音声認識!

 俺にとっては恐怖でも、真壁にとっては違うようだ。

 その表情は爽やかで、生き生きとしている。

 ここが出番と張り切っているようだ。


「退く道が閉ざされたということは、突き進むしかないということだよ!」

 その笑顔に励まされたのは、俺だけではないようだ。

 こういうところが真壁のモテ要素なんだと思い知らされる。


「柱の中にトンネルがあるに違いない」


 とても力強い。それでいて爽やかだから、俺なんかが敵う相手じゃない。

 真壁は、見た目がイケメンなだけの男なんかじゃない。

 これまで俺は、何度も真壁に励まされてきた。


 柱、中、トンネル。ということは……俺には心当たりがある。

 そのトンネルを潜れるようにする呪文のような言葉! 母さんの口癖。

 もしかしたら、また音声を認識して何かが起こるのかもしれない。


 真壁にばかり頼ってもいられない。ここはひとつ、俺が!


 と、一足先に真壁が大きく息を吸った。す、素早い。

 真壁は何かに取り憑かれているような、焦っているような感じ。

 それは、俺たちが寮旗争奪戦をはじめてからずっとだ。


 それほどまでに寮長になりたいんだろうか。

 モテモテのくせして、この上何を望んでいるんだろう。

 それは分からないが、真壁が並々ならぬ決意を帯びているのは分かる。


「チューウ、チューチュチュ!」


 真壁の声が部屋中に響き渡る。母さんが好きだった詩。

 真壁家の人々に何度も披露していた詩。真壁家は中華料理屋だったから。

 柱・チュウ。なか・チュウ。いい連想だ。母さんらしい言葉遊びだ。


 これはひょっとして……俺も他のみんなも固唾を飲んで柱を見つめる。

 何かが起こるのか。それとも、何も起こらないのか。

 それは、真壁にとっても俺たちにとっても重大なことだ!


 このままでは全滅。全員閉じ込められた状態で死を迎えることになる。

 それは避けたい。ノマドもイヤだけど生きているだけマシとも思える。

 こんなところで犬死するなんて、絶対にイヤだ。柱よ、動いてくれーっ!


 ……数秒が過ぎた。


 柱はびくりともしなかった。物音ひとつしない。

 時を刻む柱時計の秒針でさえ、全く音をたてない。

 真壁の悲痛な叫びが、部屋の中の唯一の音だった。


「何でさ! どうして何も起こらないんだ。僕じゃ、ダメなのか……」

 その目には涙がたっぷり、つゆだくだ。手足は痙攣している。

 俺はそのときになってようやく気付いた。真壁だって怖いんだ。


 それなのに、何故? どうして真壁はあんなにも笑顔だったんだろう。

 イケメンだから? 爽やかだから? それは違う。違うだろ!

 真壁は無理をして、みんなを励ましていたんじゃないか!


 そんな真壁にも乗り越えられなかった壁ならぬ柱。直径6mの金属柱。

 俺は、真壁に何と声をかけてあげればいい? ……それが分からない……。

 目の前で大きな挫折を味わっている大親友に対して、俺は何もできない。


「そんなに悲しまないでください! 真壁様はよく闘いました」

 範子がそう言いながら、しゃがみ込む真壁の頭部を抱擁する。

 範子の胸に真壁の頭部が沈んでいく。う、うらやましい……。


 どんなにやわらかいことだろう。どんなにいい香りだろう。

 想像するだけで、うらやましくなってしまう。悔しくなってしまう。

 結局、イケメンが全てを持っていく。俺だったらああはならない。


 が……今はそれどころじゃない。俺には分かる。この状況を打開する術が!


 前へ進むには、しなければならない! 俺がやらなければならない。

 俺ならできる。絶対にできる! それが、真壁を励ます結果になればいい。


 俺は、肺を大きく膨らませた。そして……。


「ほりごたつ、降りるのさチューチュートンネル!」

 母さん、ほりごたつを2階に作った。安全面への配慮から構造柱の間に。

 それでも貫通してしまい、トンネルになった。降りるには便利なトンネルだ。


 これがそのときに作られた母さんの十八番ともいえる曲の1節だ。

 決して他所様には聴かせられない迷曲だ。もちろん真壁にも。

 それでもこの曲にはきっと状況を一変させる力がある!


 だから歌った。大声で歌った。その結果は……。


 ごごごごごーっという音と共に、柱の北側下部が開いた。

 俺たちの予想とはちょっと違い、中には螺旋階段が設てある。

 上にも下にも続く階段だ。


「全く。本当に悔しいよ。僕は君にも、君の母さんにも敵わない……」

 真壁がしんみり語りはじめる。シリアスな展開に、みんなは押し黙る。


「何で母さんがはなしに出てくんだよ?」

「僕、ずっとおばさんに言ってた。僕がついてるから純くんは大丈夫って」


 たしかにそうだ。俺はずっと真壁を頼っていた。真壁がいたから平和だった。

 今となっては真壁なしには生きられない。ノー真壁、ノーライフだ。

 でも、どうしてこのタイミングでそんなことを言うんだ。


「その度におばさん、笑ってた。そして言うんだ……」

 何を? 母さん、真壁に何て言ったんだ?


「……『おばさんね、ひかるちゃん1人じゃ力不足だと思うなーっ』って……」

 ひどーっ! 母さん、なんてひどいことを吐かすんだ!

 むごい。むごすぎる。しかし真壁のモノマネ、上手い!


 それなのに真壁は俺に告白してきた。玉砕覚悟で。

 俺は真壁がイケメン男子だという理由だけで深く考えることなく断った。

 それでいいのか、俺……。俺は真壁にちゃんと言わなきゃならない!

________________________

 純くん、何を言うんでしょうね?


 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

 これからも応援よろしくお願いいたします。

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