第4話

 「ミーナさん、引っ越し先だけど、僕はラドライン王国がいいと思うな!」

 「ん~……。 エドガー君、それならリンドブルム王国の方がいいと思いますよ?」

 「ん~……、それは……」


 その夜、丸い木のテーブルに向かい合って座るエドガーとミーナは、どこに引っ越すかを話し合っていた。

 それは、誤解の積み重ねが生み出した結果ではあるが、その誤解が新たに生み出したのが。


 ((まずい、このままでは国へ帰ってしまう事になる!))


 いかに自分の国に引っ越す事を防ぐか?と言う戦いである。


 さて、今二人が住んでいるカラカス公国は、二人の出身であるラドライン王国とリンドブルム王国の丁度中間地点にある。


 そしてこの二ヵ国は、カラカスから最も近い国である為、この二つのうちどちらかに住もうとするのは自然な事。

 だが、意地でも自国への引っ越しだけは防ぎたい二人はと言うと。


 「え、エドガー君、ラドライン王国は最近、とても治安が悪いらしいです! こ、こうモヒカンの人達がヒャッハーって言いながら襲いかかってくるそうです! だからやめた方が良いと思います!」

 「み、ミーナさん、リンドブルム王国は最近、仕事が無さすぎて生きていけないそうだよ! だ、だから食べていけないよ! あそこはやめた方が良い!」


 やや強い声で自国の悪い部分を必死にでっち上げ、相手に諦めさせようとしている。

 しかしながら、そんな情報を聞いた相手は。


 ((えぇ、そうなの……。 どうしよう……))


 仕方なく故郷に住むか、意地を通して住み心地の悪い相手の故郷で暮らすか?という選択肢に迫られた。

 その為、二人は今。


 「「うーん……」」


 声を揃え、深く悩みこんでいるのである。


 二人の折衷案となる第三の国が他にあれば問題はないのだが、一番近いのは丸ニ日、馬車で移動し到着するそれぞれの祖国、そして他の国へは更にそこから最低一週間はかかる。


 それにカラカス公国の周囲が険しい山々に囲まれている都合上、それ以外の国に行く場合でも、必ず二人の祖国のどちらかを通らなければならない事もあり、他の国に行く案も決まらない。


 結局この話し合いは一旦明日へ保留され、二人は眠りにつく事にしたのである。


 …………。


 「「あ〜……」」


 それはまるで、ゾンビの様な目覚めであった。


 二人は結局、対して眠れなかった。

 目を瞑ったは良いものの、そこからそれぞれの脳が『自国に引っ越さないで良い様にする為、何か良い案がないだろうか?』と考えさせてしまった為である。


 結果、上半身を起こした二人の目の下には二匹のクマが出没している訳だが、二人がそれだけ祖国に引っ越したくないという意思表示だと言えるだろう。


 「「ぐぅぅぅぅぅ……」」

 

 そんな中でも朝食の時間を知らせる様に二人の腹は鳴るが、二人の脳は眠気と脳の疲れにより《楽をしたい》《食事を作りたくない》という感情に支配されていた。

 その為。


 「……エドガー君、朝食ネルブさんの所のパンにしませんか……?」

 「……そうしようか、ミーナさん……」


 二人がその様な結論を出し、フラフラした足取りで外出準備を始めたのは実に自然な事だろう。

 

 …………


 「はぁぁぁぁ……」


 その隣に住むゾンビ顔は、まるで毒の息を吐くかの様に盛大なため息を天井へ向けてこぼしていた。


 というのも隣に嫉妬深い女が住んでいると思っているリアナは、それから逃れる為にまた引っ越さなければいけないと考えてしまっているからである。


 ただ二人と違うのは、別に他国へ移住しなくても良い点なのだが、引っ越したばかりなのにまた引っ越すのは彼女にとって面倒臭い訳で……。


 「あぁぁぁぁ、何て面倒臭いんだ! 第一私は一生懸命働いてきたではないか!? なぜ神は、私のニート暮らしを邪魔するんだ! ニートの何が悪いんだ!?」

 

