豪華なランチを食べよう!の会
「はぁ……」
今日何度目のため息だろう。
せっかく今日は『月に一回は豪華ランチを食べたっていいじゃないか!』の会なのに。
なんだその会は?って?
いつもならワンコインのランチか自作のお弁当で済ませているんだけど、お給料を貰った後のランチ位は豪勢にしよう!と千歳と決めて、必ず月に一回はこの会を開いている。いわゆる「自分へのご褒美」ってやつ。
そのご褒美にやっと今日、一日数量限定「わたり蟹のトマトクリームパスタ(1600円)」を注文出来たと言うのに、味が全くしない。
「どしたん?美味しくないの?」
目の前の席に座って、こちらも限定メニューの「黒毛和牛のほほ肉赤ワイン煮込み(1800円)」を美味しそうに頬張る、千歳の姿。
別に悪くないのに、その能天気な感じが今の私にはちょっとシャクに障る。
昨夜はとにかく大変だった。
課長が全く放してくれなくて、私にしたら地獄の様な時間だった。それを考えてたら、この先が思いやられてため息だってとめどなく出るってもんよ。
「……美味しくなくはない」
「ふぅん。そうは見えないけど?あんなに食べたがってたじゃん」
「うん。そうなんだけど」
「今日、上の空みたいだし、なんかあった?」
「別になにもない……」
がっついて食べる気力もなくて、さっきから目が合っているわたり蟹をツンツン突く。
「そう?課長と逆転しちゃったね。課長、今日めっちゃ活き活きとしてた。なにかあったのかな」
『課長』と言うワードが出た瞬間、わたり蟹をいじめていた手が止まる。
あ、まずい。と思ったけど、時すでに遅し。千歳の目が、キランと光った。
「紗月、アンタ分かりやすいね。課長となにかあったでしょ?昨日のお昼に課長にもう一度話し聞いてみるて言ってたもんね。その時も休憩から帰って来たら課長、ちょっと機嫌良くなってた。さて、昨日は何があったのかなぁ?」
めちゃくちゃ楽しそうにニヤニヤしている。
どうにか切り抜けられないか考えたけど、多分無理だしなんだかめんどくさくなっちゃって事の経緯を全て話すことにした。
*****
「ふ~ん。ペットロスか。今、動物を飼っている人達って多いから結構深刻な問題にもなっているわよね」
コーヒーをすすりながら長い足を組んでいる千歳の姿が妙に様になっていて、これはちょっとじゃなくてかなりシャクに障る。
余談だけど、学生の時から綺麗で目立っていた千歳は、今も会社内で人気だ。
でもずっと付き合っている凄く優しい彼氏がいるのは周知の事実だから、千歳に声をかける社員は誰もいない。しかしながら「それでも!」と、意気込む猛者達もいるもんで、私はそれを見付けると無駄だ、と言う事を話して釘を刺している。
千歳からしたら余計なお世話かもしれないけど、本当に仲の良い二人だから他の人達に邪魔をして欲しくなかった。
「で?紗月は晴れて課長のペットになった、と」
千歳の言葉に、食後のアイスがグッとノドに詰まる。
「ゲホッ!ゲホッ!晴れて、ってなにそれ!?ゲホッ……」
課長の「ペットになってくれ」発言は、威厳うんぬんにつき言わなかったんだけど、怖い事に勘の良過ぎる千歳にはなんとなく分かってしまうらしい。
「え?違うの?だって、それで課長が元気になるんだったら頭の一つや二つ差し出しなさいよ。それに、そのままペットになっちゃえば将来安泰だし」
「なっちゃえば、って、私には和矢がいるんだよ?」
しれっと言う千歳に、流石に呆れてしまう。
昨日は勢いで了承しちゃったけど、よくよく考えてみれば誤解を招くような行動は取りたくないし、課長には申し訳ないけどもう一度ちゃんと断るつもりでいた。
「え~?やらないの?もったいないなぁ~」
「もったいなくない。こんな事、和矢にバレたらどうなるか」
「なんで?バレてもいいじゃん。そのまま別れれば」
千歳の声のトーンが落ち、カチッとカップをソーサーの上に置く仕草が、少しイラ立っている。
まただ。和矢の話をすると、やっぱり千歳は目に見えて不機嫌になる。
今までは聞いちゃいけない事が何かあるのかと遠慮していたんだけど、今日は聞いてみよう。和矢を毛嫌いする理由が知りたい。
「あのさ」
「ん?」
「なんで千歳は、かず…」
「あっ」
「え?」
「時間、ヤバい」
「え?」
千歳が腕時計を指さす。その仕草につられて自分の腕時計を見てみると、昼休み終了まで十分を切っていた。
「うわっ、ヤバ!!」
私たちは慌てて会計を済ませ、お店を後にする。
結局、和矢の事は聞けなかった。今日の夜にご飯にでも誘って聞いてみようか。あ……駄目だ。今日も課長の家に呼ばれているんだった。思い出して。またため息が出た。断る為にももう一度話なければならないからしょうがないんだけど。
(和矢の事はその後で良いか)
それにしても、お腹いっぱいの後に全力疾走ってホント疲れるわ。
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