第5話

 ネルブが真剣に考え始めた頃、ここにきてエドガーはリアナに対し。


 (この人、ホントに悪い人なのだろうか?)


 っと思い始めている。

 それは、誘拐しようとする人物がわざわざターゲットに接触し、更に「働きたくないから結婚しないか?」等と言うだろうか?との疑問が彼の脳内に浮かんだからだ。


 ただし、それが油断させる作戦でないと否定できない。

 だからエドガーはとりあえず、リアナを見つめている。

 彼女の正体をしっかり見極める為に。


 (何だこの男は? 私をずっと見つめているが……)


 しかし、真剣な顔で眺めるエドガーの姿にリアナは気にしてしまう。

 そして、こめかみを軽くさすってその理由を考え、その答えをあっという間に出した。


 (なるほど、あの嫉妬深い女の事を申し訳なく思い、目で謝っているのか……)


 それは、ミーナを嫉妬深い女だと思い込んでしまったからこそ出してしまった答え。

 だからリアナは立ったまま考えるネルブを見つめている。

 下手にエドガーを見つめて、自身を睨みつける嫉妬深い女ミーナから余計な怒りを買わない様に。


 「ガルルルルル……」


 だが残念な事に、その一瞬をミーナは見逃さなかった為、まるで犬が嫌いな人を威嚇する様な雰囲気で睨んでいる訳だが……。


 「あ、そうだ……」


 そんな時だった、ネルブがそう小さな声をあげたのは。


 ネルブがそう言ったのは(考えるより一人一人、じっくり話を聞いた方が良いな)と考えたからだ。


 「おい、リアナ。 ちょっと二人っきりで話さないか?」

 「ん? 構わないが……」


 だからネルブはリアナにそう告げ、一階の奥にある寝室へと連れて行くのである。

 まるでチンピラの様に、タバコを咥え、ズボンのポケットに手を突っ込んだ姿で……。


 …………。


 「大丈夫ですかね、ネルブさん……」

 「ミーナさん、ここは大人しくネルブさんを待とう」


 残された二人は、テーブルに座ったままそう静かに言葉を交わしていた。


 外で虫が泣き、それが静かな店内に響き、テーブル中央のランプの灯が二人の真剣な顔をはっきりと照らす。


 そんな中、エドガーとミーナへ忍び寄る影が二つ、それは闇に紛れて徐々に二人に迫り、遂にそれぞれの背後に回ると。


 「「お兄ちゃん(姉ちゃん)!」」

 「「うわっ!?」」


 そう言って二人の背中に飛びついたのである。


 実はレッカーとレイチェルの二人は、ずっとチャンスを窺っていた。

 怒られ逃げ出した後も、心のワクワクを無くしきれず、リアナが立ち去る時を二階の階段の影から静かに、親に逆らう小さな背徳感に胸をドキドキさせながら……。


 「お兄ちゃん、遊ぼ!」

 「姉ちゃん、遊ぼ!」


 そして異性の背中にそれぞれ飛びついた後、そう子供らしい純粋な声でおねだりをした。


 「分かったよ、レイチェルちゃん。 待ってる間、何かして遊ぼうか?」

 「ふふっ! 何をしましょうか、レッカー君?」


 結果的にそれはエドガーとミーナの二人にとって良かったのかもしれない。

 それは、先程まで張り詰めていた心の緊張をほぐしてくれたのだから。


 しかしそれは、ミーナの脳裏にふと浮かんだとある事により、一時的なモノになってしまった。


 (……あれ? 冷静になってみますと、リアナがネルブさんに色々聞かれるのですよね、きっと……。 あれ? これってマズくないですかね!?)


 二人の入っていった扉がたまたま目に入った時、ミーナの脳裏に浮かんだのは、リアナが自分の目的を正直に告げる可能性。


 もし、自身の目的を自白した方が徳だとリアナが考えてしまえば、ミーナが王女である事がバレてしまう。

 そうなってしまえば、エドガーの耳に届くのは避けられないだろう。


 勿論、否定する手はあるが、リアナが国王である父を呼んだ場合どうなるか?

