第40話

 (アタシも甘いわね……)


 ナイルは初めと違い、無理にミーナを国に連れ帰る気は無くなっていた。


 「ミーナ、もうアンタを連れ帰るなんて気はないわ……」

 「ママ……」


 それはミーナが結婚していたのもあるが、何より結婚していた相手との別れが辛い事をよく知っていたからだろう。


 「だからママが一緒にいてあげる! リンドブルムから守る為に、そしてうっかりなアンタをサポートしてあげる為に!」

 「お断りします!」


 だが、リンドブルムの家庭事情と違うのは、親の愛情に対し受け取る側は喜んでいない点ではないだろうか?


 「だからアタシ、一緒にいてあげるから!」

 「だからママ、私は大丈夫ですって!?」

 「アンタバカじゃないの!? アンタはリンドブルムに狙われてるのよ! だからママが兵士と共に守ってあげるって言ってるの、住み込みで!?」

 「だからママ、私は嫌ですって! だってママ、よく勘違いするし、それが原因でエドガー君に私の事がバレたらどうするんですか!?」

 「逆にアンタこそ騒々しいのに、よく今までボロを出さなかった事がビックリよ! だからアタシが、ボロを出さない様にフォローしてあげるから! そしてちゃんと守ってあげるから!」


 だからこそニッコリ笑顔だった二人は、最終的に顔と顔を押し合いだした。

 まるで自分の意志を押し付け押し返しているかの様に。


 ただ、そんな様子を眺めていた二人の身内の霊はニコニコと眺めながらこう思っているのだ。


 (二人とも似ているんだよね)


 それは二人の勘違いしやすい性格を知っているからこそ、そう思うのだろう。

 《女王の血筋》とはよく言ったモノである。

 

 そんな時だった。


 「ナイル様、リンドブルムが突如撤退を始めました!」

 「何ですって!?」


 テント内に飛び込んできた女性兵士からの報告にナイルが驚愕したのは……。


 「「…………」」


 そして、一時争いを止めると、ナイル親子は互いに身なりを整えると、互いに相手をニッコリ見つめて会話を再開する。


 「アタシ、泊まるから!」

 「守る必要、ありませんよね?」

 「嘘の可能性もあるじゃないの?」

 「無いですよね?」

 「無い事は無いわよ?」

 「無いです」

 「「…………」」


 だが沈黙の後、ニッコリ見つめる時間は直ぐに終わり。


 「アタシを泊めなさいよ!」

 「いーやーでーすー!」


またお互いの顔を押し合う光景へと変わった。

 改めて、自身の自己満足を表すかの様に……。


 「あの、ナイル様、撤退したのは間違いありませんので……」

 「あーあー聞こえない! アタシ撤退なんて言葉、聞こえない!」


 ナイルはベッドに敷かれた毛布を被り、申し訳なさそうな女性兵士の言葉に抵抗を始める。


 ただ、そんな様子を見つめ(母よ、絶対聞こえてるだろ……)っと心でツッコミをいれていたラスティは、この問題を解決する為、毛布を被るナイルの横に立つと、目を見開く様な悪役の笑みで、嘘をヒソヒソ囁くのであった。


 「ナイル様、ナイル様……」

 「何よ、フリジアナ……」

 「私はミリアーナ様のお側にいたので分かりますが、ミリアーナ様はナイル様に会えず寂しがっておりました」

 「ほ、ホント!?」


 その言葉を聞いた瞬間、満面の笑みを浮かべた顔を毛布から出し、その瞳でリアナを見つめている。


 「それに、今のミリアーナ様は反抗期、素直に甘える事が出来ないのです。 ですが、反抗期を過ぎれば、その寂しさに耐えきれず、ナイル様に甘える為にやって来るでしょう。 だからここは一度自由にさせるのです……」

 「で、でも……」

 「ここで自由にさせれば、将来的に国へ帰って来るでしょう……。 その時きっとこう言ってくれますよ『ママの言う通りでした、これからママの天才的な頭脳で私を支えて下さい』っと……」

 「ふふっ、ふふふ……」


 そしてその言葉を聞いたナイルは、その口元はニヤついたモノへと変化させると、ベッドの上に立ち上がり、ミーナへ大声を上げた。


 「ふふふ、仕方ないわね、仕方ないから軍を引いてあげる! この私の寛大さに感謝しなさい! さぁアンタ達、軍を引くわよ!」


 それはミーナにとって望ましい結末であった。

 だが、そう言ってテントから出て行くナイルの姿を見ながら、ミーナはやや別の事を考え始めていた。


 (ママ……チョロすぎない……)


 それは母とリアナのヒソヒソ声が聞こえていたからの感想、結局ヒソヒソ話しても、近くに人がいれば無意味ではないだろうか?


