ただ独りで泣いている

tenten.ac.jp

第0話  

 夕暮れ。

 暗い部屋で一人、寝転がっていても、座っていても、立っていても、それは突然やってくる。


「やあ、こんばんは」


 わたしを上から見下ろす黒い人物。いや、これを「ヒト」と定義していいのか分からないが、少なくとも人型をしている「それ」は夕暮れ時に現れる。

 彼女を構成する黒い粒子はうぞうぞとうごめき、細胞のように流動性をもつ。(性別という定義を考えるのが難しいのだが、声から判断するに「それ」は「彼」ではなく「彼女」と個人的に考えている。)まるで生きているようだが、自分にはそれが生きているか否かを判断する術もない。ただ、それくらい禍々しく、おぞましい姿をしている彼女が見た目に反した性格ということしか知り得ない。

 もちろん、初めて彼女を見たときはあまりの驚きと恐怖に言葉を失った。が、それ以上に彼女が私たちと同じように言葉を巧みに操ると知ったときのわたしの驚きようといえば、何と言っていいことやら……まあ、察してほしい。


「君のご要望に応えて目を作ってみたんだけど、どうかな?」

「……」


 性格はユーモラスな人物だが、センスはないといったところだろうか。

 実際今も赤目で隻眼という選択をしてきた彼女にわたしはあきれている。目がない状態でも十分恐ろしい姿をしているのに、なぜそのチョイスに辿り着いたのだろうか。それとも、これは彼女なりのツッコんでほしいという気持ちの表れなのだろうか。

 わたしはいまだに彼女の意図をうまくくみ取れていない。


「あれ? 反応なしですか、お嬢さん?」


 ふぅ、と息を吐いて、彼女に一言呟く。


「…センスない」


 束の間、沈黙が流れたのち、「ええ、そんなこといわないでさぁ、黒に赤ってカッコよくない?」と彼女は意見を求めてくるのだが、わたしはお構いなしに参考書片手に課題を片付ける。なにせ、受験生というご身分である以上、課題の優先度が高くなるのは仕方ない。こんな非日常な存在と遊ぶ義務もない。


「……じゃあ出かけてくるから」

「……って、ボクの話を無視して、どっかいかないでくださいよ」

「……今から予備校。私は受験生。わかった?」


 不満そうに周りに黒い粒をまき散らせながら彼女は「ハーイ」と頷く。

 そんな彼女に「留守番よろしく」と伝え、わたしは夜の街へ出掛ける。

 まあ、夜に帰宅したとき、既に彼女は姿を消しているのだが。

 夜は彼女たちの時間。暗闇に紛れて彼女は今日もどこか、わたしの知らないところへ行くのだろう。

 そういうものなのだ。わたしとは異なる存在。理解を超えた存在。



 それがわたしと彼女の日常で、ほんの少し前にはじまったこの奇妙な関係性は今も続いている。

 彼女と出会った、あの日々のことを今更のように思い出そう。苦い思い出であり、渋い思い出であり、だけどどこか救われたような、でも、できることなら忘れてしまいたい、そんな日々を思い出そう。

 

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