だって俺が正しいですよね?




 俺は世の中の理不尽や、不法行為を許さない。


 俺が絶対的正義。

 俺が正しい。

 俺の正義以外は全部間違っている。

 俺が正していかなければ世の中が正しくなっていかない。


 そう思って生きている。

 だから俺が正義の鉄槌を下したエピソードをいくつか紹介したい。




 ***




【会社の会議編】


 俺は新入社員の頃、初めての会議のときの話だ。


「まとめですが、今回の企画の最大の問題点は――――」


 ガタン。


 会議終了予定時間の16時ちょうどに俺は立ち上がった。

 資料をまとめて会議室の扉の方へと歩いて行く。


「ちょっと、松原君、まだ終わってないよ」

「いえ、16時になったので」

「いや、だから終わってないからね」

「え? いやいやいや。16時までの会議予定だったじゃないですか」

「そうだけどね。予定は予定だから」

「おかしいじゃないですか。始まる時間は厳守するのに、終わる時間にはルーズなのって。時間になったんですから、終わりなんですよ」

「は?」


 ざわざわと会議室は騒めいた。何人も狼狽えながら顔を見合わせ、俺の方を見てくる。

「時間を守る」のは正義だ。始まる時間も守るし、終わる時間も守る。

 それは普通のことのように俺は思う。


「予定時間に終わるように調整する余地はあったはずです。だって談笑してる時間ありましたよね? 俺、他の仕事もあるので」

「松原君、待ちなさい」

「え? 俺、なんか間違ったこと言ってますか?」

「いや、間違ってるとか正しいとかじゃなくて、まだ会議が終わってないから―――――」

「論点をずらすのやめてもらってもいいですか? 俺、時間になったから終わりにするんですよ。ズルズル会議するの、社会の悪習ですよ」


 そう言って俺は会議室を出た。


 俺の勝ちだ。

 俺が正しい。




 ***




【路上喫煙注意編】


 俺は路上喫煙を条例で禁止している区域にて、路上喫煙している連中を片端から注意した。

 俺はタバコがそもそも嫌いだ。

 服や髪に匂いがつくし、副流煙で癌になったら笑えない。副流煙は主流煙に比べて有毒だと聞いたことがあるし、それに全員ではないが喫煙者はその辺にタバコをポイポイと捨てていく。