 …………。


 「ミーナさん!? いますか……ね、ネルブさん、どうしてココに?」

 「あぁエドガー帰ったかい? アンタ達の家から不審者が出てきてね、ちょうど今問い詰めている所だよ」

 「グスッグスッ……え、エドガー君……」


 エドガーはミーナを探し、一旦家へと戻った訳だが、そこで待っていたのは半泣きで正座するクルシナと、部屋の隅で白目で気を失うロレンス、そして入り口付近で腕を組み、それを迫力ある表情で見下ろすネルブの姿だった。


 事の次第は、エドガーが逃げ去り、リンドブルムの陣へ向かい出した頃の事。

 エドガーの家が想像しいと二階の窓から顔を出すと、男を引きづるシスターがエドガー達の家から出てくる姿を見た為、ネルブは咄嗟に窓から飛び降り、クルシナの後頭部に膝蹴りをお見舞いしたのだが。


 「ミーナ達の家で何やってるんだい!」

 「ぎゃっ!?」


 その膝蹴りは大変綺麗に決まりすぎた。

 その為クルシナは先程まで気絶していた訳だ。


 そして現在。


 「え、エドガーぐーん!」

 「く、クルシナさん……」


 エドガーの姿を認識したクルシナは泣きながらそうエドガーに飛びつく。

 エドガーもクルシナを認識し(あー、何となくだけど、事情を察した気がするなぁ)っと曖昧ながら事態を把握し、困り気味な笑顔を浮かべた。


 「エドガー、ちょっと……」

 「はぁ……」


 ただ、そんなエドガーの表情の変化は人によっては目につくモノらしく、それに気づいたネルブは、エドガーの右手を引きクルシナから距離を置くように互いの家の中間へ。

 その後エドガーに対し、心配そうに尋ねるのである。


 「アレ、知り合いかい?」

 「えぇまぁ知り合いです……」

 「気絶した男を引きずり回していたシスター姿のアレがかい?」

 「はい、間違いなく知り合いです……」

 「アンタ、知り合いは選んだ方が良いよ……」

 「知り合いが選べるなら、この世は苦労が少ないと思いますよ……」


 結果ネルブが感じたモノは心配であったが、最終的に行き着いたのは(コレでも知り合いなんだね……)と言う呆れ気味なモノであった。


 「あ、あの、我が家で何かあったのです……え、エドガー君!? 帰ってきてた……ん……?」

 「あ、あなたはミーナさん!? 私です、以前相談に乗ったクルシナです!」

 「あっ……!?」


 そんな騒がしさに包まれ始めた場所へタイミング悪く帰って来たミーナはエドガーを見つめ喜んだ訳だが、二人の前で立ち止まった時、扉の向こうにいるクルシナの姿に気づいてしまい、ミーナは(非常にマズイ)と言わんばかりの表情を浮かべてしまう。


 「あっ!? なるほど、そうだったんですね! ミーナさんはエドガー君の奥さん、そして王……」

 ((マズい!?))


 二人を指差し、そうクルシナが口を動かし始めた時である。

 エドガーとミーナの体は自然とクルシナの口を塞ごうと手を伸ばしていたのは……。


 だが、残念なことにその手はまだ扉一枚分足りない。

 そして互いに。


 (正体がバレてしまう!)


 そう思い、最悪の結末を覚悟した瞬間。


 「ぎゃっ!?」


 クルシナの首に何かが刺さり、パタリと倒れ込み眠り出した。

 その出来事に何事かと首を左右に動かし状況を確認するエドガーとミーナの耳に、男性の声が小さく届くのである。


 「間に合ったか……」


 それは、いつの間にか意識を取り戻し、円錐状の物体を放ったロレンスの声であった。

 そう、二人は最大のピンチをロレンスに救われたのだ。


 だから二人はロレンスを見つめ、手を合わせてこう思うのである。


 ((ありがとうございます、ロレンス神父……))


 っと……。

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