エピローグ

第39話

 その頃、ラドラインの陣営では……。


 「スピー……スピー……」

 「な、ナイル様、起きて下さい!」

 「へっ!? ふぇっ!?」


 テント内で気持ち良さそうに爆睡していたナイルの睡眠時間はやって来た女性兵士により終わりを迎えた。


 そして上半身を起こした姿で戸惑うナイルに対し、女性兵士ほこう告げるのである。


 「フリジアナ様がミリアーナ様を連れて、やって来ております!」

 「ええっ、ホント!?」


 その瞬間、ナイルの表情は満面の笑みになり、その瞳はキラキラと輝いていた。


 「アンタ、早くミリアーナの元へ案内しなさい」

 「あっ、ちょっと、ナイル様!?」


 そんな嬉しさに胸を高鳴らせ、裸足のままテントを飛び出したナイルは、静止する兵士を置き去りにしていった。


 (どこよ、どこなのよ!?)


 そして周りを見渡しながら陣の中を歩き回るナイルは遂に。


 「「「あっ!?」」」


 陣の入り口から少し進んだ場所に立つミーナ達の姿を見つけたのであった。


 「ふふふ……。 ここにやってくるだなんて、一体どうしたのよ? もしかして、家出したは良いものの、生活出来なくなってここに逃げ帰って来たのかしら?」


 そんなミーナ達に向け、歩みを進めながらそう告げる。

 その言葉に素直さは無かったものの、態度に嬉しさを隠せなかった様で、その口元は満足気にニッコリとしている。


 「…………」

 「何よアンタ達、顔を赤くして? ははーん、さては私自ら出迎えると思っていなかった上に、久々の再会に恥ずかしがっているのね? まぁ私は高貴であり寛大でもあるから……」

 「あの、ママ……。 そんな下着姿で歩き回って恥ずかしくないのですか?」

 「へっ?」


 だが、ヒラヒラが付いた可愛らしい下着姿は自身の娘とその兄の霊を赤面させ、そしてそれに気が付いた自信さえも、徐々に赤面させていくのであった。


 「ば、ばっかじゃないかしら!? これは今、貴族で流行りの高貴な服なのよ! ほ、ホント、アンタ達バッカじゃないの!?」


 目を逸らしている二人に対し、恥ずかしさよりプライドを守る事を優先したナイルは、両腰にそれぞれ手に当てそう偉そうに語る。

 見事に赤面したまま、瞳をグルグルした状態で……。


 沈黙の時間が徐々に徐々に増えていく。

 松明がメラメラと燃える音、虫が泣く声……。


 そんな人間の沈黙に反比例する様な自然の声が周りに響く、ただそんな状況をナイルは真っ先に我慢できなくなった。


 「あぁぁぁぁ!? アンタ達、話があるんでしょ!? 話を聞いてあげるから、ついて来なさい!」


 ナイルは抑えきれない感情を口から吐き出すと、早足で自分のテントまで歩き出した。

 ただ、そんな大声を出していれば兵士達も目を覚ますのは自然な事だろう。

 だから、そんなナイルの姿を見て兵士達は皆(ナイル様可愛い……)っと微笑んでいるのではないだろうか?


 …………。


 「……それで、アタシに何の様よ?」


 青を基調とした貴族らしい服へ着替えたナイルはベッドに座って雨でを組み、目の前に立つ二人に落ち着いてそう問いかけた。

 そんなナイルの言葉に、二人は互いの顔を見合った後、先にリアナは語り始めた。


 「ナイル様、ミリアーナ様はラドライン軍の撤退を望んでいます! それはミリアーナ様の夫や、親しいカラカスやラドラインの友人達が傷つく姿を見たくないからなのです……。 だからお願いします、ミリアーナ様の為に撤退して下さい!」

