第二話

               第二話  維新の知恵

 何と拙者を指名したのはオリックス=バファローズだった。正直に言って拙者はこのチームが嫌いだ。オリックスだけでなく巨人も嫌いである。その為ドラフトでこの二球団に指名されたならば断わると公言していた。

 そして指名を受けた直後拙者はマスコミの方々に答えた。

「お断り致します!」

「えっ、ドラフト一位なのにかい?」

「それでもかい?」

「断わるのかい?」

「拙者の心はオリックスそして巨人には一切ありませぬ」 

 拙者は自分の心を偽らなかった、策なら偽ることもある。それもまた戦に勝つ為に必要である。だがこれは野球即ちスポーツである。

 スポーツにおいて卑怯未練なぞ何になる、そうした手段で得た勝利が何になるのか。他糾弾から大金や策謀で選手を掠め取りそれで勝利を得て何になるのか。拙者は嘘偽りを言うことを絶対にしてはならないと心に誓っていた。

 その為拙者は言った。

「この度の件はお断りします」

「じゃあこれからどうするのかな」

「オリックスを断るというけれど」

「それじゃあ卒業したらどうするのかな」

「進学を考えています」

 事実拙者はそう考えていた、野球の強い何処かの大学に進学しそこで野球を続けるつもりだった。拙者の成績ならかなりの大学でも学業で進学することが出来た。拙者はスポーツ入試も出来たが進学ならそちらだと考えた。

 それで拙者はここはだった。

 大学で野球を続けるつもりだった、兎に角オリックスへの入団は断った、スカウトの人が学校や自宅にも来られたが丁重に帰って頂いた。

 それで拙者は受験勉強に勤しもうと思ったが。

 自宅にある人が来た、その人は黒い縮れた髪の毛で面長で細めの背の高い人だった。拙者はその人を見て驚いた。

「貴方は確か」

「おう、わしの名は坂本龍馬っていうぜよ」

 何と阪神タイガースのエースにして編成部長の人だった、その人が拙者の家に来られた。そうして拙者に明るく言われた。ただスーツ姿が妙に似合っておられず長身だというのに随分と落ち着きのない感じである。

 その人が拙者に自宅の中で言われた。

「真田君、一年わしが言う企業で野球してみたらどうじゃ」

「一年ですか、おまんはオリックスは嫌じゃな」

「はい、オリックスと巨人は絶対に入りません」

 拙者は坂本殿にも毅然として答えた。

「何があっても」

「それなら阪神はどうぜよ」 

 編成部長として阪神にとお誘いしている、このことは明らかだった。

「どうぜよ」

「阪神ですか」

「そうぜよ、阪神ならどうぜよ」

「拙者甲子園は好きでござる」

 高校の三年間目指しそしてあの球場で四度優勝した、それだけに拙者にとっては故郷の長野と同じだけ思い入れのある場所だ。

 だからだ、拙者はこうお答えした。

 だからだ、拙者はこうお答えした。

「ですから」

「そう言ってくれるぜよ」

「はい、もっと申し上げるならオリックスと巨人以外なら」

 特に巨人である、拙者にとってあのチームは邪悪の権化に他ならない。おぞましい邪悪の限りを尽くし日本の野球で専横を極め私利私欲を貪り戦後の我が国のモラルの崩壊の象徴とも言える存在である。

 その巨人のユニフォームを着て帽子を被りそして魔の巣窟東京ドームを本拠地にする。そんなことを拙者が耐えられる筈がない。だから拙者も申し上げた。

「拙者は何処でも」

「そう言ってくれるならぜよ」

「一年でござるか」

「待っていて欲しいぜよ、来年わしはおまんを指名する」

 拙者に明るい笑顔で言われた。

「それもドラフト一位ぜよ」

「逆指名しても宜しいでござるか」

「勿論ぜよ、来年阪神はドラフトで勝負に出るきに」

 右目を悪戯っぽく瞑っての言葉だった、その白い歯が実に奇麗だ。坂本殿の心根が見える様な愛嬌のある笑顔だった。

「今年は中日にしてやられたがのう」

「恐ろしい強さだったでござるな」

「あそこの人材はセリーグ一ぜよ」

 それは拙者が見てもだ、まさに第六天魔王が降臨したかの如くだ。

「広島や横浜、ヤクルトも凄いがのう」

「中日が一番ですね」

「だから優勝したんじゃ」

 その中日はというのだ。

「シリーズではソフトバンクと死闘の末負けたがのう」

「ソフトバンクはさらに強いかと」

 拙者が見てもだ、特に大久保さんと西郷さんのバッテリーは物凄い、お二方はまさにあの杉浦殿と野村殿を凌駕する最強のバッテリーだ。

 その他にも人材が揃い過ぎている、一体あのチームに勝てるチームが地球にあるのかと思えるまでだ。

 だが坂本殿は拙者に笑って言われた。

「中日を破りシリーズでソフトバンクも破ってじゃ」

「阪神は日本一になるでござるか」

「わしに必勝の策がある、そしてその策の一つがじゃ」

 坂本殿はにこりと笑われた、そうして。

 拙者の右肩をぽんぽんと手で愛情をこめて叩かれて言われた。

「おまんぜよ」

「拙者でござるか」

「他にも策はあるが第一はおまんじゃ」

「では」

「来年おまんをドラフト一位に指名するぜよ」

 拙者に今そのことを言われた。

「それまでノンプロで頑張るぜよ」

「企業野球で」

「そっちの手配もしておいた、もうすぐおまんはそっちに入ってじゃ」

 企業の野球チームにというのだ。

「一年そっちで頑張ってもらう、そしてぜよ」

「一年後ですか」

「阪神で一位指名ぜよ」

「では」

「それまで待ってくれるか」

「そうさせてもらいます」

 拙者は坂本殿に確かな声で答えた、オリックスそして巨人以外なら何処でもよかった。むしろこの二つのチームを成敗することこそが日本の野球において拙者が為さればならぬものだとさえ考えている。

 そして阪神には大阪で人気があることもあり運命めいたものさえ感じる、甲子園にも愛着がある。それで断わる理由がある筈がなかった。

 拙者のその返事を聞かれた坂本殿は笑顔のまま拙者に言われた。

「そう言ってくれて何よりぜよ、一年後また会うぜよ」

「ではそれまでの間は」

「ノンプロで頑張るぜよ」

 かくして拙者は地元のある野球の強い企業に入社して野球部で活躍することになった。高校を卒業して一年もの間も拙者は野球に打ち込むことになった。来年の運命のドラフトの日を待ちながら。



第二話   完



                2021・4・12

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