第19話 デート 中編

「少し早く着き過ぎたかな?」


 映画が11時からなので10時半の待ち合わせにしたのだが、今はまだ10時を少し回った所だった。

 四月三十日。麗美れいみとのデートには、本来平日である今日を選んだ。

 連休本番となればこんなご時世と言えど、やはり人で混み合うだろうから、との判断だ。

 待ち合わせの駅構内オブジェ「豆の木」に到着した晴明はるあきは、スマホを取り出すと麗美に到着した旨メッセージを送る。

 待ち合わせの時に行き違いにならないようにと言いくるめ、もとい説得しやっとのことで手に入れた連絡手段を折角なので早速使わせてもらった。今までは麗美の母で有るカーミラ経由でのやり取りが主な連絡手段だったので、晴明にとってこれは大きな進歩と言える。

 しかし何故わざわざ待ち合わせなのか。当初はいつもの様に家まで迎えに行くつもりだったのだが、それは麗美に却下されてしまった。

 理由は誰かに見られると恥ずかしいから。

 割と今更な事では有ったが、これはこれでデートっぽくて悪くないとも思った晴明はそれに納得し、現地での待ち合わせという事にしたのだ。


 しかし本人よりその母親の連絡先を先に、しかもかなり早い段階で手に入れてるって普通あり得ないだろうな……


 そんな事を考えながらボンヤリと人通りを眺める。

 休日ともなれば待ち合わせスポットとして良く利用される、ここ「豆の木」周辺は人でごった返すのだが今日は平日。

 まばらにしか人も居らず、これなら麗美もすぐに自分を見つけられるだろう。

 道行く人も決して少ない訳では無いが、スーツに身を固めたサラリーマンやOL等の勤め人がその大半を占めていた。

 もちろん自分と同じ立場の学生と思しき姿も見られるが思った程多くはなく、これならば娯楽施設もそんなに混んでは居ないだろうと予想出来る。

 特別人混みが苦手という訳でも無いが、どうせなら空いていた方がゆっくりできると言うもの。

 やはり今日を選んだのは間違いでは無かったようだ。

 いつ連絡が来ても良い様にと手にしていたスマホがブルリと震え、メッセージの着信を伝える。

 メッセージアプリを開くとスタンプや絵文字すら使わず「着いた」と一言だけの簡素な文字が、何とも麗美らしいと言えばらしい。


 良く考えたら私服で会うのは初めてだな……


 そう思うと途端に自分の格好が、人生初のデートと言う晴れ舞台にふさわしい物か不安になって来る。

 普段は学校でしか会わない訳なので当然制服姿、フィールドワークの時も学校指定のジャージだったので何も考える必要は無かったが……

 ハッキリ言って今までファッション等に興味を持たなかったので制服以外の服と言えば、普段着として使っている格安衣料店製のデニムパンツ、制服の時ワイシャツの下にも着る事を前提とした無地のティーシャツ、後は季節に合わせたアウターを一着ずつと部屋着で使っているスウェット位だった。

 今日もそんな手持ちの服を合わせたスタイルで、青のティーシャツにデニムパンツ、それにラム革のテーラードジャケットを羽織って来た。これは父親のお下がりとして貰い受けた物だが、ベージュに近い明る目のブラウンカラージャケットは、レザー特有の重苦しさを感じさせず何より元が良い物なので軽く柔らかで着心地がとても良い、晴明お気に入りの一着で有る。


 大丈夫……だよな?


