借夢

 ――ピンポーン!


 それは夜、俺が一人会社のストレスごと酒を流し込んでいた時だった。


「ったくどこのどいつだよ? こんな時間に」


 酔いも回っていた事もあり、俺は確認もせずすぐにドアを開けた。

 そこに立っていたのは、にこやかな笑みを浮かべたスーツ姿の女性。


「夜分遅くに失礼いたします。私、こういう者です」


 そう言って彼女は名刺を差し出した。


『借夢社 営業部 桜木 優菜』


 見た事も聞いた事もない社名。それに一体なんの会社かも分からない。保険か? 金融か? 販売か?


「か、しゃ……ゆめ?」


 おまけに全く読めないときた。


借夢社しゃくむしゃの桜木優菜と申します」

「はぁ。で? なに?」

「はい! わが社はですねご契約いただいたお客様へですね、夢をご提供させていただいておりまして……」

「夢? 夢ってあの?」

「はい。寝て見られる夢でございます」


 なんだその胡散臭い商売は。詐欺にしても下手くそ過ぎんだろ。


「もぅーこんな時間にくんなよ。それにせめてまともなもん売ろうとしろよ。そんなんに騙される奴なんていねーって」

「そんな! 騙すだなんて滅相もございません。我々は本気で、良い夢をご提供しております」

「悪いけどな、胡散臭過ぎんだよ」

「分かります。そう仰るお客様も大変数多くいらっしゃいます」

「こんな客しかいねーだろ。それか門前払いだよ」

「ですので、わが社ではですね。お客様にご安心していただくためにですね――こういったプランをご提供させていただいております」


 そこに書かれていたのは、何日以内だったら返金とかなんちゃらかんちゃら。でも読む気はない。


「ますます怪しいじゃねーか」

「まだあります。ご安心下さい。ご契約なさらなくとも結構ですので、とりあえずですね、一度、ご体験できるお試しというものをご用意さていただいているんですよ。なのでお時間宜しければ一度、どうでしょうか? 是非!」


 正直、ここまで来たら一体どんなヘンテコお試しを用意してるのか気になる。だから俺は遊び半分で試してみる事にした。


「分かったよ。で? どうすんの?」

「こちらですね。寝て見る夢となりますので、お玄関先でというは厳しいんですよね。ですので失礼ですが、ご体験される場合はちょっと中の方へ」

「上がんの? 家に?」

「はい。突然で大変申し訳ございませんが。もしあれでしたら少しこちらで待たせていただいても構いませんので」

「いや、いーよ別に。分かった。じゃあどうぞ」

「はい。では失礼させていただきます」


 そして何故か俺は訪問販売の女性を家に上げた。


「あっ、お綺麗になさっておられるんですね」

「いーよ。部屋の感想なんて。で? どーすんの?」

「はい。まずはですねこちらの二種類からお選びください」


 そう言って女性が鞄から取り出したのは、見るからにヤバそうな錠剤。それと何やら脳波を図る時に頭に付けるやつ(コードは無い)。


「こちらをお飲みになられるか。こちらを頭の方へ貼らせていただく方かとなっております」

「こんなん貼る一択でしょ。やだよ。訳分かんない奴の持って来た錠剤飲むのなんて」

「かしこまりました。ですがこちらの方、品質管理はバッチリですのでご安心頂いて結構です。ですが今回はこちらという事で」


 錠剤を仕舞うと代わりに何やらスマホを取り出した女性は鞄を置いた。


「では、早速始めさせていただきます」


 その言葉に少し緊張が走る。あと若干の好奇心も。


「まずはですね。ソファの方へ寝転がっていただいて。もちろんベッドでも構いませんよ」

「いや、ここでいいよ」


 俺は言われた通り寝転んだ。仰向けで。


「ではこちらの方、貼らせていただきますね。失礼致します」


 傍らに腰を下ろした女性は俺の額へあの丸いやつを二つ貼り付け始めた。そりゃもう丁寧に。


「今回は我々がご用意した夢をご体験していただくことになります」


 説明を聞いている間に全てを貼り終えると女性はスマホを手に取った。


「ではよろしいでしょうか?」

「いいよ」

「それでは良い夢を」


 女性がスマホへ一度目を落とすと、さっきまで無かったはずなのに段々と眠気が襲ってきた。

 そしてあっという間に意識が途切れる。


「……さま。……お客様」


 先程の女性の声に俺は目を覚ました。体を起こすとそこにはあの女性が座っている。


「あれ?」


 俺は辺りを見回すがどこを見ても俺の家。


「おい。夢なんて見てねーぞ?」


 そう言うが女性はニッコリ笑ったまま。


「ご安心ください。現在、見ていますよ」

「何言ってんだ?」


 首を傾げながら俺はある事に気が付いた。それを確認する為に額へ手をやるがやっぱり貼り付けたはずのアレはない。


「一度、ご自分の腕を摘まんでみると確実かと思いますよ」


 そう言われるがまま自分の腕を抓ってみる。だが痛みは全くなかった。


「お分かりいただけたでしょうか?」


 驚愕のあまり頷くことしかできない。


「ここは夢の世界。どんな願いでも叶う空間です。現実を気にする必要も無い。全てが思い通り」


 女性はそう言うと手に火の玉を出し手見せた。それを両手を合わせるように消し、かと思えば離れた掌の間から小さな竜が姿を現し俺の部屋を飛び回る。指を鳴らせば竜は何倍にも大きくなり部屋の中で窮屈そうに声を上げた。

