第11話 平安

「ユルシュルさま! ユルシュルさま、どちらです?」

 慌てている声に、少女は顔を上げた。黒い艶やかな髪が流れて、黄金色の瞳を瞬かせる。

「ここよ、ブリアック」

 軽装の騎士が飛ぶように駆けてきて、少女の正面に跪いた。

「ご無事でよろしゅうございました」

 一礼し、しかし、と、大きな目で見上げてくる。

「このブリアックに一言も告げずに、御一人で お出ましになられてはなりません」

「あら、平気よ。城壁から出てもいないじゃない」

「それでも、なりません。陛下が心配なされていますよ」

「お父さまは心配性に過ぎるのだわ」

 つんと肩をそびやかしたが、幼い少女には威厳が足りないようで、騎士は恐れ入りもしない。


「それにしても、どちらに向かわれていたのですか」

 帰路、騎士に問われて、少女は答えた。

「もうすぐ、お祖父さまのご霊祭でしょう。おしるしを探していたの」

 騎士が困惑の表情で見下ろしてくるのを、幼い王女は怪訝げに受け止める。

「なに?」

「青薔薇は、現実には咲かないのです、ユルシュルさま」

「は?」

「青みの強い紫の花弁は存在しますが、セレスタンさまのお徴とは、この世に顕れぬ稀なものを意味しておられるのですよ」

「なによ、それ!」

 ぷりぷりと怒りだした彼女は拳を震わせた。

 騎士は同情的な微笑みを浮かべる。


「生花であることを望まれるのでしたら、白い薔薇になさっては?」

 庭園の一角に数種の白薔薇が栽培されている。なかには香りの良い品種もあるので、お気に召す花も見つかるだろう。

 だが、彼女は首を傾げた。


「何故、白い薔薇なの? それは慥か、べつの方の、お徴ではなかったかしら」

「はい。ユルシュルさまと同じ名の王女殿下の、お徴でございました。セレスタンさまの従姉妹にあたられ、病に長く伏しておられた御方です」

「お祖父さまの従姉妹ですって?」

 初耳だ、という顔をした幼い王女。

 すべてを知る者は、セレスタンの側近数名だけだ。騎士ブリアックの父母も、その内に居た。ブリアックが王女づきになることが決まったとき、秘密を明かされたのだ。


 人気ひとけのない庭園の片隅に広がる芝生の中央。そこに主人が座れるよう、騎士は敷布を広げた。

「……ユルシュルさまも、もう、12歳におなりです。真実を知るべき聡明な王女にお育ちであらせられましょう」

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