第21話 神代新次郎勝利(前) 夢を買う男 

この回の主な勢力、登場人物


※今回、龍造寺家の登場人物はなし


神代くましろ新次郎 …偽名 浮田善兵衛 後の大和守勝利かつとし                

       西千葉家の軍に加わり大内撃退に活躍、剣術は師範の腕前



西千葉家 …肥前東部の小城おぎ郡に勢力を持つ。東千葉家と対立中

      侵攻してきた大内氏の撃退に成功する



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「おい、新次郎、起きろ新次郎」

「ん…… 何だ石見いわみ、まだ夜明け前ではないか?」

「今、不思議な夢を見た」

「分かったから揺するな。そうか夢を見たのか、良かったな……」


「興味無さ気に二度寝するな! あのな、わしの体がみるみる巨大になる夢だ。北山(※山内さんないのこと)に腰を掛け、南海に足を浸して洗っていた。これは吉、凶どちらの夢であろうか── あ、痛っ‼」



 時はさかのぼり、大永年間(1521~1527)頃の話。

 当時、まだ十代半ばだった神代新次郎は、東千葉家において奉公に励んでいた。

 その家中で江原石見守いわみのかみと言う者がいた。新次郎は彼と親しくなり、寝起きを共にするようになっていたのである。


 これは、そんな中で起きた、とある一夜の出来事──



「最低の悪夢ではないか」

「急に起き上がってくるでない! 額ぶつけたではないか! ……で、どう悪夢なのだ?」


「よく考えてみよ、人の体がそんなに伸びるわけがあるまい。おそらくどこかで切れてしまっていて、命は一刻を争う事態となっているはずだ」

「な、何、そういう物なのか?」


「そうだ。だが悪夢は人に売り払えば、吉夢に転じると言われている。お主の夢、わしが買ってやろう」


 そう言って新次郎は起き上がると、自分の身の周りの小物を収めた、葛籠つづらの中を漁りだした。

 聞き始めのやる気の無さから、思わぬ変貌ぶり。石見守は些か怪しまずにはいられない。しかしその疑いは、眠気の前にいつの間にか霧散していた。


 やがて新次郎はとある小物を取り出すと、石見守の前に差し出した。


「こ、これは……!」


 石見守の目がたちまち丸くなってゆく。

 それは金で作られたこうがい(※髪を掻き揚げて髷を形作る結髪用具)だったのだ。しかも僅かな月明りにですら反射して輝くほど、立派な装飾が施されていたのである。


 悪夢の替わりに、こんな貴重な物をもらってよいのだろうか?

 そんな彼の心情を理解する様子もなく、新次郎はおもむろに手渡すと、再び横になった。


「では石見、もう一度寝るぞ。夢は受け渡しをせねばならぬからな」


 石見守は厚く礼を述べると、満足気に笑って再び横になった。

 そして、新次郎が不敵に笑いながら眠りに落ちたのを、知る由も無かったのである。



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「しかしすげえな、西千葉の家ってのは。褒美のこーんな大金、犬に餌を与えるみたいに投げ渡すなんて。なあ新次郎」

「無頓着でろくに管理する者がいないのだろう。我らにとっては好都合ではないか」

「だな。もしかするとあの家、盗みに入られても誰も気が付かぬかもな」

「ならいっその事、俺が家ごと乗っってやろうか?」


 新次郎の周りの者達から、どっと驚嘆の声が上がる。

 しかし無謀そうにみえるその下剋上を、誰も咎めようとはしない。むしろ囃し立てて楽しんでいる。

 それは東千葉家以来、ずっと新次郎と行動を共にしていた石見守も同様だった。



 時は戻って、享禄四年(1531)八月のこと。

 西千葉勢に加わって武功を挙げた、新次郎とその弟子達は、道場兼自宅である山内鬼ヶ鼻の梅渓庵に帰る途中だった。


 と言っても引き連れた、弟子達の殆どはすでにいなかった。山内や小城郡、佐嘉郡などの各自の家々から参加していて、解散していたためである。

 残っているのは気心の知れた数人の者だけ。彼らは途切れることない談笑を交わしながら進む。



 すると庵に向かう途中の細道で、うやうやしく頭を下げる三人の武士達が目に留まった。

 地理に不慣れな者達が道に迷い、助けを求めているのだろう。

 そう思いながら一行は近づくと、三人のうち真ん中にいた優男やさおとこに石見守が声を掛けた。



「そなた達、この様なところで如何したのだ?」

「はい。実は浮田善兵衛と申される方を、探しに参ったところにござる」

「浮田はわしの隣におる者だが──」


「ほほう、貴殿が。お待ち致しておりました。此度の大内の侵攻に対する類稀たぐいまれなる武働き、まことにお見事でござりました、浮田善兵衛殿。いえ──神代新次郎殿」

「何……」


 優男は慇懃に頭を下げると、僅かに顔を上げ、ちらりと笑みを見せた。

 そしてその声色は努めて冷静で、かつ淡々としたもの。

 怪しむがいいと言わんばかりの彼の態度に、新次郎達の表情はたちまち険しくなった。

 