 ゴミをその辺に捨てていくのは論外だ。路上喫煙者は特にその傾向が強い。数だけ吸って排水溝に捨てたり、生垣に捨てたりする。

 それ以前に、路上喫煙が禁止されている場所で吸われると本当に迷惑だと感じていた。


「ここ、喫煙禁止エリアですよ」


 俺がそう言うと素直に謝ってやめる者もいるが、無視をする人や抵抗してくる者も当然いる。

 抵抗してきた男に対して俺は徹底抗戦した。


「聞こえてます? ここ、タバコ吸ったらいけないところなんですよ」

「…………」

「聞こえてますよね? 路上喫煙禁止です。看板見えてますか?」

「………………」


 推定年齢20代の男だ。俺のことを完全に無視してタバコを吸い続ける。


「おーい! 聞こえてますか!? ここは路上喫煙禁止なんですよ!! タ・バ・コ!! 禁止!!! ノースモーキング!!! 言葉通じてますかー!!?」


 これでもかというほど大声を出して、男に向かって注意した。

 鬱陶しそうに背を向けて歩きながらタバコを吸っていたので、持っていたフリーペーパーを丸めてメガホン代わりにして更に声を張った。


「条例で路上喫煙は禁止されてまーす!! 警察呼びますよー!? 罰金2万円になりまーす!!!」


 俺が声を張り続けたところ、その場に集合していた路上喫煙者はいなくなった。

 注意し続けた男もようやく路上喫煙をやめて去って行った。


 俺の勝ちだ。

 俺が正しい。




 ***




【差別発言撃退編】


 俺は髪の毛を胸の辺りまで伸ばしていた。

 切るのが面倒だという理由もあって、会社ではずっと髪を縛っている。

 それに対して俺が部長に資料を渡しに行った際に、部長にこう言われた。


「松原君、髪の毛切った方がいいよ」


 俺はそう言われカチンときた。

 どうしてそんなこと言われないといけないのだろうか。


「個人の自由じゃないですか」

「いや、いくらなんでも長すぎない? ずっと言おうと思ってたんだけどね」

「いえ、だから個人の自由じゃないですか。なんで女性は髪の毛を伸ばして良くて、男は駄目なんですか? 男女差別ですか?」

「そういうことではなくて……」

「あー、会話録音しますね」


 俺はポケットからスマホを取り出してボイスレコーダーのアプリを起動した。


「あなたは僕に対して髪を切れと言いましたよね?」

「松原君、落ち着いて聞いてほしいんだけど……」

「言いましたよね? “はい”か“いいえ”でお願いします」

「あのね、仕事をしてる上で印象が――――」

「言いましたよね? 否定しないってことは言ったってことでいいですか? 山田部長は僕に対して髪が長いから切れと言いました。それに対して僕は、個人の自由だからいいじゃないですかと言いました。女の人は伸ばしてもよくて、どうして男の人は駄目なんですか? 男女差別ですか?」

「差別とかじゃなくてね。社会人としてそれはちょっと……」

「だから理由を教えてもらえますか? 女性は良くてどうして男性は駄目なんですか? 男の長髪は印象が悪いんですか? どうしてですか? それは差別主義者だからじゃないんですか? 差別を助長させるようなことを言っていいんですか? 男女差別とパワーハラスメントって受け取っていいですか?」

「あぁ……切りたくない理由が何かあるのかな……?」

「僕の質問に答えてくださいよ。部長は差別主義者だってことでいいですか? 僕は今差別を受けているって感じていますけど、それでいいですか?」


 部長は少し考えた後に「そんなに切りたくないならいいよ」と言った。

 しかし、俺は納得ができないことに立腹していたので、それ以上に部長を詰めた。


「切りたいとか切りたくないとかじゃなくて、なんで駄目なんですかっていうことを聞いているんですよ。どうしてそういう発言が出てくるのか、根本的な解決をしたいので言ってください。僕は怒ってるんですよ」


 その後、数分に渡って「なにが駄目なのか」「どうして駄目なのか」ということで部長を詰めあげた。


「傷ついたんですよ。それについて山田部長は何か言うことはないんですか? 僕が性同一性障害者だったらどうするんですか? 僕が精神的苦痛を受けていることに対して何か釈明はありますか?」

「…………僕が悪かった。ごめんね」


 部長が俺に謝罪したことで、俺の溜飲は下がった。


 俺の勝ちだ。

 俺が正しい。




 ***




【騒音隣人編】


 俺は休みの日に昼過ぎまで寝ているのがいつもの休日の過ごし方だった。

 アパートの一角に住んでいて、2階建ての1階に住んでいる。

 ずっと俺の部屋の上は空室だったが、ある日俺の部屋の上の階に親子連れが引っ越してきた。

 その日から子供の足音でドッタンバッタンという音が響き渡り、俺の睡眠は阻害され始めた。

 俺はすぐさま上の階に訪ねて行き苦情を言った。


「走り回るのやめてもらっていいですか。うるさくて寝てられないんですよ。仕事で疲れているんです」

「すみません。子供に言い聞かせますので」


 そう言ってる矢先に子供はドタバタと走り回ってはしゃぎまわっている。


「今注意してもらえますか? 今もうるさいですよね」

「すみません……ほら、そう君、梨香りかちゃん、静かにして」


 母親がそう言うが、子供の方は相変わらず走り回っていた。


「俺、静かになるまで帰りませんよ。録音していいですか? 最悪、裁判になると思いますので」

「え……本当にごめんなさい。よく言い聞かせますので……」


 俺はスマホのボイスレコーダーを取り出して、録音を始めた。


「今、俺は自分の住むアパートの2階の住人の騒音を注意するために、直接2階へ来て注意しています。でも、母親と思われる注意するように言っても子供は相変わらず走り回っていますし、本気で改める気がないように思います」

