うわさばなし!(真壁ひかる視点)

 僕は、間違っていなかった。

 片高に行けば夢が叶う。

 そんな噂を信じていたわけじゃない。


 ただ、何かに縋りたい気持ちだった。


 そんなときに偶然、片高の応募資格を得た。

 そんなときに偶然、秋山のお母さんに会った。


「ねぇ、ひかるちゃん。最近の純ちゃん、なんだかおかしいんだけど」

「おかしいのは僕の方ですよ。秋山くんにふられましたし……」


 ふられたなんて、他人に言うことじゃない。

 けど、秋山のお母さんには、はなしたくなってしまう何かがある。

 だから、全部、ぶちまけた。


 おばさんは、うんうんと頷きながら、親身になって聞いてくれた。

 この人のことを「母さん」と呼べる日がきたらうれしいなーなんて思った。


「ひかるちゃん、ここは耐えどころよ。不言実行よ!」

 と、おばさんはやたらと気合を入れて言った。


 何に耐えればいいんだ? 何を実行すればいいんだ?

 おばさん、励ましてくれているようで励ましになっていませんよ。

 けど、その何となくの一言が心に刺さるから不思議だ。


「随分と古い考えですね。いまどき、猫も杓子も有言実行なのに」

「でもね、純ちゃんはひかるちゃんが男の子でも好きだと思うの」


 いや、ふられましたし。僕は、事実として女の子だし。

 自分で言うのもなんですが、中身はかなり女子っぽい女子だと思う。

 見た目が男の子ってだけ。


「どう考察したらその結論になるんですか? ふられましたし……」

「純ちゃんも片高に行けば、真実の愛とは何かが分かると思うの」


 真実の愛、ですか。そうきましたか。

 ふられた女子を励ますのに使う言葉だろうか。


「だといいんですけど……」と、曖昧に返事をした。




 入試の朝。奇跡がおこる。


「おう、真壁。久しぶり!」

 と、秋山が僕にはなしかけてきた。うれしかった。

 声が上擦らないように細心の注意を払って言った。


「あ、秋山……本当に久しぶり! はなしかけてくれてありがとう……」

 なんだか照れ臭いけど、本当に感謝している。

 好きな人に好きって言われたい気持ちが膨らんでいく。


 だから、あえて秋山に密着。

 少しは膨らんできた胸をちょっとだけ意識して。


「……僕、まだ諦めてないからね!」

「ちょっと、離れろよ……」

 相変わらず、手厳しい。




 そのあとは2人並んで歩いた。

 はなしているうちに分かったことがある。

 秋山は僕の進路を全く気にしていない。


 雑談の話題が『同伴受験』になった。

 何も知らない秋山に、丁寧に説明した。


「そんな制度、わざわざ利用する人がいるんだろうか」

 と、素朴な疑問が返ってくる。


「いるんだよ、それが。片高が寄宿制なのと深く関わっている」

「どういうこと? 一体、どんな人が制度を利用するの?」


 それを説明するのは難しい。

 僕や秋山なんかには利用価値がない。それどころか、リスクが高い。

 けど、利用する人は毎年いるらしい。例えば、宮小路院家の令嬢のように。


「寮は2人部屋。家事全般を分担して行うしきたりなんだ」

「それと同伴がどう結びつくんだよ」

 と、そのとき。看板を手にした女子たちがさーっと左右に別れた。

 空いたところに大きな黒い車が静かに停まった。


 1人、2人、3人と車から順に女子が降りてくる。お揃いのメイド服姿だ。

 そして4人目の女子が降りはじめる。先の3人とは別格のエレガントさだ。

 周囲が騒然としはじめる。僕も、そわそわした気持ちになる。


 言っているそばからこれだ。

 登場したのは、宮小路院千春と、そのメイドたち。


「もしかして本物!」

「な、生で見るの、私はじめてっ!」

「お召し物もエレガントであらせられるわ!」


 そんな周囲の反応なんか、どうでもいい。

 僕にとって重要なのは、秋山の反応。恐る恐る、それを観察する。


 秋山は、完全に目を奪われていた。

 うっとりとして宮小路院千春の全身を見ている。


 宮小路院千春に目を向ける。秋山のことを全く気にしていないようだ。


「一之宮、二黒小路、三千院。入試とやらに参りますよ」

「は、千春お嬢様! 受付はあちらでございます」


 周囲のざわつきなんか、気にしていられない。


「言ってるそばから現れたよ。宮小路院千春……」


 宮小路院家は世界3大名家の筆頭。分家の3族もベスト10に入っている。

 そんな名家の令嬢も、受験を経て片高に入学する。

 入試は平等といえば平等だけど、スタートラインがあまりにも違う。


「宮小路院……千春……? すさまじいお嬢様だ」

 秋山の言う通り。あの美貌はチートだ!


 あんなのが2人いるなんて信じられない。そう、宮小路院家の令嬢は双子。

 けど、姿を見せたのは千春だけ。それだけでも、ものすごいインパクトだ。

 もしも2人が揃ったら……。あんまり考えたくない。


 そのあとは、双子のゴシップネタで大盛り上がり。


 ついでに秋山ったら、メイドが欲しいなんて言い出した。

 僕が立候補したら、秋山は受け容れてくれるかなぁ……。

 時期尚早かもしれない。焦らずに機をうかがおう。


 と、ひょんなことから、あの噂のはなしになった。

 秋山は僕なんかよりも詳しかった。


「願いが叶うってやつのこと? だったら首席になんないと」

「そうなの? もれなく全員じゃないの?」

 違うらしい。秋山のお母さんは片高出身。


「なるほど、おばさんが言うんじゃ本当だろうな……」

 だったら、僕が首席になってやる!

 そして、想い人と結ばれることを願うとしよう。

________________________

 真壁ひかるは、首席を狙うようです。

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