 自分の格好を見直して不安を抱く晴明だったが長身で細身な上、剣道のお陰で引き締まった適度な筋肉質と言う恵まれた身体。清潔感さえ有れば大概どんな格好でも似合ってしまうのだが、それはあくまで「側から見れば」なので、そう言った事に興味を持たなかった晴明自身は気が付いて居ないのだ。


 もう少し着る物にも興味持った方が良いな、やっぱこう言うのは女性の方が詳しいだろうし今度梨花りかにでも聞いてみるか。


 歳が近い異性に意見を求めるのは間違って居ない。しかしお兄ちゃん大好きブラコンな妹の梨花に聞いても「カッコいい」以外の答えは返って来ず、デートに行く為のコーデ等聞こうものなら一体どうなってしまうやら検討も付かないのだが、梨花の気持ちに気が付いて居ない晴明にそれを分かれと言うのも酷な話しで有る。


「お待たせ」


「おっ、お早う浦戸うらと……」


 やべ、メッチャ可愛い……


 待ち合わせ場所に現れた麗美の姿……

 白いブラウスに薄いピンクのカーディガン、ネイビーカラーのロングデニムスカートと派手さは無いが、その分彼女が元来持つ美しさを十二分に際立たせていた。

 学校で見る制服姿の麗美も当然可愛いのだが、普段目にすることの無い少し大人びた格好の彼女に、晴明はすっかり目を奪われていた。


「何よジロジロ見て……どっか変?」


 自分の姿を目にした途端固まってしまった晴明に、少し不安げに声を掛ける麗美。

 今までこう言った機会に余り恵まれなかった麗美にとっても、やはり多少の不安は有った様子だ。


「あっ! いや、すげー可愛いんで見惚れてた」


 晴明の素直な言葉に、麗美の色白の肌がピンク色に染まる。


「そ、そう。良かった……じゃ無くて! ほらサッサと行くわよ」


 照れ隠しか、顔を背けた麗美はそう言うと一人で歩き出す。そんな彼女の後ろ姿を慌てて追い掛ける晴明で有った。


            ✳︎


「うむ、完結編にふさわしい内容では有ったな」


「そうね、相変わらず難解な専門用語と突拍子もない世界観のおかげで、話の半分位しか頭に入って来なかったけど」


「それな」


 テーブルを挟んで向かい合い、熱く語り合う晴明と麗美。

 映画を見終わった二人は少し遅めのランチと言う事で、麗美たっての希望から例のパンケーキ屋に来ていた。

 昼食で甘い物って……とも思ったが、パンケーキ以外にもサンドイッチなんかの軽食も有るし、なんなら甘く無いパンケーキだってメニューとして存在すると知り、この店に腰を落ち着けたのだ。

 そして今は映画観賞後の感想大会となっていた。

 観たのはとあるアニメの劇場版で、元になったテレビアニメはもう30年近く前に放送されたものだ。

 当然晴明達は生まれても居ないので、再放送やネット配信でテレビ版と旧劇場版、それにDVDやブルーレイで新しい劇場版の過去三作を視聴済み。今回はその新劇場版の完結編と言う事で、晴明的にはかなり楽しみにしていたのだが……


「しかし意外だったよ、まさか浦戸もこのアニメを知ってるとはな」


 劇場に着いてから何を観るか選んでいた時、二人同時に目が向いたのがこの映画だった。


「そう? 私だってアニメ位観るわよ」


 それは麗美の部屋を見た時から何となく予想はしていた。

 だがしかし、どちらかと言うともっと可愛い系が好きなのだろうと思っていたのだが、すっかり予想が外れてしまった。

 今日観た作品は余り万人受けはしない、ましてや女の子は観ないだろうと勝手に思い込んでいたからだ。


「うん、俺としては嬉しいがな。観たかったってのも有るし、それを好きな子と一緒に観られて感想まで言い合えるんだからさ」


 ゴフっと水の入ったコップを口にしていた麗美が吹き出し、ケホケホと軽くむせる。


「おいおい大丈夫か? 水くらい落ち着いて飲めよ」

 

「誰のせいだと思ってるのよ! そう言う恥ずかしい事突然言うの辞めなさい!」


 紙ナプキンで口元を拭きながら真っ赤になって怒鳴る麗美に、ハテ何かおかしな事言ったかな? と首を傾げる晴明。


「すすす好きとか、どうせまた名前の事とかなんでしょうけど……」


「へ? ……あっ!」


 やっと自分が何を口走ったか気が付く晴明、つい興奮してポロッと言ってしまったのだ。

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