「そんなことは……奏君、梨香ちゃん、本当に静かにして。下の階の人がうるさいって」


 先ほどまでの口調から少し厳しくなったように思うが、子供はまだはしゃいで走り回っていた。


「…………」

「ごめんなさい。止めるように言ってきます」

「ここで待っているので、言って来てください」


 俺は玄関が閉じないようにドアを押さえて、母親を待った。中から厳しい声が聞こえると、今度は子供の泣き声が聞こえてきた。


「ママー!! 寒いよぉー!!!」


 ドタバタドタバタ……


「静かにして! 静かに!!」


 寒いというのは、俺が玄関のドアを開けているせいだ。季節は1月の真冬。ドアを開けていれば部屋の中が寒くなるのは当然だ。

 やっと静かになった頃に母親はやっと俺の元に帰ってきた。


「すみません……静かにさせましたので……」

「うるさくしないでくださいね。俺も疲れているので、いちいち注意しに寒い中こんなところまで来たくないですし」

「ごめんなさい……」


 俺が自分の部屋に戻って二度寝しようと横になると、また上から子供が走る音が聞こえてきた。

 上に行って再び注意するのが面倒だったので、適当な長い棒で天井を「ドンッ!」と突いた。突いたすぐ後はまた静かになったので、俺は再び横になった。

 その後、親子は外に出かけたらしくしばらく静かだったので俺も怒りを忘れて生活をしていた。

 が、家に帰ってきたと同時にまた子供が走り回っている音が聞こえた。

 再び棒で天井を「ドンッ!」と突き上げる。

 やはり一時的には静かになるが、しばらくするとまた走る音が聞こえてきた。

 俺はまた2階に上がって上の階のインターフォンを押す。なかなか出てこない相手に更に苛立ち、ドアをノックした。


「すみませーん! 下の階の者ですけど!」


 やっと出てきた母親に、また同じく録音をしながら「静かにしてください」と苦情を述べた。


「毎日うるさい場合は、毎日苦情を言いに来ないといけないじゃないですか。解りますか? どうして1回言われたことが分からないんですか? 1回だけじゃ解らないなら、何回言えばわかってもらえるんですか? 同じことしか言いませんよ。静かにしてほしいだけです。それだけです。どこか解らないところがありますか?」

「ごめんなさい。子供に言ってもなかなかわかってもらえなくて」

「じゃあ俺が注意しますので、お子さんを連れてきてもらえますか?」

「そ……それはちょっと……」

「だってご自身で注意しても言い聞かせられないんですよね? しつけは小さい頃からしっかりしないといけないと思うんですよね。現に人に迷惑をかけている訳ですし。お子さんが人様に当然のように迷惑をかけるような子供になってもいいんですか?」

「そうじゃないですけど……足音は生活音ですし、子供ですから仕方ない部分もあります……」

「走り回るのは生活音じゃないですよね? どこが仕方ないんですか? じゃあなんで2階に住むんですか? 走り回るのが解ってたなら1階とかに住みますよね? 目が覚めるほどの騒音を出しているのわかってますか? 起きるんですよ。寝てる人が起きるほどの騒音なんです。解りますか? ていうか悪いと思ってるんですか? 悪いと思ってないからそうやって仕方ないって言うんですよね?」


 そう言って俺は母親を責め続けた。子供が俺を見て泣こうが、うるさくしたら俺は容赦なく母親を糾弾した。


 そんな日々が何日か続いた。

 俺が訪ねていったときに警察を呼ばれることもあった。しかし、俺は不当に家の中に無理やり入っている訳でもないし、脅しをかけている訳でもないというのは俺の録音している音声にて確認してもらったので警察は介入しなかった。

