夕日に染まった教室で、祐樹は独り佇んでいる。他に誰もいない教室は、シンと静まっていて、どこか寂しげで、またミステリアスな雰囲気だ。祐樹は教室のそんな雰囲気が好きだった。日の高い時間や、人のいる時間は見せる事のない教室の別の顔。そんな教室にいれば、良い事も悪い事も様々だけど色々な事を意味もなく考えていても許されるように感じる。

「ねぇ!」

 祐樹が今日の夕飯はなんだろうなぁと考えていると、扉がガラッと音を立てて開き、一人の女の子が声をかけてくる。

「……誰?」

 友達でも、はたまた知り合いでもない彼女は祐樹の問いを無視して続ける。

「私と一緒に、学校を回ってくれない?」

「はい?」

 唐突。知り合って? 面と向かって数秒の出来事。学校を回る? なぜ? 彼女は確かに祐樹と同じ学校の制服を着ている。この学校の生徒であれば、学校をわざわざ回る必要はないと思うのだけれど。

「私、ここに来たばかりで、まだ学校の事良く知らないんだぁ。だからね、お願い!」

 心の中で納得。転入生なのか、だから顔も見た事がないわけだ。祐樹は自分の中で納得して、それならと続ける。

「そうでしたか。それなら良いですけど、なんで僕が? 友達とかに頼めば良いでしょう? それに、僕は貴女の名前すら知りませんし、見ず知らずじゃないですか」

「え……。私、君のクラスメイトだよ?」

「えっ…………?」

 衝撃。祐樹だけではなく、二人の間に衝撃が走った。



一話


「ええっと、何かごめんね……?」

 今にも泣き出しそうな表情を浮かべる女の子を横に、祐樹は戸惑いの表情を浮かべていた。それと言うのも、初めて見た顔の彼女は、祐樹のクラスメイトだったのだ。彼女が言うには、一ヶ月は前には既に学校に転入してたのだそう。

「逆に、どうして一ヶ月も経っているのに分からなかったんですかぁ……、私、それなりに人気な転校生なんですよ?」

 人気と言うわりには、祐樹にとっては初対面なのだから、その人気と言うのも、一部だけが対象なのでは? そう言いたかった事を心に押し込めた。

「自分で言う?」

 確かに、彼女をよく見てみると、整った顔立ちで、髪はサイドテールにきちんとセットされていて、ダサいと有名なうちの学校の制服も着こなしている。話していて思う、よく通る声は、人気の要因なのだろう。

「自己紹介の機会もあったじゃない。覚えてないの?」

「多分聞いてなかったか、休んでた。僕は時々教室にいないからね」

「見た目と口調のわりにヤンキー?」

「そんなんじゃない。人が多いのが苦手なんだよ」

「へぇ」

 自ら人気者を謳う人間からすれば、大人数でいる事なんて、当たり前の事で、祐樹のように苦手という感覚が分からないのだろう。この話を続けても、祐樹の自分語りにしかならないし、沙良にとっては至極つまらない話だろう。

「他人事だね。話は変わるけど、大変申し訳ないけど名前を教えてくれない? 知らないからさ」

「ほんと最低だねー、クラスメイトの名前半分も覚えてないでしょ」

 ケラケラと笑う沙良と、ギクリと言わんばかりの祐樹。だって、否めない。仲の良い友達の名前は覚えているが、関わりの薄いクラスメイトは苗字を覚えているか否かの狭間だ。

「良いから、覚えるから教えてよ」

「沙良」

「洗濯洗剤?」

「それはさらさ!!! ……って! 人の名前でふざけないで!」

 ムキー! と頬を膨らませて怒る沙良と、自分のギャグにニヤける祐樹。

「まぁ、そんな事より、人気な転校生なら、学校だって友達に案内してもらいなよ」

「おいっ?! うーー、まぁ、……えぇ、そうしたいのは山々なんだけれど、人気ゆえに、大人数になってしまうから……」

 嫌味かよ、そんな自慢話をしたいだけなら、それこそたくさんいるお友達とやらに話せばいいのに。

「そうですか。大人数でいいんじゃないですかね? それでは僕は帰ります」

「えええ?! ちょっと待ってよ!」

「僕は、大人数も嫌いですけど、うるさい人も嫌いなんですよ」

「分かった! 分かったから! 静かにする!」

「……とにかく、今日はもう遅いので、明日の放課後にしましょう」

「!!」

 なんてうるさい女の子なんだろう。祐樹はそう思った。見た目は可愛いから、もっと大人しくしていればいいのに。いや、良く捉えれば明るい子なのだろう。物静かな子が好きなのは、祐樹の好みの問題で、世間一般的にはやはり、明るい子の方が人気が出るのだろう。

 それじゃあまた明日学校でと別れの挨拶を告げ、二人は校門で別れた。祐樹にとっては幸い、帰る方向が逆だったので安堵した。また明日って、出来れば会いたくないから重苦しい言葉だ。いっそ明日は学校を休もうかと頭を抱えた。

 家路に着いて少し。家の近くにある川沿いを祐樹は歩いている。家から学校までの距離はそこまで長くはないのだが、疲れている日は歩いて帰るには億劫な距離だ。どうして高校生は車の免許が取れないのだろう。免許を取ったところで車がなければいけないのだけれど。それに、徒歩の強みって言うのは、車より、バイクより、自転車より弱い立場にあるから、交通事故に遭っても、自分が悪くなる可能性は著しく低い。

 街路樹に蝉時雨。青々とした木々の間から蝉の声が騒がしい夏。虫嫌いで暑がりの祐樹にとって夏は最悪な季節。冬は冬で寒がりだから苦痛だし、雪で滑るのも嫌だった。

「今日も大半のクラスメイトに無視されたなぁ……」

 祐樹は独りで愚痴を言いながらはぁっとため息をつく。愚痴を言っても虚しくなるだけなのに、どうして止められないのだろう。もっと自己肯定が上手くなれば、自分で自分を慰めることも出来るだろうに。全くだ、と言っているうちに、もっとネガティブな自分になってしまって、祐樹はより自分に落胆する。

 人と話す事は嫌いではないのだが、周りと中々馬が合わないから、どうしても一部の人としか仲良くなれない。祐樹はいわゆるオタクだったのだ。見た目はそうではないから、クラス替えやらなんやらが終わってすぐは、初対面の人はよく話しかけてくるのだが、いざ話してみると祐樹のオタクっぷりが出てしまい、陽キャの皆々様は離れていってしまう。

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