 だがもう一度鳴らせば一瞬にして消え去る。


「これから十分間はお客様の自由時間となります」


 そしてパパンっと手を叩くと巨大な目覚まし時計が現れ、同時に箱も机に置かれた。


「こちらはご自由にお使いください。ですがこちらはお試しとなっておりますのでこの部屋から出る事は出来ません」


 声を聞きながら箱の中を覗くとそこには銃やら刀やら剣、槍、ハンマーなど様々な武器が入っていた。


「日頃のストレス発散として家の物を破壊しても問題ありません。現実世界では何ともないのですから。それと私自身へ対してもです。どれだけ傷つけようか何をしようが、現実世界の私には一切関係の無い事。もし途中でお止めになりたければこの時計の針を零時までお進めください。では夢の世界をお楽しみいただければ幸いです」


 俺は箱の中から拳銃を取り出しテレビに向け引き金を引いた。反動も音も(本物は知らないが)どこまでもリアル。

 俺は手元の拳銃へ目を落とした後、女性へと目を向けた。相変わらずニッコリと笑みを浮かべている女性。そして俺は……。


「はっ!」


 勢いよく目覚めた俺はそのまま体を起こし自分の両手を見下ろしていた。戸惑いながらゆっくりと腕を抓ってみる。興奮状態の所為か少ししか感じないがさっきよりは感じた。気がする。


「いかがでしたでしょうか?」


 そこには何も知らないと笑みを浮かべる女性の姿。


「――これがあればさっきみたいに自由に何でも好きな事が出来るって事なのか?」

「はい。基本的にはお客様の記憶を基盤に夢を構築していきますが、わが社の装置をお使いになられればお客様が知らないような場所へも行けるようになります。どこで何をしようが、それが誰や何であったとしても全てはお客様次第」

「現実じゃ絶対にあり得ない事もか? 例えばドラゴンに乗るとか」

「そのようなプランをご契約なされば可能です」


 俺は額から装置を外すと見下ろしさっきの夢を思い出した。体験したことも無いような興奮。たまに見る明晰夢がこれからは自由自在。

 俺は顔を上げて女性を見遣った。


「しよう。契約するよ」

「ありがとうございます!」


 数日後に借夢社から商品が届いた。専用のスマホとあの装置(錠剤もあるがこっちにした)。使用は簡単。装置を着けてスマホで開始ボタンを押す。色々な設定とか世界観をダウンロードして事前に設定するばそれが見られる。

 あの日は体験という事で睡眠効果も入ってたらしいがそれ抜きでも大丈夫だとか。もし眠れない日は別で睡眠効果を購入し一緒にセットすればすんなり眠れる。

 それから俺は眠るのが楽しみになった。ずっと夢だった事をしたり、憧れの人と会ったり、ラ〇ュタへ行ったこともある。俺は夢を思い通りに見ては自由自在に動きしたいことをし続けた。毎晩のように。


            * * * * *


 俺が仕事をしていると突然、デスクを振ってきた手が叩きつけた。


「頼んでおいた仕事はまだ終わってないのか?」


 そこには部長が立っていて頭に響く怒声を上げている。あー、イライラする。いちいち蠅みたいにうっさい。聞いてもいない説教をネチネチと続けやがってる。


 ――はぁ。


 正直、我慢の限界だ。

 俺は両手でデスクを力一杯叩き、立ち上がった。その音に社内が一瞬にして静まり返る。あの部長でさえも。


「な、なんだ。なんだその態度は!」


 だがまたしても口を開けばうざったい声。

 俺は部長の方を向くと無言のまま、普段のストレスで拳を固く握りしめた。そしてその見るだけでストレスの溜まる顔へ振り下ろす。


「キャー!」


 一瞬の静寂の後、女性社員が叫んだ。

 辺りがざわめく中、俺は更にもう一発。更にもう一発。怒りをぶつけ続けた。

 ……。


『夜のニュースです』

『本日午後二時半頃――』

『突然、暴れ出した男は上司の男性を何度も殴りつけ――』

『現在、意識不明の重体と――』

『男は現行犯逮捕され――』

『夢の世界などと意味不明な――』

『薬物使用の恐れが――』


         * * * * *


 悪夢から一気に目覚めた私は汗でびっしょり濡れていた。眠気すら残らず少し息も上がってる。

 私は思わず俯かせた顔へ手をやった。


「なんだったんだ今の夢は……」


 ゆっくりと断片的についさっきの夢を思い出す。

 その時、ハッとした私はすぐさま傍に置いてあったスマホを手に取り電話を掛けた。


「いいアイデアを思いついたんだ! 夢だよ! 人々が望むストーリーの夢を見られるようにするんだ!」


 それから数年後、私は『借夢社』を立ち上げた。

 あの日見た夢のように全てが自由自在とはいかないが、こっちが用意したストーリーを夢の中で主人公として体験できる。そんな娯楽と睡眠が同時に取れるような機械を貸し出すんだ。ネットカフェのように個室へ入室してもらってそこでストーリーを選び眠りにつく。

 それがわが社が提供するサービス。借夢社は夢をレンタルする時代を作り上げたのだ。


『夢もレンタルし自分で決める時代。あなたに極上の夢を。借夢社』

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珊瑚の本屋さん(短編集) 佐武ろく @satake_roku

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