同伴受験

 入試の指定会場は秋葉原駅近くの雑居ビル。

 志望者が多くキャパオーバーのため外部施設を借りるらしい。


 はじめは観光客で賑わっていた駅前の路地。人混みがウザい。

 数100メートル歩くと、次第にさみしくなってきた。

 本当にこの先で合っているのか、ちょっと不安になる。


 そんなときに見かけたのがあいつ。真壁ひかるだ。

 今は喧嘩の真っ最中。あの日以来、口を聞いていない。


 ちょっと気まずいが仲直りしたい気持ちはある。

 そんな気持ちに正直に、勇気を出して俺の方からはなしかける。


「おう、真壁。久しぶり!」

 このたったの10音が、俺の心を鎮めてくれた。安心させてくれた。

 勇気を出して素直に言ってよかった。


「あ、秋山……本当に久しぶり! はなしかけてくれてありがとう……」

 妙に懐かれた。馴れ馴れしく身体を寄せてきやがる。

 真壁がもう告白しないって誓ってくれたら、後腐れなく大親友できるのに。


「……僕、まだ諦めてないからね!」

 よせよ。俺は男に興味ないっての。真壁ったら、懲りないヤツだ。

 折角のイケメンなのに、モテモテのくせに、俺なんか好きになりやがって!


 けどちょっとした違和感を覚えた。以前よりも真壁の身体がやわらかい。

 触れ合っている腕がジリジリと熱い。不思議な気持ちになる。

 このまま何かに目覚めてしまうといけない。


「ちょっと、離れろよ……」

 と、俺は率直に言った。真壁が渋々と離れていく。


 そのあとは2人並んで歩いた。

 はなしているうちに分かったのは、真壁も片高を受験するってこと。


 まさか同じ学校を受験するとは思わなかった。

 ま、進路なんて俺が口出しすることじゃないけどな。




 閑静な住宅街のど真ん中、入試会場の建物が見えてきた。

 周囲と違い、ここだけは人が多い。全部、受験生だろうか?


 みんな美少女、しかも飛び切り。さすがは片高だ。受験生でこのレベル。

 400倍を潜り抜けた入学者は、さらに洗練された存在だろう。


 俺が求めているのは、俺の横に並んでも気後れしない女子。

 いる。絶対にいる。そんな女子が片高になら、いるに決まってる!

 俺がカノジョをゲットする日は近いのかもしれない。燃えてきたーっ!




 受付に並ぶ列の両側に、たくさんの人。受験生とも見送りとも違う。

 みんな必死に『同伴希望』と書かれたお手製の看板を掲げている。


「真壁。『同伴』って何だ?」

「片高は受験資格が厳しい代わりに『同伴受験』という制度があるんだ」

 聞いたことのない制度だ。なんだかエロい⁉︎


「詳しく教えてくれ!」

「仕方ないなぁ……」

 まず、受験資格。飛び切りの美少女にのみ与えられる。男は別だろうけど。


 そして、資格のある受験生は、誰か1人を同伴させることができる。

 それが同伴受験。この場合、合否の判定は2人の平均点を採用する。

 片高の入試は容姿8割。並の美少女を同伴させたのではリスクになる。


「そんな制度、わざわざ利用する人がいるんだろうか」

 と、素朴な疑問を投げかける。


「いるんだよ、それが。片高が寄宿制なのと深く関わっている」

 たしかに片高は寄宿制。真壁は何も知らず大荷物を持ち込んでいる。

 全部、無料で現地調達できるのに。


「どういうこと? 一体、どんな人が制度を利用するの?」

「寮は2人部屋。家事全般を分担して行うしきたりなんだ」

 家事なんか、したことがない。けど、今は同伴受験のはなし。


「それと同伴がどう結びつくんだよ」

 と、そのとき。看板を手にした女子たちがさーっと左右に別れた。

 空いたところに大きな黒い車が静かに停まった。


 1人、2人、3人と車から順に女子が降りてくる。お揃いのメイド服姿だ。

 そして4人目の女子が降りはじめる。先の3人とは別格のエレガントさだ。

 周囲が騒然としはじめる。


「もしかして本物!」

「な、生で見るの、私はじめてっ!」

「お召し物もエレガントであらせられるわ!」


 俺は、不意に4人目の女子と目を合わせた。


 相手が俺の顔立ちを見て驚くのに、俺は慣れている。

 そうした場合、思いっきり無視するのが俺の振舞い方の基本。

 けど、このときは真逆だった。俺の方が驚いてしまった。


 鏡の中以外でこんなに美しい人を見たことがない。

 しかも俺にはないエレガントさがたっぷりある。


 真逆だったのは4人目の反応も同じ。

 表情ひとつ変えずエレガントに俺を無視した。

 こんな風に扱われるのは、はじめてだ!


 4人目に、3人目が応じる。3人目にはどこか聡明さがある。メイド長か?


「一之宮、二黒小路、三千院。入試とやらに参りますよ」

「は、千春お嬢様! 受付はあちらでございます」


 周囲がざわつくなか、真壁が言った。


「言ってるそばから現れたよ。宮小路院千春……」

「宮小路院……千春……?」


 宮・小路・院。全部乗せとは、すご過ぎる。

 良家の中の良家といった趣だ。メイド服の3人もレベルが高い。

 あれで使用人だっていうんだから、分からないものだ。


 千春は歩き方からして庶民とは違う。俺も真壁も思わず道を開けてしまう。

 それに対して千春は俺たちを一瞥することもなく歩き去った。

 こっちの方を見ないようにしている節さえある。俺、嫌われてんの?


 他の人たちも次々に前を譲る。はじめから列なんかなかったようだ。

 気付いたときには4人はもうかなり先まで進んでいた。


「すさまじいお嬢様だ」

「でも、おかしいなぁ。もう1人いるはずだけど……」

 真壁が言うには、宮小路院家の令嬢は千秋と千春の双子らしい。


「千秋って子も美少女なのかなぁ」

「もちろん。けど、いろいろと噂の絶えない姉妹だよ」

 千春とはすこぶる仲が悪いとか、美少女好きとか男嫌いとか。


 女子が好きそうなゴシップネタばかりで、俺にはついていけない。

 それを真壁は楽しそうに喋っている。そういうところが真壁のモテ要素。

 まるで女子だ……。俺も見習ってみようか。カノジョができるかもしれない。


「宮小路院家の双子がぶっ飛んでるのはよく分かったよ」

「あそこまで振り切った美少女にとっては、同伴受験はいい制度だろう」

 真壁、楽しそう。よく喋る。


「たしかに。俺も家事をしてくれるルームメイトがほしいかも……」

「そこで、同伴希望なんだ」


「この土壇場で使用人に立候補するってわけか」

「そういうこと。同伴だろうが入学すればメリットがあるからね」


「願いが叶うってやつのこと? だったら首席になんないと」

「そうなの? もれなく全員じゃないの?」

 俺は、母さんがはなしてくれたことを真壁に伝えた。


「なるほど、おばさんが言うんじゃ本当だろうな……」

 そのあとの真壁は、何かを決意したかのように、右の拳を強く握った。

________________________

 宮小路院千春は、列に並ぶということを知らないようです。


 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

 これからも応援よろしくお願いいたします。

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