夢 と 現実(現実)

――ハッと目が覚める。


「……………………」


一瞬、いつも見ている天井じゃない天井が目に入り混乱したけど、昨日の事をすぐに思い出し、ここは課長の家だと認識する。

隣を見ると、規則正しく寝息を立てている課長がいた。


そうだ。昨日、『ルイは寝る時はいつも腕枕だった』と言う理由で、課長の腕枕で眠ったんだった。

見慣れぬ天井をぼんやり見つめながら、今見ていた夢の事を考える。

あれは誰だったのだろう。夢の中の私は、本当に幸せそうだった。

お父さん、と言う線もあるかもしれないけど、背格好が違う。よくよく考えてみると、和矢でもなかった様な。


(なんとなくだけど……)


隣で眠る課長に目を向けた。


(課長の背格好に似てたな)


それに、抱きしめられた時に流れて来た温かさが、課長に頭を撫でられた時の温かさと似ていた。

和矢に抱きしめられた時とは違う、もっと力強くて安心出来る手。

ではあれは、課長だったんだろうか?

それとも、願望も入っているのか。


(ん?願望?)


自分で言っていて、おかしいぞ、と気が付く。

だってそれじゃ、私は課長の事が好きって事になるじゃないか。


(いやいや!それはない!ちょっと優しくされたからってどうした私!?私が好きなのは和矢!付き合っているのも和矢!)


頭をブンブン振って、その思考は頭の中から消した。


(あ……)


昨日のお酒が少し残っているのか、それとも頭を思いっきり振った為か目の前がグワングワン揺れる。


「朝から百面相か?」


「ほえっ!?」


急に横から声がして、ビックリした。


「おはよう」


「お、おはようございます!」


課長と目があった瞬間、隣に寝ていた事を急に意識し出してドキドキする。


「もう10時か。朝食用意するけど、食って行くか?」


よっ!と言う掛け声と共に、課長が上半身を起こす。私もそれに習って起き上がった。


「いいんですか?」


朝食、と聞いたら、お腹がグゥ、と鳴った。


「ああ、俺も食べるしな」


お腹の音が聞こえたのか、課長がクスっと笑う。恥ずかしい。


「お手伝いします」


「助かるよ」


じゃあ、と二人とも本格的に起き上がり、キッチンに移動する。


その後は、凄かった。


昨日のお礼に私が作ろうと思ったんだけど、課長があっという間に本格中華粥ほんかくちゅうかがゆを作り上げてしまった。

私もそれなりには出来ると自負していたけど、課長の手際の良さと料理の腕前を見て、もっと精進しょうじんしないとな、と思った。



*****



「おじゃましました」


トントンっと靴を履き慣らし、私は深々とお辞儀をした。


「本当に送って行かなくて良いのか?」


課長が心配そうな顔をして私を見ている。


「はい、距離もそんなに離れていないし、歩いて帰りたい気分なんで」


「そうか。じゃあ、気を付けて帰れよ。今日は休みだし、ゆっくり休め」


「はい。ありがとうございます。ご飯も、ごちそうさまでした」


私はもう一度頭を下げた。


カシャン――。


「あ」


頭を下げた勢いでカバンの中から家の鍵が落ちてしまった。

拾い上げて立ち上がろうとした瞬間、スカートの裾を踏んでしまい、ツンっと足が引っかかって前のめりにコケそうになった。


「わっ――」


「危ないっ」


あ、やった…と覚悟したけど、顔面強打の寸前で課長が抱き留めてくれる。


私はその時、気が付いてしまった。


「大丈夫か!?」


「…………」


「おい!中条!?どこか怪我したか!?」


「……いえ、大丈夫です。ありがとうございます」


私の一拍遅れた返事を聞いて、課長がホッとため息を漏らした。私は立ち上がり、今踏んだスカートの裾の埃を叩き落とす。


「本当に大丈夫か?」


「はい、大丈夫です。お邪魔しました」


私はもう一度頭を下げ、課長の家を逃げる様に後にした。

あ、おい!と後ろから呼び止められた気がしたけど、そんな事よりも早くこの場を立ち去りたかった。


別にコケた事が恥ずかしかったワケじゃない。いや、ちょっとは恥ずかしかったけど、そんな事はどうでも良かった。


(やっぱり課長だったんだ……)


コケそうになって抱き留められた手。夢の中で抱きしめられた温かさ、力強さと同じだった。


(なんで?なんで課長なの?)


あの時、隣に眠っていたのが課長だったから?和矢が隣にいたら、あの夢の相手は和矢だったの?


(でも……)


そんな状況、今までいっぱいあった。なのにあんな幸せそうな夢、一回だって見たことがない。


(私が好きなのは和矢なのに!)


頭が混乱してきた。


私は急いで携帯を取り出し、『和矢』をアドレスから呼び出し、コールする。


プルルル―――。


プルルル―――。


カチャ――。


「かずっ――」


『只今電話に出られません。ピーッと言う発信音の後に―――』


私は最後まで聞かず、電話を切った。


「なんでこんな時にまで出ないのっ!?」


怒りなのか悲しみなのか、訳の分からない感情と涙が込み上げて来る。


「もう、しんどいよ……」


その感情と涙を必死に堪えて、青く澄み渡った空を見上げて呟いた。

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