セカンド同級生たち

 このときの千春にはエレガントさの欠片もない。

 半裸で挙動不審モードだ。間違えるのもしかたない。


 振り返ると、入試会場で千春に従っていたメイド服の3人組がいた。

 その背後にもう1人いるようだけど、影で顔がよく見えない。


 千春に声をかけたのは、メイド3人衆のリーダー格のようだ。

 3人の真ん中に立っている。たしか千春に一之宮って呼ばれてた。


「こ、こら。り、りえ。主人の名を、ま、間違えるでない……」

 千春、よく言えましたと褒めてあげたい。挙動不審のままだけど。


「……主人? では、千春様なのですか。挙動不審露出狂モードの……」

「そ、そそ、そうよ。み、見なさい、これを……」


 千春はそう言いながら、脱いだ服のポケットから何かを取り出す。

 淡いピンク色のハンカチだ。隅に上品なハートの刺繍が施されている。

 それをりえに向かって差し出す。


 ハンカチを受け取りに、りえが1歩前へ出る。

 受け渡ししなに千春とりえの手と手が触れ合う。


 刹那、俺は目を丸くした。


 千春が急にエレガントに戻ったからだ。しかも半裸で!

 は? えっ? どういうこと? その身体は妖艶で、神々しい。

 これが本当の美少女の身体なんだと教えてくれる。


 あの、挙動不審だった千春が一瞬で変化したのも驚きだ。

 その変化にりえは全く驚いた様子を見せない。落ち着き払っている。

 千春の性格や立居振舞がころころと変わるのを、完全に受け入れているよう。


 俺にとってはこれも驚きだった。


 りえがため息混じりに言いながらも、千春に服を着せる。他の2人が手伝う。

 息がぴったりだ。メイドとしての行動が体に染み付いているのがよくわかる。


「はぁーっ。なるほど。千春様で間違いないようですね」

「おーっほっほっほーっ。千春様ではなく、千春お嬢様とお呼びなさい」


 そういえば、入試開場前では、りえは『千春お嬢様』と呼んでいた。

 お抱えのメイドに『お嬢様』を付けさせることが主人の嗜みなのだろうか。


「いいえ。千春様は千春様です。私達は新たな主人に仕えますので」

「りえ! どういうこと?」

 千春の語気は鋭い。新たな主人、俺も気になる。


「言った通りです。千春様にお仕えするのはもううんざりなのです」

「冗談にも程があるわ! お仕置きよ! りえ、そこに跪きなさい!」


 千春は大層御立腹で、今にもりえに飛びかかりそうなほどの迫力。

 お抱えのメイドに跪かせることが主人の嗜みなのだろうか。

 とにかくすごい剣幕で、大迫力。妖艶さがかえって怖い。


 横で聞いてた俺までちびりそうになる。

 けど、りえには一切怯んだ様子はなく、涼しい顔で千春を煽る。


「学園は自由平等主義。同伴受験でもないのにお仕えする義務はありません」

 そうだったんだ。同伴受験じゃなかったんだ。

 たしかに3人ともレベル高いし、単独でも合格できるってことか。


「りえ! 裏切ったのね! 許さないわ!」

 ついに千春が飛びかかる。実力行使だ!

 すごい迫力。怖い……けど俺は勇気を振り絞って行動した。


 千春の手を取り、そのまま羽交い締めにした。

 千春は大した抵抗を示さなかった。

 いや、示せなかったと言った方が正しい。


「り、りり、りえ。く、久美子も、の、範子も……ゆ、許さないわ……」

 と、負け犬の遠吠えよりもなよなよとそう言うのが精一杯。

 どうやら、また挙動不審モードになったようだ。


 その途端、服を脱ごうとするのだから堪らない……。


「そういうところが、もううんざりなんですよ!」

 りえが大声で叫ぶように言った。聡明な印象が一気に変わる。感情的だ。


 俺は、それに合わせて千春の羽交い締めを解く。

 今の千春には服を脱ぐこと以外に何もできない。それも困りものだ。

 けど、挙動不審モードの千春の身体なら、目のやり場に困るほどじゃない。


「な、なな、ななな、何ですって……」

「そうやって男や女に触れる度にモードチェンジするところです」


 男に触れると挙動不審になって服を脱ぎはじめる。

 女に触れるとエレガントになって気高くなる。

 そういう仕組みだったんだ。


「……な、なな、ななな、なな、な……」

「私はその都度びっくりして、心臓が飛び出そうなのです!」

 そうは見えない。りえは声を荒げてなお、クールな表情を崩していない。


 でも、内心では驚いていたんだ。


「……な……」

「だからもう、嫌になったのです。千春様にお仕えするのが!」

 

 3人は千春の性格や立居振舞が変わる度にびっくりしていた。

 それが嫌になり、片高への入学を機に千春のもとから離れた。

 そして新しい主人に支えることにした。


 あ、これは職業選択の自由に基いた正当な行動だ。

 俺が首を突っ込んでいい問題じゃない。


「……な……」

 お友達の千春が涙目で俺を見あげる。助けを求めているのは明白。

 けど、俺にはどうすることもできない。3人の自由を奪う権利が俺にはない。


 ま、ID交換くらいならできるかもしれない。そのためには確かめないと。

 りえ達は協力的か、敵対的か。新しい主人として俺を迎える可能性はあるか。

________________________

 つまり、ID交換がしたいだけの純くんでした。


 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

 これからも応援よろしくお願いいたします。

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