の中で試していたのである。

 


 そして翌年、判定が新次郎に下された。

 突然、宗利から広間に呼びつけられたのである。



「昨日、山内の豪族達をこの城に招いて合議を行った。その場でそなたの事を提言してみたのだが、結果がこれじゃ」


 宗利はそう言うと、家臣を通じて新次郎に一通の起請文を渡した。

 記されていたのは、豪族達の署名と血判。さらに前書きを読むと、彼は目を見開き、そして顔を上げた。


「これは、つまり……」

「そうだ。山内二十六ヶ山の豪族、全ての者が了承しおった。そなたは就任の儀を以て、ここの盟主となる事が決まったのじゃ」



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 天文元年(1532)、神代新次郎は就任の儀を行い、山内の盟主となった。当時、彼は二十二歳だった。

 そして三瀬城を本拠、宗利を後見役と定め、いみな勝利かつとしと称したのである。



 新次郎は就任後、庵にいた江原石見守他、旧知の者達を城に呼び寄せた。

 拉致されてからの久々の再会。喜んだ新次郎は、その夜二人で飲もうと、石見守を誘ったのである。

 

 そして夜になり、盃を交わそうとする新次郎を遮り、石見守は懐から小物を取り出して告げたのだった。


「これを覚えておるか、新次郎?」

「当たり前ではないか。その金のこうがいで、お主の見た夢を買って、わしの夢としようとした事、忘れるわけなかろう」


「北山(※山内のこと)に腰掛け、南海に足を浸す──この夢を正夢とするには、まだ道半ばだ。北は抑えたが、南海に至るまでに、立ちはだかる者がいる」

「そうだな」


『龍造寺』


 思いがけず二人の声が重なる。

 

「老獪な爺が束ねる、今肥前で最も勢いのある国衆。相手にとって不足はない。いずれわしの傘下に収めてやる。石見、今後も力になってくれるであろう?」


「無論ではないか。これからもわしはお主と共にある。この笄も、夢の成就まで決して手放しはせぬ。そして新次郎と、お主の名を呼び捨てにするのは、今宵で終いだ」


 そう告げると石見守は姿勢を正し、深々と平伏した。


「この石見守、以後新次郎様を殿としてお仕えしたく存ずる!」


 石見守の腹の座った低い声が部屋中に響き渡る。

 この覚悟に新次郎が応えないはずがない。

 彼は盃を置いて石見守に近づくと、両肩を抱いて「宜しく頼む」と、頭を下げたのだった。



 ここに一つの国衆が肥前に誕生した。

 制圧したのではない。乗っ取ったのでもない。

 神代新次郎勝利は豪族達が支持し、民が希求した首長である。


 神代主従の結束の固さは、他の国衆のそれと比べるべくもない──


 この長所は、以後勝利と子長良の代に渡る、龍造寺との長い抗争の中で、遺憾なく発揮されるのだった。 

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