騙された側も悪いのか?

@akinu2

騙された側も悪いのか?

私達の初めての出逢いは物心着いた時に気づけば傍にいるような、

そんな出逢いとして認知出来ない位に居て当然の様な幼馴染として、

片田舎の小さな村の中で共に育ってきた。

彼は小さな頃から正義感に溢れ、村の中でさながら兄弟の如く私達に率先して様々な冒険と称した遊びを提供してくれたものだ。

私達もそんな彼に憧れ、共に学び、共に鍛え上げていた。

成人と呼べる歳に近づいてきた頃にもその関係は変わらず、

彼を主体とした私達の関係は上手くいっていたのだ。


あの日までは。


成人の儀と呼ばれる個人の適性を測る儀式に於いて、

私を含む幼馴染達は皆、高位の適性を秘めている事が分かった。

彼以外を除いては、だが。

彼の適性はよく言えばありふれたモノ、

悪く言えば活躍には程遠い不遇なモノだった。

しかし、私達は彼がどの様な適性であったとしても変わらずに接するつもりだった。


だが、そんなこちらの願いを環境は許してくれなかった。

片田舎に突然生えた希望に大人達は浮足だち、

期待の星として都会へと送り出そうとした。

思えば、この時に周りを諌めれば良かったのだが、

やっと大人の仲間入りをしたばかりの私達には周囲の期待を無視してまで、自分達の我を貫く程の覚悟は出来なかったのだ。

そうして片田舎から都会へと本心では望まぬ送り出しを受けた私達に彼は無理を言ってついて来てくれた。

周囲の大人達は適性を持たぬ彼を何とか留めようとはしたが、

私達から引き剥がされると一人だけ感じた彼は強引に周囲の反対を押し切った。

私はそんな彼の意思の強さに改めて彼を尊敬した位だ。


それでも、現実は残酷だ。


都会の冒険者を育成する機関へと入った私達はみるみると実績を積み上げ、

脅威の新人として賛辞の言葉を浴びる一方、無理を押しただけの彼には活躍の場など無く、

周りからは自分達に付き纏う金魚の糞と揶揄されていく様になった。

その痛ましい現状に私は何度か彼と個別に話し合い、

もう無理はしないで欲しい事を願い出たが、


「君まで僕を見捨てるのか?」


と、まるで死人のように青褪め、悲痛な表情を浮かべる彼にはそれ以上何も言い出せず、

結局は答えを曖昧にしたまま、この地獄のような日々を続けていた。

それでも、彼には献身的に支えてくれる恋人が傍に居るから

ギリギリの所で精神の均衡を崩さなかったのだと思う。

私達と同じく彼と一緒に育ってきた彼女はいつしか彼の隣に居るのが当たり前になり、

彼も彼女もいつかは結ばれて夫婦になり、私達はそれを祝福するのだとばかり思っていた。


そんな頃に私達のパーティーに機関の勧めで、あの詐欺師が加入させられた。

あの詐欺師は非常に優れた才能、恵まれた容姿、私達とは違い血統も由緒正しかった。

私達により活躍を望む機関は個人で最も優れた成績を残していた彼を首軸に据える事でより私達を躍進させようという魂胆だった。

私は上層部に強く抗議した。

私達は現時点でも上手く行っていると。

実際は違う、今までは何とか誤魔化してきたのだ。

彼の心が完全に折れてしまうのを。


だが、あの詐欺師は私達をより分かりやすく引き立てる為に彼を利用した。


「このパーティーならばより上位に昇るのも簡単です」

「それを邪魔しているのは、あのお荷物のせい!」

「彼らは同郷の誼であのお荷物を見捨てられないだけです」


そんな事を吹聴して回るあの詐欺師を私達は始めの頃は何度も諌め、怒りをぶつけたが、


「では、君達は本当にそうは思っていないと?」


こちらを嘲笑しながら指摘するあの詐欺師に私達はしたくても反論出来なかった。

図星だった。

現時点で彼は私達の冒険に於いては重しでしかない。

想いだけでは変えられない現実がある。

このまま続ければ命の危険に晒される可能性が一番高いのは彼だ。

口を噤む私達を見て、絶望した表情を浮かべていた彼の事を今でも思い出す。

そうして、私達の関係は歪み始めた。


詐欺師は彼を貶める事は止めず、私達はそれを修正しきれず、彼は日に日に窶れていった。

そんな日々の中で、私は彼の恋人から相談を受けた。


「彼の私への態度がおかしいんです…」


何でも最近は碌に口を聞いてもくれないと言う事で、

私は彼女と一緒に彼を部屋へと呼び出した。

あれほど仲睦まじかった彼らの関係に何があったのか知りたかったのだ。

部屋へと呼び出した彼は彼女の姿を見つけた途端に初めて見る凶相を浮かべ、舌打ちした。


「チッ、今度はアイツだけじゃなくてお前にまで取り入ろうってのか、この淫売女がッ!」


彼が何を言っているのか理解出来なかった。

それは彼女も同様で私の隣で今にも吐き出しそうな表情を浮かべている。


「知らないとでも思っているのか?

 俺はこの目で見たんだよ、お前がアイツにだかれているのをな!

