第51話 待機

 イェンスが率いる重装歩兵と志願兵のラルクが連なるようにしながら、ボルドたちを残して塹壕を後にする。


 その背中を見つめながらボルドは声を張り上げた。

 そう。自分はするべきことをしなければならないのだ。


「城門爆破後、城内に突入して三連装砲の無力化を目指す。動力部への一点突破だ。迅速さが全てになるぞ。ジェロム軍曹、盾と鎧は置いていけ」


 ボルドの言葉にジェロムが頷いた。次いでボルドは衛生兵のハンナと通信兵のマークに視線を向けた。


「ハンナとマークはこの場で待機。マークは司令部からの連絡を待て。ハンナは周辺の負傷兵を一人でも多く助けてやってくれ」

「ちょっと待ってください!」

「えっ?」


 考えもしていなかった命令だったのだろう。ハンナとマークが同時に抗議の声を上げた。


「反論は許さん。これは命令だ」


 ボルドは鋭く言い放った。最後の突撃なのだ。戦闘力としては期待ができず、限りなく非戦闘員に近いハンナやマークまでがそれに付き合って死ぬ必要などはない。ボルドはそう思っていた。


「頭を低くしろ。爆発に巻き込まれるぞ!」


 ボルドがそう注意を促した瞬間だった。爆発音が一つ。次いで一つと立て続けに起こった。

 反射的に上半身を起こそうとしたルーシャの襟首をボルドが掴んだ。ボルドの下腹部に焼けつくような痛みが走る。


「駄目だ。死にたいのか!」


 そう叫ぶボルドの視線とルーシャの視線が宙で重なり合う。ルーシャの顔は泣き出しそうなぐらいに歪んでいた。それに対して何もしてやれない自分の無力さをボルドは改めて感じてしまう。


 続いてもう一つ爆発音が起こった。

 ボルドは一つだけ大きく息を吸い込むと、これで最後だと思われる突撃命令を下す。


「タダイ、ジェロム、ダネル、ルーシャ! 突撃する。ついて来い」


 ボルドはそう一声吠えると、塹壕を飛び出して砂塵が舞い上がる大地を駆け出したのだった。





 ……ここで待機。 

 それがボルド少尉からの命令だった。


 城内に向けて突撃して行く皆の背中を見送りながら、それはないだろうとマークは思っていた。死ぬかもしれない突撃なんてことはもちろん怖いのだけれども、何なんだよ今更じゃないかとも思う。


 確かに自分は小銃も剣の扱いも下手くそな通信兵だ。でも、今までこのくそ重い通信機を背中に背負って、それこそ戦場を死ぬ思いで駆け回って来た。仲間だったんじゃないのかと思う。だというのに、ここでの仲間外れは余りにも酷いのではないだろうか。


 マークは隣にいる衛生兵のハンナも同じ気持ちなのだろうかと視線を向けた。エルフ種のハンナは端正な顔立ちだから、何回話をしても胸がどきどきする。そんな戦場には似つかわしくない感想がふとマークの頭に浮かぶ。


 マークの視線に気がついたのか、ハンナがマークに顔を向けた。


「ど、どうしよう? こんな所で待てって言われても……」


 そう話しかけただけなのに、しかも緊迫した戦場のど真ん中だというのに、ハンナから見つめられると顔が勝手に上気してしまうのが自分でも分かった。マークは少しだけそんな自分が情けなくなる。


「マーク、あなたはここにいて」

「へ?」


 そう思わず口にした後、何とも間抜けな返事だなとマークは自分でも思う。


「私は少尉たちを追いかけるわ」

「だ、駄目だよ。命令違反は。それに危険だよ」

「ふふっ。心配してくれるのね。ありがとう。でも大丈夫よ。マークはここで援護をお願い」


 ハンナはそう言い残すと、瞬く間に塹壕を飛び出して行く。マークが声をかける間もなかった。


「ちっくしょう、何なんだよ……皆、行っちまって。皆、皆、死んじゃうじゃないか……」


 マークは一人、塹壕の中でそう呟いた。瞬間的にハンナの後を追おうとしたのだが、自分の思いに反して下半身が言うことを聞いてくれなかった。


 昔からそうだった。小さい時からそうだった。いつも皆の味噌っかすだった。軍隊に入れば少しは自分も変われるかと思っていたのだったが、気がつけばほぼ戦闘には参加しない通信兵として戦場で重い機材を背負い、断線すれば銃弾が飛び交う中でもそれを繋ぎに行く日々だった。


「ちくしょう、何なんだよ……皆、ふざけんなよ……。」


 何故か涙が出てくる。ハンナについて行けなかったことが情けないのか。皆が死んでしまうであろうことが悲しいのか。そのどちらであるのかマークには分からなかった。


「ちくしょう、ちくしょう……」


 マークはもう一度呟きながら小銃を手にすると、城壁上に見える敵兵に向かって当たるとも分からない弾丸を放つために引き金を引き続けるのだった。

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