第52話 負傷

 目の前で先頭を走るボルドの息が荒いことにルーシャは先程から気がついていた。どうしたのだろうかと思う。まさかどこか怪我でもしているのだろうか。


 周りの様子を伺っても、ジェロムたちがボルドのいつもとは違う荒い呼吸に気づいている気配はない。ならば、自分の気のせいなのだろうか。単に自分の思い過ごしであればよいのだけれも……。


 巨大な城門は跡形もなく吹き飛んでいた。それは紛うことはなく、ラルクたちが命を賭した結果だった。


そう。後は自分が引き継ぐ番なのだ。


 決して破られるはずのない城門が破られたため、イスダリア教国の将兵は極度の混乱に陥っているようだった。城壁上に展開していた将兵の半数以上が、これから突入して来るガジール帝国の将兵を迎え撃つために城壁の下へと次々に降り立ってくる様子が伺えた。


 そのため城壁上からの攻撃がほぼなくなったと言ってよかった。


 他の特別遊撃小隊はどのぐらい残っているのだろうか。まさか残っているのが第四特別遊撃小隊だけということはないだろうとルーシャは思う。


 気がつけば、味方であるガジール帝国の将兵が城門に殺到している。だが、その数はさして多くはないように見えた。総勢で二百か、三百か。


 これまで二回に分けてガジール帝国、五千の将兵が突撃を敢行したはずだった。だというのに、残った将兵はたったこれだけの人数になってしまったということなのだろうか。

 この中に志願兵は何人いるのだろうか。何人が生き残っているのだろうか。

 ルーシャの中で次々と疑問が湧き上がってくる。


「城門を抜けたら左手だ。そこの塔、一階に三連装砲の動力部があるはずだ」

「はいっ!」


 前方から響いてくるボルドの言葉にルーシャは返事をする。やはり聞こえてくる息遣いも荒いし、ボルドの声にはいつものような張りがない気がする。


「突入するぞ!」


 第四特別遊撃小隊の一群は長剣を抜刀したボルドを先頭にして、その速度を緩めないままで城内へと雪崩れ込む。


 城内は混戦となっていた。雪崩れ込んできたガジール帝国の将兵を相手に、城門を破られて動揺するイスダリア教国側は組織だった抵抗が全くできていなかった。


「タダイ、ダネル、先頭に来い。 ジェロムはルーシャの横だ。このまま斬り込んで突破する!」


 ボルドがそう指示を飛ばしながら、長剣を振り上げていた正面の敵兵を斬り伏せた。


「少尉、あの建物です!」


 タダイがボルドに向かってそう言いながら、左斜め前方を指で差し示した。ルーシャがそちらに視線を向けると灰色の巨大な塔がある。

 そしてその上部には禍々しいほどに鈍く灰色に光る巨大な三連装砲が鎮座していていた。それは今も轟音と黒煙を発しながら巨大砲弾を打ち続けている。


「このまま行きましょう!」


 タダイがそう叫ぶように言った時だった。


「伏せろ!」


 ボルドのそんな叫び声が周囲に響き渡った。続いて黒い影が自分に被さるのと鼓膜を破るかのような爆発音が同時に起こった。


 ルーシャは自分の体が宙を舞うのを感じた。そして次の瞬間には地面に叩きつけられたような衝撃が全身を走る。


 何が起こったのか分からないまま気がつけば、ボルドに抱き抱えられる格好でルーシャは大地に横たわっていた。


 その事実に気がつくと、ルーシャは慌ててボルドの両腕から抜け出して半身を起こした。


「ボルド少尉、ありが……」


 ルーシャはそこまで言った時、自分を庇ったボルドの様子がおかしいことに気がついた。


「少尉? 少尉!」


 ボルドの両目は固く閉じられており、その身は大地に横たわったままだった。ボルドの左脇腹が赤黒く濡れているのがルーシャの視界に入る。


「少尉、少尉!」


 両手を伸ばして、ボルドの上半身を揺さぶろうとするルーシャの手を握って押しとどめる手があった。ルーシャはその手の持ち主に視線を向ける。


「揺らすな! 大丈夫だ。気を失っているだけだ」


 ルーシャにそう注意を促したのはジェロム軍曹だった。


「で、でも、こんなに血が……」


 今にも泣き出しそうなルーシャを見てジェロムは軽く頷くと、倒れて動かないボルドを片手で肩に担ぎ上げた。


「タダイ准尉!」


 ジェロムが左前方で頭を左右に振りながら、上半身を起こしていたタダイに声をかけた。


「少尉が負傷しました。壁際まで連れて行きます。ダネルと援護を! ルーシャは俺について来い」


 ルーシャは二度、三度と慌てて頷いた。

 少尉が負傷した。しかも自分を庇って……。

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