「貴殿の事、色々を調べさせていただいた。出身は佐嘉郡北部の千布ちぶ。そこに勢力を持つ豪族の当主。にも関わらず、わざわざ鬼ヶ鼻に籠り道場を開く」

「そなた何者だ?」


「わざわざ偽名を使ったのは、かつて東千葉家に仕えており、西千葉家の者達から、無用の嫌疑を掛けられぬようにするため」

「聞こえぬか、何者かと問うておる!」


「他の者には用はござらん。だが新次郎殿、貴殿はこれより先、庵に戻る事はかなわぬ。我らの手勢と共に同行願いたい」

「手勢……だと⁉」



 石見守の詰問を聞き流し、優男は素早く右手を挙げた。

 すると周りの木々や草むらの陰から、弓矢を振り絞った姿勢の者達が次々と現れる。

 石見守達は咄嗟に刀に手を掛けるが、無理を悟った。すでに矢の先は自分達に向けられていて、どう足掻いても餌食になるだけ。

 彼はそれを瞬時に理解して、鬼の形相と化すと、優男を睨みつけた。

 

「これは何の真似だ!」

三瀬みつせ城主、三瀬入道宗利の甥、三瀬九郎左衛門と申す! 新次郎殿を城まで連れて来るようにと、我が主の命を受けて参った! 今一度申す、我らに同行願いたい!」


 睨み合う九郎左衛門と新次郎。

 周囲の木々が騒めき、川が穏やかにせせらぐ中、時が止まったかの様に、両者は動こうとしない。


 三瀬氏は山内の有力豪族の一つである。その主が何故このような真似に走るのか、理解に苦しむところ。

 だが、このままでいては埒が明かないだろう。悟った新次郎は、睨んだまま深呼吸を一つすると、諦めの念を込めて返答した。


「分かった。そなたの主の元に参ろう」



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



 新次郎が連れてこられた三瀬の地は、三つの川が合流する事に由来する、険阻な山奥に開けた盆地の中心にあった。当時は宿場町として栄えていたという。


 一行はその中の築かれた山城、三瀬城の中へと入っていく。

 城は享禄年間に本格的に築かれた新城である。白と黒の壁は光浴びて鮮やかに映え、柱、梁、床に使われるケヤキや檜が、清々しい香りを未だに残していた。


 やがて城内の館に入り、太刀を三瀬の家臣達に預け、広間に通されると、頭巾を被った初老の男が上座にいるのが見えた。



「よう参られた、神代殿。わしが当主の宗利じゃ」

「神代新次郎にござる。それがし剣術師範とは申せ、そこらの浪人と大して変わらぬ生活を送る身。にも拘らずこの様な手荒なお招き。余程三瀬の方々は、それがしを恐れておられると見える」


「ふむ、それについては否定はせぬ。そなたの弟子は五百に達すると耳にした。これは山内の秩序を脅かすには十分な数。千布の神代家当主が何故その様なことをするのか、我々からすれば奇怪でしかない。道場などと称しておるが、実のところ破落戸ごろつきの溜まり場に過ぎぬであろう?」


「これは異な事を申される。それがしの庵に集まる者達は、唯々剣の道を究めんと、志す者達ばかりにござる」


「ほっほっほ。正直に申せ。最初からそなたは、ここ山内を狙っていたのであろう。山内とその周辺に弟子達を大勢集め、それらの者達を伝手つてに挙兵し、乗っ取る腹積もりだった、と。どうじゃ?」



 見抜かれている──


 しかし大丈夫だ。

 宗利の問いに、動揺した素振りを僅かにしか見せていない。おそらく気付くまい。

 心中で新次郎はそう確信していた。


 しかし目の前の老人は、露骨な笑みを浮かべて頷いている。

 まさか本心を見抜いたのか? 

 見抜いた振りをしているだけなのか?

 確信を持っていたはずの新次郎の中で、次第に疑心が大きくなってゆく。


 見抜かれたのならどうする?

 言葉を尽くして釈明するのは簡単だが、宗利は聞き入れるだろうか?

 聞き入れなければ、秩序を乱す厄介者として始末されるだけ。それにあらがったとしても太刀は無く、剣豪として華々しい最期を遂げる事は叶わない。

 ならば──


 彼は覚悟を決め、平静を装ったまま返事した。


「左様──と、答えたら如何なさる?」

  

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