 だから彼女は行き場のない怒りを寝転んだまま天井へぶつけていた。


 《ぐぅぅぅぅ……》

 「そう言えば朝ご飯の時間だった……」


 そんな不満を吐き続けていたリアナの腹は空腹を告げ。


 「ん? 外から美味しそうな匂いがするな……」


 リアナの鼻に香ばしい焼きたてパンの匂いが届き、口の外へヨダレを誘導する。


 「とりあえず食べに行くか……」


 そして、斜め向かいにあるネルブのパン屋の匂いに誘われた彼女は、白シャツにズボンと言うラフな格好で外出したのであった。


 …………


 「「あっ……」」


 しかし、出たタイミングが悪かった。

 不幸な事に、同じタイミングで家の外へと出てしまったエドガーとミーナ夫妻とリアナは顔を合わせる結果となり、特にミーナとリアナの二人は心底嫌そうな表情で。


 (し、嫉妬深い女と顔を合わせてしまうとは……。 しかもいつも以上に顔付きが悪いぞ……)

 (り、リアナと顔を合わせてしまうなんて……)


 そう相手を見つめた。

 そして、少しの沈黙の後、リアナは素早く二人から逃げ去っていった。

 それは、ミーナと関わり合いたくないからであったが、ミーナ達からすれば。


 (怪しい……。 あれは絶対、誘拐を企んでいる……)


 そう疑いの目を持たせるには十分であった。


 「……仲悪いのかねぇ……」


 そんな様子を見ていたパン屋のネルブはそれに呆れながら、それを店の壁ガラスから眺めていた。

 だが、その光景は彼女の中のお節介向きが騒ぎたてる。

 だから彼女は。


 (仕方ない……)


 そう思い、三人の仲を取り持つ事を決めたのである。

 

 …………。


 夜の店内。

 外は真っ暗な空間が広がる中、店内は魔光石のランプが明るく照らされている。


 「さてと、アンタたち三人……と言うより女子二人が険悪な様子だし、その間を取り持とうとアタシは思った訳だけど……」


 その明かりが乗る店内唯一の四角いテーブルにはネルブが呼び出した三人の姿が。

 そして今、ネルブは腕を組み、三人の前に仁王立ちした姿で話し始めようとしているのだが。


 「わーいわーいお姉ちゃん達だ~!」

 「アンタ達、母ちゃんは今から大事な話をするんだ! とっとと上に行きな!」

 「わー、おかーさんが怒った~!」


 レッカーとレイチェル、そんな双子の男女の子供達は来客に喜び、笑顔で騒ぎ出してしまう。

 それは子供達の興味関心や、構って欲しさの現れであったのだが。


 「もう一発行くかい?」

 「「うわーん、おかーさんのバカー」」


 『上にいけ』と言うネルブの話を聞かなかった六歳の子供達は頭に複数のタンコブを作り、二階へと逃げ出していき、それを見ていたエドガーとミーナはネルブの怒り浸透の顔を見て。


 ((ね、ネルブさん怖い……))

 

 冷や汗流す恐怖を感じたのであった。


 「さてと、手早く話を始めようか? まずミーナ、アンタは何でこの……この……。 すまない、アンタの名前は?」

 「私はリアナだが?」

 「リアナ、自己紹介ありがと。 さてミーナは何故リアナが嫌いなんだい?」


 さて、ややグダグダな始まり方をした話だが、ミーナはこの質問に間髪入れず答える。


 「リアナがエドガー君を拉致しようとしているからです!」


 ミーナは両手をテーブルに叩きつけ、リアナを睨みつけながら言葉を吐いた。

 だが、その言葉を聞いたネルブは。


 (じゃあ、早く憲兵隊に相談すりゃいいじゃないか……)


 と呆れ気味な顔ミーナを見つめてしまう。

 だが、そう言ってしまえばそれで話が終わってしまうし、二人を仲を取り持つ目的が達成できない。

 そして何より、リアナの主張を聞かなければ一方的でフェアではない。

 だからネルブは一つ大きく呼吸をすると。


 「リアナ、そう言っているがどうなんだい?」


 冷静にそう尋ねたのである。


 「いや、根本的に拉致だなんて面倒くさい事はしたくないのだが……」


 リアナの気だるさ混じりの真顔でそう答えた姿を見たネルブは、リアナが嘘をついている様に感じなかった。


 そして、ミーナに視線を移す。

 しかし改めて見ても、感情的ながらもミーナが嘘をついている様には見えない。


 (これは一体、どう言う事だい……?)


 だからネルブは、懐から取り出した布袋の角砂糖を口へと放り込んだ後、顎に左手を当てて考え始めた。

 それは彼女が真剣に考え始めた証である。

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