夢幻心酔

 外に出た僕は音符の雨が地面に落ちる音を聴きながら五線譜の傘を開いた。傘に当たり奏でられたのは雨の憂鬱さを忘れさせ踊り出したくなる程に陽気な音楽。

 そんな音に包み込まれながらしばらく歩いていると段々と弱くなっていった雨はついに止み、空は青空で晴れ渡る。傘を閉じその青空を見上げれば数えきれない数の虹の蝶が歓喜するように羽ばたいていた。僕は顔を戻すと傘を片手に音色溜まりの出来た道に足音を静かに響かせる。

 途中、名前を呼ばれたようにふと立ち止まると顔を道のほとりへ。そこには小さなダイヤの花が僕を見上げるようにひっそりと咲いていた。人知れずその美しさで世界を彩る小さな花。まるで世界の秘密を一つ知ったかのような気持ちになった僕は微笑みを浮かべながらその花に別れを告げ再び歩き始めた。

 それからもずっとずっと歩き続け僕は岬に辿り着いた。すっかり夜になり頭上では宝石を散りばめたように綺麗な星空が煌めいていた。草の絨毯を歩き、岬の先端まで進むとそこにあったベンチに傘を立て掛け腰を下ろす。

 眼前には境界線を無くした海と夜空が広がっていた。月明りに照らされ海面はライトアップされているよう。そよ風に頬を撫でられ海と空の混じり合った香りが嗅粘膜に触れた。

 すると海面から一匹の巨大な鯨が飛び出した。巨体を跳ねさせ夜空を背景にバク宙でもするように体を反らせている。海面に背を向けながら大きな弧を描くように再び海へ落ち始めた鯨だったが、その途中でクルリと体の向きを変えるとそのまま夜空を泳ぎ始めた。

 そして大きな口を開け大量の星を頬張る。鯨の体は星空模様になった。

 一方、沢山の星を食べられた夜空だったがそんなのはほんの誤差だと言うように依然と空では星が輝いていた。

 それから最初の鯨に続くようにイルカや他の魚たちも夜空を泳ぎ始めたもんだから空は沢山の海洋生物で溢れた。海面では海の星、夜光蟲が対抗するように海を神秘的な青に染め上げる。その後、海面から飛び出した夜光蟲の群れは夜空に青く光る虹を掛けた。

 そんな景色を眺めていると隣に女性が一人腰を下ろした。僕が顔を向けるとこの場所で一番綺麗な瞳と目が合った。互いにニッコリと笑い言葉を交わす。僕は彼女の肩に手を回し寄り添いながら一緒に目の前の景色を眺めた。

 しばらくして夜空を泳いでいた海洋生物達が海に戻ると僕は立ち上がり彼女の前で片膝を着く。心臓に手を当てココロから愛の指輪を取り出した。それを彼女に差し出す。彼女は口元に手をやりながら立ち上がりとても驚いている様子だった。

 そして流星の涙を流しながら指輪を受け取ってくれた。嬉しさで胸が一杯だった僕は抑え切れない笑みを浮かべ立ち上がると思わず彼女を抱きしめた。強くそして優しく。

 すると夜空に一筋の閃光が。それに僕と彼女が空を見上げると僕らを祝福するように流星群が空を流れた。目もくらむような光景を寄り添いながら見上げる二人。

 終わりがない様に流れ続ける流星群だったがその中の一つが海に落ちた。それを合図にするように一つまた一つと群れから離れた流星が海へ落ちて行く。その光景はまるで流星の雨。だがそれもずっと続くわけではなくいずれ止み、同時に空の流星群も静まり返った。

 十秒も満たない沈黙が辺りを包み込む。

 すると海面から先ほどの流星が一つ飛び出した。流星は夜空まで昇ると一等星の花火を大きく咲かせた。それが夜空に消えるとまた一つ――流星の花火が打ち上がる。次々と咲いては消え、咲いては消える流星の花火はとても美しく綺麗だった。

 その最中、僕が何気なしに隣へ顔をやると引かれ合うように丁度、彼女もこちらを向いた。不意に合った目に僕らは照れくさそうに笑う。

 そして互いを想う気持ちの引力に惹かれるまま口づけを交わした。

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