志望動機と面接官

 面接試験、緊張のスタート! その緊張が、俺から細かな思考を奪う。

 大雑把にしかモノが考えられないなか、ファースト質問が飛んでくる。


「早速ですが、氏名をお願いします」

 氏名だ。フルネームだ。俺の名前は秋山純。それだけ言えばいい!


「は、はい。純。志望動機はカノジョづくりです!」

 ま、まずい。ファーストネームだけしか言えなかった。

 しかも勢いで志望動機まで言ってしまった。


 聞かれたことには答えずに、聞かれてもないことを言う。

 面接ではあってはならないことだ……。

 落ちた。絶対に落ちた。今ので俺の計画は全部、パーだ。


「はははっ、合格だよ、純くん!」

 そうそうそう。合格。やっぱ合格だよなぁ。

 えっ? 合格? なんでだーっ。


 志望動機を正直に言ったのがよかったのか?


「合格、ですか?」

 あんな志望動機で? 普通に考えたら最悪の志望動機なのに?

 オブラートに包んで『人脈づくり』とか言うのが普通だろうに?


「そうともさ。君は俺の公式ライバルとして合格さ!」

 なんだ、面接試験に合格したわけじゃないんだ。

 半分は安心。残りの半分は不安でいっぱいだ。


「ラ、ライバル?」

「そう、ライバルさ。俺はプリンシパルを目指しているんだ」


 プリンシパルって? 直訳すると、校長・社長・主役など。

 片高独自の用語だろうか。よく分からない。


「何ですか、それ」

「全生徒のハートを射止めた者に贈られる2つ名さ」


 なるほど、2つ名か。役職ではないってこと。

 あれ? 片高って、去年までは女子高だったはず。

 全生徒のハートを射止めるってことは、そういうこと?


「そんな2つ名、今までに贈られた人はいるんですか?」

「過去1000年で1人だけいる。伝説の首席プリンシパル・希様だ」

 首席ってことは、願いを叶えたんだろうな。いーなー。


 だけど、妙に引っかかる。

 面接官の言うことだから本当だろうけど、辻褄が合わないこともある。

 かといって自分で紐解くのも億劫。緊張で細かな思考を奪われたままだ。


 だったら、聞いてみるしかない。希って名前、もしかして……。


「その伝説の首席プリンシパルって……」

「……さすがは公式ライバルだな。そこに着目するとは!」

 いや。まだ何も聞いていないのに。


「……」

「いいだろう。教えてやろう。そのプリンシパルとは……」

 喉が乾くのを唾を飲んで潤す。何を言われても決して驚かないと決めた。


「……伝説の首席プリンシパル・希様は……」

 希様は? 俺の母さんなのか?


「……希様は、女だ!」

 でしょうね。片高って去年まで女子高だったわけだし。男であるはずはない。

 ある程度、察してたことを確認されただけ。俺は、白けてそっぽを向く。


「さすがだな、公式ライバル・純。動揺ひとつしないとは!」


 俺が聞きたかったのは、そこじゃないってだけ。

 どんな女性かってことだ。母さんなのかどうかだ。

 そんなことを聞き出すのはムリそうだ。


 と、面接官は自己陶酔をはじめた。

 まぁ、状況から考えて希様ってのは母さんで間違いない。


「希様は、俺の憧れなのだ! 俺と希様は、似ているところがあるのだぞ」

 どうぞ、どうぞ。ご勝手に。憧れでもモノマネでも、好きにしてくれ。



「希様は物欲がないのに、最も物質に溢れた生活をおくられていた……」

 ほーう。そういえば、秋山家も中流生活だった。

 だけど妙に物質に溢れていた。お中元とかお歳暮とかだ。


「……俺もな、物欲というものがないのだ。あるのは承認欲求くらいだ」

 それは大層な欲望では? こいつと母さん、近いようで遠い気がする。



「希様は褒め上手であり、叱り上手でもあった……」

 へーえ。俺は母さんに叱られてばかりだった。


 けど1つだけ褒められたことがある。髪がきれいだって。

 まぁ、呪いでもあるんだけど……。

 おかげで髪を切れなくなった。


「……俺もな、金魚を躾けるのが得意! していることは一緒なんだよ」

 躾の基本は信賞必罰。信じ易い人物像の共通点ってこと?

 けど、金魚って!



「希様の食事のおかずは、何故か他人より2品多かった……」

 そういえば母さん、言ってたな。そんな願いを叶えたって。

 きっかけになるエピソードもはなしてくれた。


 みんなの食事が焼きそばとフランクフルトだったとき。

 自分だけ焼きそばパンとホットドッグだったことがあった。

 以来、おかずが2品多い生活が当たり前になったって。


 今でもそれは続いている。


「……俺もな、大飯喰らいだ! ご飯は3杯いける!」

 他人より多いのがおかずかご飯かって、真逆じゃないか!

 いやいや。母さんも、多かったのはパンだけ? だったら似てる?


 ここへきて、はじめて共感できた。長かった……。



「希様のふとんむしの刑からは誰も逃れられないという……」

 ふとんむし。それだけはイヤだ。耳にするのもイヤ。


「……覚悟しとけよ! 俺の公式認定からも、何人も逃れられない!」

 公式認定って? あっ、俺! 公式ライバルに認定されてる。

 もう、逃れられないのか。



「それに何より、希様は正直な方だった……」

 それはそうだ。バカ正直だからな。


「……だから俺は思うのだ。俺も、正直に生きようって!」

 は? こいつ、大きな嘘をついているくせに。いけしゃあしゃあと!

 こいつの嘘、いつかは暴いてやる!



「そして最も酷似してるのが苗字。希様は秋山……」

 うんうん。母さんはシングルマザー。苗字は当然、俺と同じだ。


「……俺の苗字は、春川! どうだ、似てるだろう、えっへん」

 似てる? そうか?


「冗談きついぜ、春川すばる!」

「な、なに。なぜ俺のフルネームを知っている?」


「待合室で名乗ったろ! それからもう、嘘をつくのはお終いにしろ」

「こ、この俺が、嘘をついているだって?」

 そうだよ。はじめて会ったときから違和感があった。


「あぁ、そうだよ。だってお前、女だろう!」

「なっ! 何故分かったんだ? 俺が女だって……」


「片久里学園中等部は女子校だからな!」

 それに、春川すばる、お前、巨乳じゃん!


「春川すばる。俺のカノジョにならないか?」

 勢いで言ってしまった。

________________________

 はい! ビジュアル設定の追加です。


 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

 これからも応援よろしくお願いいたします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る