 お前が身体で取り入るような淫乱だと知っってたら最初から付き合わなかった!」


気がついた時には私は彼を殴り倒していた。

後ろでは彼に謂れのない罵倒をされた彼女が嗚咽している。


「ハッ、お前も俺を追い出したがっていたもんな。

 結局、お前ら全員で俺の事をずっと馬鹿にしていた訳だ。

 だったら出て行ってやるよ、だけど俺は裏切ったお前らの事は絶対に許さないからな…」


腫れた頬を押さえ、立ち上がった彼は暗い表情のまま部屋を飛び出して行ってしまった。

その表情に不安を覚えたものの、後ろで過呼吸を起こしつつある彼女も見捨てられずに追いかける事は出来なかった。

何とか落ち着いた彼女に彼の言動に覚えはないか確かめると、

彼女は以前あの詐欺師に彼の待遇の事で直訴しに行き、

その時に話の流れで勧められた酒を飲んでから記憶が朧げになってしまった日があるという。

そこまで話して、自らに何が起きたのかを理解した彼女はその場で吐いてしまった。

それから数日は衝動的に自死を選ぼうとする彼女に付きっきりで様子を見る事に必死で彼の事を探しに行く余裕もなかった。


ようやく、彼女の衝動が収まった頃に私はあの詐欺師を呼び出して怒りのままに掴みかかるも、


「それは何か証拠が合って言ってるのか?

 ただの言い掛かりならば私も出る所に出るだけだが?

 あぁ、でも…そういえば彼に私の部屋に荷物を持って来る様に

 頼み事した日は彼女に飲んだ日だったな」


それ以上は聞くに耐えられず、私はあの詐欺師を殴っていた。

すぐさま私は周囲の他の冒険者に取り押さえられ、

不当な暴力を振るったとして罪に問われた。


幸い、軽い罪で済んだものの、牢から出る頃にはあの詐欺師の根回しにより、

私の味方は既にどこにも居なかった。

それは私だけじゃなく、彼女も同様で「あの詐欺師に身体で取り入ろうとした女」という根も歯もない噂が出回り、

彼女は常に後ろ指を指されるようになり、精神の均衡を崩した。

孤立した状況に私は彼を結果的に見捨てた報いがこれなのかと自嘲した。

だったら私だけにして欲しかった、彼女は関係なかったじゃないか。

定期的に片田舎に住んでいた頃の精神に戻る彼女の面倒を見つつ、

期待の星などと呼ばれていた頃の面影なぞないくらいに細々と仕事をして食い繋いでいた頃に彼の噂を聞いた。

あの後、彼は真の才能に目覚めて活躍しているらしい。

自身が王になるなどと言う大それた野心を抱いていたあの詐欺師の陰謀を打ち破り、

今では姫様に見染められて婚約者になったのだとか。

彼が今度、凱旋して来ると聞きつけた私は何とか彼に接触出来る様に色々と試みた。

そんな私の努力が耳に入ったのか、彼は泊まる宿の自室に私を招いてくれた。

あの頃とは比べ物にならない高級な部屋の中、

彼と対面した私はその変貌振りに驚かざるを得なかった。


虫を見るような目をしていたからだ。


「俺が真の才能に目覚めてから、こうして取り入ろうって訳だ。

 相変わらずの屑だな、お前は」


第一声がまずそれだった。

再会の挨拶でもなく、最初から見下した言葉。

それでも私は下唇を噛み締めて、どうしても伝えたかった事を彼に伝えようとするも、


「どうせ、あの淫売の事だろ。

 知ってるよ、妊娠してるんだって?

 ハハッ、やっぱりやる事やってたんだな!」


そう、彼女は強姦された日に運悪く妊娠してしまった。

彼女が精神の均衡を崩した最大の原因でもある。


「今日、俺がお前を呼んだのは今更そんな話を聞く為じゃないんだ。

 ずっと、お前らにこう言ってやりたかったんだ…

ざまぁみろ!!」


そう言うと彼は話を聞く様に縋る私を全力で蹴り飛ばし、

部屋の外に待機させていた衛兵に捕まえさせた。


「今更助けて欲しいとか、もう遅いんだよ!」


彼はそう吐き捨てると、もう興味を失くした顔で部屋の扉を閉めた。


衛兵に放り捨てられた私は這々の体で彼女の居る部屋まで戻るとすぐに身支度を始めた。


この国にもう私達の居場所はないと、彼の態度が暗に示していた。

私達の故郷に戻れば、英雄に見限られた屑という汚名を着せられるだろう。

そうして私達はひっそりと全てを失くして国を出た。


そうして、遠く離れた別な国に移り住んでも生まれ故郷の噂は嫌でも耳に入る。

今では英雄から故郷の王へと昇り詰めた彼は善政を敷き、

王妃や民から愛される国王となった。

彼が存命の間はきっとあの国は安泰だろう。


彼が生きている間は。


英雄の力を笠に着た圧力外交を繰り広げる彼の政治は彼が庇護する自国にはとことん甘く、あくまで味方ではなく利用するものと見ている周辺諸国には厳しい。

自覚はないだろうが、周辺諸国の恨みは根深くなっている。

彼という堰がなくなった時、それがどう作用するのかは私には分からない。

彼がここまで歪んでしまったのは私達の責任ではある、それでも選んだのは彼だ。


だけど、私は彼を思い出す度にこう思う。


そこまでする必要はあったのかと。

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