 そうなった場合、正体がバレてしまう上、国に連れ戻されてしまうだろう。


 だから彼女は。


 (あわわわわ、どうしましょう……)


 指先を唇に当てて、徐々に冷静さを失わせていくが、その時一つの策が彼女の脳内で光り輝いた。


 「れ、レッカー君! スパイごっこしませんか!?」

 「何それ面白そう!」

 「壁に耳を当てて、話を盗み聞きする遊びですよ!」

 「何それカッコいい!」


 それは、子供の好奇心をくすぐる良いアイディアであり、二人の話を盗み聞きする良いアイディアでもあった。


 そしてミーナはレッカーと共に、二人の入って行った扉に耳を当て、盗み聞きを開始するのであった。


 …………。


 「さて、そこの椅子に座っとくれ」

 「あぁ分かった」

 「まず、あの二人を以前から知ってるか?」

 「いや、知らない」

 

 扉を開けて目の前の壁にはベッドがひっついている。

 そんなベッドに座るネルブは扉横にある丸椅子を指差しリアナを座らせると、少し間を置き、質問を受け始める。

 しかし、そこでリアナが心配する様な事は起き得なかった。


 それどころか。


 「ではリアナ、心当たりはあるか?」

 「あるな、ただそれは私が悪い。 何せ同居している関係と知らなかったとはいえ、彼女の前で『結婚して欲しい』と申し出てしまった訳だからな」

 「なるほど……」

 「多分彼女は彼の事が大好きなのだろう。 だから私が結婚を申し出る姿を見て、彼を取られると考えてしまい彼女はそう言ってしまっている訳だ。 彼は幸せだな」


 冷静に自分の非を認め、エドガーに対するミーナの思いを賞賛する言葉をリアナが述べたのだ。

 その為、ネルブも。


 (なるほど、だからミーナはリアナを睨みつけていた訳か……。 ふふ、感情的になっちまうよな、好きな人間を取られそうになれば……)


 と認識し、結果それは誤解含みながらも良い問題解決へ進んでいく。


 「他に何か聞く事はあるか?」


 リアナは静かに頷くネルブを見て、そう尋ねた。

 それは、ネルブが話が通じる人間だと信用しているからである。


 「あ~……。 とりあえず、今は仕事は何をしているんだい?」

 「いや、私は特に働いていないな」

 「なら以前は?」

 「一ヶ月前まで騎士団の団長をしていた」

 「今、望む事は?」

 「ニートになりたい」


 だから彼女はネルブの問いかけに、淡々と答えていく。

 偽りもなく、正直に……。


 (ニートになりたい!? いやいやいや、流石にニートになりたいって言うのは冗談だろうねぇ……)


 ネルブにそんな戸惑いを与えながら……。

 

 (な、何で……)


 それをドアに耳を当て、中途半端に盗み聞きしていたミーナは驚いた。

 それは、彼女が王女である事を悟らせない様、リアナが答えている様に感じた為。

 そして彼女は、とある結論を思い浮かべると、ハッとした表現を浮かべた。


 (……もしかしてリアナは、ワタシを連れ戻すためではなく、ワタシの事が心配でココにきたのかしら!? 騎士団長の地位を捨ててまで……、私を守るために……)


 それはミーナの脳に偶然降り注いだ可能性であったが、その可能性を裏付ける様に、彼女の脳はその可能性の根拠を思い起こさせる。


 (冷静になってみれば、リアナを追跡して裏路地に入った時もそうだった。 あの時捕まえようと思えば、力づくで捕らえられた。 それに、自宅が分かっているのだから、やろうと思えば自宅に侵入し、連れ拐う事も出来たはず……。 なのにやらなかったという事は……間違いない!)


 その時、彼女のリアナに対する感情が、警戒から信頼へと変わっていった。

 小さく驚くその表現が、哀れみ感じる真剣な表現へと変わるのと同時に……。

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