 管理会社にも苦情を言った。

 必要になると思って精神科で診断書をもらい、内容証明も送った。


 騒音親子は1か月したくらいで引っ越していった。


 俺の勝ちだ。

 俺が正しい。




 ***




【上司の不倫摘発編】


 俺は、同僚と話をしているときに部長が不倫をしているということを知った。

 嫁も子供もいるのに不倫だなんて許せない。

 俺の長髪について文句をつけて来たくせに、自分はどうだ? ろくでもない人間じゃないか。

 その悪事を俺が暴いてやろうと考えた。

 俺は退社時間を部長と合わせ、部長の後をつけていって車を特定した。部長の車に小型GPSをつけて、部長の車の位置情報をアプリでずっと監視し、マップ上でラブホテルなどに入るのをずっと見ていた。


 張り込みを始めて2週間経ったときのこと。ついに部長の車がラブホテル街に入っていった。

 これは絶対に黒だと俺は考え、俺は追跡用のアプリが示した位置まで車をとばし、部長の車がラブホテルに入っているところを写真を撮った。

 ホテルの出入り口付近に俺は待機し、部長が出てくるのを待った。

 待つこと3時間ほど。ついに部長が出てきた。隣には若い女性がいて腕を組んでいる。

 すかさず俺は写真を撮って証拠を掴んだ。


 俺はすぐさまそのデータを印刷し、部長の奥さん宛に手紙を書いて証拠写真を同封し、送った。

 住所はGPSで解っているし、部長の奥さんの名前は会社の同僚から入手済みだったので簡単だった。


 これだけでは終わらせられない。


 俺は会社の部長の息のかかっている人間のアドレスを片端から抜き出し、捨てアドレスから会社に向けて「部長は若い女と不倫している!!!」というメールを送った。

 アドレスはすぐに消し、証拠隠滅をした上で俺はうきうきした気持ちでその晩眠りについた。

 こんなに次の日に会社に行くのが楽しみなのは初めてだと思った。

 俺はにやけが止まらず、興奮してよく眠れなかった。


 結局、部長は一定期間の停職処分を受けた後に、自首退社することになった。


 こんなに愉快なことはこの世にないだろう。


 俺の勝ちだ。

 俺が正しい。




 ***




 と、まぁ、俺の華々しい正義の逸話はまだまだあるが、このくらいにしておこう。

 俺の正義はこのくらいじゃ留まることを知らない。

 俺はもっとでかい男だ。

 次の標的はもう決まっている。


 聞いて驚くなよ?


 俺は、総理大臣を殺すことに決めたんだ!!!


 この国がいつまでたってもよくならないのは、トップがしっかりしていないせいだ。

 社会のゴミをもっと掃除して綺麗にしていくのは、国の重要な課題なのに、総理大臣は全然この問題に着手しようとしない。

 犯罪者も毎日毎日報道しているけど、カスしかない。あんなやつらのために俺の働いた税金が使われるなんて我慢できない。


 俺が絶対的に正しいんだ。

 俺は間違ってない。

 時代が俺についてこないんだ。


 殺人は犯罪だが、人殺しが正当化される瞬間がある。

 それは革命のときだ。

 俺は総理大臣や、そのほかの無能な官僚を皆殺しにして国のトップになる。

 そうすれば俺が絶対正義だと証明される。

 だから俺は総理大臣を殺す。

 俺の正しさを日本全国に轟かせてやるんだ。




 ***




「速報です。本日、国会議事堂にて男が刃物を持って乱入し、総理に襲い掛かるという事件が起きました。男は警備員に取り押さえられ、殺人未遂の現行犯で逮捕されました」


「警察関係者への取材によると、男は“正義を遂行するためにやった”などと供述しているようです」




 END




(※自分のことを絶対に正しいと確信してする犯罪のことを『確信犯』と言います。強い正義感の元、自分の正義に反したものを執拗に攻撃し、相手を罰することによる快感を得る人のことを『正義中毒』などと言われています。自分の行動を見返して「こいつは悪いことをしている! 攻撃しよう!」となっていませんか? 悪いことをしたら改善しなければいけないのは当然ですが、攻撃することが主体になっている人は危ないかもしれません)



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