判明した涙のワケ2

背筋にちょっと寒い物を感じた私は、原因も分かったし、話しの途中だけど早めにここから撤退しようと立ち上がった。


「課長、私そろそろ……」


「ルイの毛並みだっ!!!」


「うわっ!」


急に叫ばれて、ビクッ!と持ち上げたカバンを落とす。


「へ?」


「だから、中条の髪だよ!」


「か、髪?」


「そう、髪の毛!」


そう言われて、無意識に自分の髪の毛を掴む。


「屋上で触れた瞬間、ハッとしたよ……。中条のその髪質、ルイの毛並みにそっくりなんだ!」


鼻息の荒い顔をグイっと近付けられ、のけ反る。

髪質!?確かに、私の髪は細くて柔らかい、いわゆる『猫っ毛』ってやつだ。オマケにくせ毛も混じっているから、結構タチの悪い髪質をしているんだけど。


「その細くて柔らかい、ふわふわした毛質。ルイもそうだった。長毛だったから、毎日のブラッシングは欠かせなくて……」


一人で興奮している課長を、私は顔を引きつらせながら見ている。

毛質が似ているからなんだと言うのか。それだけで、何をそんなに興奮しているのだろう?


ええっと、状況をちょっと整理してみようか。


「課長の調子がおかしくなりみんな心配する」

「今日こそは!と話を聞き出そうとしたら課長が一人、屋上で泣いてた」

「私、心配で相談に乗る」

「不意に私の頭を触った課長のテンションが爆上がり」

「突然ペットになって下さい!と泣きながら土下座される」

「訳が分からず、私ドン引く」

「課長の不調の原因がルイちゃん(愛猫)が亡くなった事によるペットロスって事が判明」

「ルイちゃんの毛質と私の髪質がそっくりと説明される」

「だからなんだ?と疑問が浮かぶ。(←今ここ)」


うん。大体の流れは把握出来たんだけど。……で?え?私の髪質がルイちゃんの毛質に似てる?だから??


・課長がその私の毛質を気に入った?(←変態チックだな)

・んで私にペットになって欲しい??(←これはカンペキ変態)


(ん??あれ??)


なんだろう。もの凄くイヤ~な予感しかしない結論に至った気がするんだけど……。

そ~っと課長に視線を向けると、何かに気付いた私に微笑みかけながら一度だけ深く頷いた。

それを見て全てを悟った私は、首と手を高速で横に振った。


「いやいや、無理ですっ!絶対に無理っ!!」


「中条~~!そこを何とかっ!!」


課長が顔の前で手を合わせ、お願いのポーズを取る。


「無理ですって!無理無理!」


「そう言わないでくれよ~。やっと安眠出来そうなんだよ!さっきから腹も減って来たし、なんだか気分が良いんだ!人助けだと思って!なっ!?」


「絶っ対にイヤです!他を当たって下さい!」


ルイちゃんの代わりなんて、絶対にお断りだ。何をされるか分かったもんじゃない。


「他なんていないんだよっ!中条じゃなきゃダメなんだ!頼むよ!この通りっ!」


急にガバッ!と頭を下げられ、私はギョッとした。


(お昼の時もだけど、そんなに必死になる!?)


ぐぬぬぬっ!助けてあげたい気持ちはある。私なんかに頭を下げるなんて屈辱でもあるだろうし、身体的にも余程辛いんだと思う。でも、和矢の事を考えると、簡単に首を縦に振る事が出来ない。だって引き受けちゃったら、四六時中一緒にいなきゃいけなくなるって事でしょ?そんなの無理。


「課長、やめて下さい。頭を上げて下さい」


「いや!中条が首を縦に振ってくれるまで、俺は頭を上げない!」


「頭を下げられても引き受けられません。頭を上げて下さい」


「いやだっ!」


「無理なモノは無理です。頭を上げて下さい」


「頼むっ!」


それからしばらく「頭を上げろ」「上げない」の攻防戦が続いた。


しかし、何を言っても本当に頭を上げない課長の決意にとうとう私も根負けし、


「ああもうっ!分かりましたよ!だからいい加減、頭を上げて下さい!!」


と、なかばヤケクソ気味に叫んでしまった。

シーン……と広い部屋に静寂が訪れる。

課長がゆっくりと顔を上げ、ニヤリと笑った。


(や、やられた……)


この日から私は、課長の『ペット』になったのだった。


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