 「アンタ、結婚してるの……?」

 「えぇ、そうです……」


 ゆっくりと組んだ腕が解けていき遂には力が抜け落ちたかの様に膝の上に落ち、ミーナは(いきなり暴露するんですか!?)っと言いたげな表情でリアナに視線を送る。


 「うーん……」


 ナイルは、軽く握りしめた右手親指のおしゃぶりダコを唇で優しく挟むと、静かに考え始めた。

 そして少しの沈黙の後、二人にこう告げたのである。


 「分かったわ、私も兵に無駄な犠牲を出したくないし……」

 「じゃあ……」

 「ただしミーナ、国へ戻りなさい、それが条件よ」


 しかしながら、ミーナの条件を簡単に飲める訳もなく、二人にその様な条件を突きつけたのであった。


 …………。


 「父上、軍を引いて下さい。 あの国には親しい者や私の愛する者がいっぱいいるのです。 そして、彼らが傷つく姿を見たくないのです……」

 「ならばエドガー、国へ戻れ……」


 そう告げられたのはミーナだけでは無かった。

 石の上に座るウォルバートは、目の前の焚き火に小さな薪を入れながら、火の向こうに立つエドガーにそう告げた。



 結局、ナイルもウォルバートも一人の親でしかないのだ。


 子供に苦労して欲しくない。

 安定した生活を送ってほしい。


 そんなワガママな愛情を持つ一人の親……。


 だからウォルバートは、エドガーが国王になった際、貴族に反乱を起こされ、国を追い出される様な事になって欲しくなかったから、貴族を罰しなかった。

 だからナイルは、ミーナの事を大切に思うが故に、過保護過ぎる程にミーナの行動に干渉してきた。


 しかし、それは決して言葉に出来ない。

 それが、不器用な親のプライドと言うものなのかもしれない。


 「嫌だ!」

 「嫌です!」


 だが、二人の子供にも言い分はあった。


 「私には今、大切な人がいます!」

 「その人は僕にとって、かけがえのない人なんだ!」

 「勿論、苦労はあります」

 「だけど、その人がいるから、今の僕がある。 だから僕は頑張れるんだ!」

 「「どんな事でも! だから、この国を離れるつもりは(ありません!)ない!」」


 二人の主張は口調が違うだけで内容は同じ、実に熱い思いが籠ったモノ、それは二人が。


 ((離婚だけはしたくない……))


 と言う強い思いを持っていたからこそ出た言葉だろう。


 ((まったく……))


 その言葉を聞いた二人の親は微笑みながらため息を口から零した後、二人に向け譲歩した案を提示する。

 それは両親として自分の想い、子供の想いを両立出来る素晴らしい提案であった。


 「言い方に誤解があったな……。 その女を連れて帰って来て構わん、ただ貴族との付き合いで苦労するかもしれないがな……」

 「分かってるわ、だからその夫君、国に連れ帰れば良いじゃない? まぁ王族としての知識は最低限勉強しなきゃいけないけど……」


 二人の表情は一気に曇った。

 何せ、相手は王族嫌いだと二人は思っているのだから……。


 だから、二人は沈黙し考え始めた訳だが、いくら考えても、逃げ道は見つからない。

 だから二人は遂に。


 「その、根本的にミーナさん、貴族とか王族嫌いなんだよ……」

 「だから、最悪離婚危機と言いますか……」

 「事情を述べると、お酒をミーナさんと飲んだ事があったんだけど……」

 「私、彼の気を引きたくて、庶民派アピールしようとして、酔った勢いでこう言ったんですよ。 『ワタシ、貴族や王族なんか大嫌いなんです!』って……」

 「そう言われたから、僕は酒の勢いで『僕も同じ意見だ! 貴族や王族は大嫌いだ!』なんつ言ってしまって……」

 「「だからその、彼(彼女)を国に呼べないと言うか……」」


 両指を合わせ、申し訳なさそうに真実を両親に打ち明けたのであった。


 (何やってるのよ、アンタ……)

 (馬鹿者が……)


 しかしながら当然、両親からは呆れられてしまう訳だが……。


 …………


 (ワシも甘いな……)


 ただ、ウォルバートは初めと違い、無理にエドガーを国に連れ帰る気は無くなっていた。

 それはアレクが結婚していたのもあるが、何より結婚していた相手との別れが辛い事をよく知っていたからだろう。

 だから。


 「エドガー、好きに暮らせ……。 ワシは国に帰る……」

 「えっ……」

 「お前達、起きろ! 国へ帰るぞ!」


 そう言ってエドガーの視線を背に受け、去っていく。

 そんな背中にエドガーはこう呟くのだ。


 「父親、感謝します……」


 っと……。

 だが、エドガーは雰囲気に飲まれていた為に忘れていた。

 ここに来た元々の目的を……。


 「……はっしまった!? ミーナさん、ココにいないじゃないか!? ミーナさん、どこですか〜!」


 それを思い出した時、彼は慌ててカラカスへと戻って行く。

 大切な人であるミーナを探す為に……。

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