第12話 侵入者
さて、午前0時も周った深夜の事。
ガサ、ゴソ。狸寝入りをして聞き耳を立てている僕。
確かに、微かだが、音が聞こえる。
やっぱり。恵ちゃんはまた来たらしい。
先日、僕が寝付いた頃に、別室の本棚を見ていたという話。
あれを見て、今度は僕の部屋のPCを見に来るのではと。
そんな予測を立てたのだけど、当たっていたらしい。
(しかし、彼女らしくないな……)
彼女は頭がいい。
僕の寝室に忍び込んで、うっかり発見のリスクはわかるだろう。
それに、PCが仕事道具だというのわかっているはずだ。
いくらお付き合いしているとはいえ、PCはプライバシーの宝庫だということを
理解していないとも思えない。
「うーん、お仕事道具なので、さすがに悪いですよね」
小声とはいえ、わざわざ声を出すのもおかしい。
それこそ、漫画じゃあるまいし。
薄目を開けて見ると、PCの電源ボタンに手を触れ……てない。
それどころか、ちらちらとこちらの様子をちらちら窺っている。
まさか、狸寝入りなのはわかっている?
「ひょっとして、本当に寝ちゃいました?」
声はどこか寂しそうで、しょんぼりと肩を落としている。
間違いない。起きている事前提の仕草だ。
しかも、本当に寝付いたと思ってがっかりしている。
「
これ以上の狸寝入りは無意味。
そう判断して、明かりをつける。
「わ!やっぱり起きてたんじゃないですか」
ビックリさせないでくださいよ、と不満顔だ。
「君の方こそ、どういうつもりの悪戯?」
PCを触りに来たわけじゃないのは間違いない。
なにせ、僕と話に来たわけだし。
「あの。私、
少し、目を伏せて落ち込んだ様子。
「もちろん。それが?」
「その。エッチなことはともかくとして、一緒に寝たいといいますか」
「……ごめん。気が利かなかったね」
一緒に寝ちゃうと色々抑制が効かなくなりそうなんて思いはあったにせよ。
恋人同士、ただ一緒に寝たいというのも、自然だろう。
ぎゅっと、背を向けて立つ彼女を後ろから抱きしめる。
「じゃあ、一緒に、寝ようか」
「あ、は、はい……」
ポンポンと、ベッドにスペースを空けると、のそっと入り込んでくる。
パジャマ越しに、肌の温もりが伝わってくる。
「あの、嬉しいんですけど。やっぱり、平然としてるんですね」
「そこは、恵ちゃんも、男の欲求の発散のさせ方っていうの、察して欲しい」
「……!ああ、なるほど!すいません!」
少しの考えた後、色々思い至ったらしい。
「私の方こそデリカシーが足りなかったですよね」
「別にいいよ。でも、なんだか懐かしい気分かも」
「やっぱり、元カノさんが……」
じろっと睨みつけられる。
「だから、違うってば。そうそう。僕が幼稚園の頃かな」
「幼稚園の頃?」
「なんとなく、母さんと一緒にこうして寝た気がして」
実際、記憶にはないけど、僕だってそんな時期はあっただろう。
「そういえば、私も、昔、そんな記憶が。といっても、小一まで、ですけど」
ちょっと、お母さんっ子過ぎますよね、と自嘲した様子。
「子守唄歌ってもらったり?ちょっと想像つかないけど」
「私だって、そんな頃があったんですよ」
「そうだね。きっと、誰だってそうだよね」
僕が彼女と会った頃にはもう大人びていた彼女だけど。
「でも、こうされると、もっと、ドキドキされるかと思ってたんですけど」
「うん。なんだか、落ち着くよね」
「はい。なんだか、毎日でも、一緒に寝たくなってきました」
「気が早いって」
「それくらいわかってますよ」
ところで、と。
「裕二君の好みの子ってどんなのですか?」
「何?突然」
「彼女として念のため聞いておきたくて」
「それは、恵ちゃんみたいな子だよ」
「それ、明らかに躱すための答えですよね」
「ダメ?」
「具体的にお願いします」
さすがに、これを言うのは照れるのだけど。
「まず、背が高くて」
「はい」
「胸は……ほどほどにあって」
「一瞬、見てからなのが気になりますけど」
「一途に僕を慕ってくれて」
「は、はい」
「お母さん想いで」
「そ、それくらい普通ですから」
「僕に異常に積極的で」
「逆に、裕二君が消極的なんです」
「その割に、妙なところで恥ずかしがったり」
「タイミングの問題です」
「それでいて、現実をよく見てて」
「夢だけで生きていければ苦労はしませんから」
「これからも一緒に居たい、そんな子かな」
「あ、ありがとうございます……」
しばし、沈黙が満ちる。
「逆に、恵ちゃんはどんなタイプが好きなの?」
「ええ?わ、私は……また今度、で」
「僕に聞いといて、それはどうかと思うけど」
「と、とにかく。また今度、お答えしますから」
「わかった。じゃあ、待ってるから」
そういえば、以前に「あの時から」と言っていたのが気になる。
なんか、一途に慕われるようになった出来事でもあったっけ。
(まあ、いいか。その内わかるだろうし)
一緒に居られる幸せに比べれば些細なこと。
こうして、二人揃って、眠りに落ちていったのだった。
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