後編・銀河のサヨナラ

その後、三ヶ月の間。


アキヤマとモウリは、「葬式」について、

ありとあらゆる資料を調べることとなった。


およそ無限に近いデータ量であったが、

モウリの友人達が、

銀河古代図書館、銀河公文書館、銀河ファウンデーションを開放してくれたのが功を奏した。


これらの施設から、

より精密で、よりピンポイントな情報を

調べることが出来たのだ。



おかげで二人は

「葬式」の真相にかなり近づくことができたのだった。


彼らがたどり着いた「真相」。


それは「銀河人類の起源」についてであった。



「おいモウリ。起きろ!有益な情報だぞ」


連日の調査に疲れ果て、

宇宙船のコクピットでうたた寝していたモウリであったが、

アキヤマの突然の声に飛び起きた。


「?」


いい気分で寝ていたところをだしぬけに起こされたのだ。

当然、モウリは何が何やらわからない。


「地球起源論って知ってるか?」


アキヤマの言葉にモウリはぼんやりと思い出す。


(地球起源論? 確か考古学者の間で議論になっていたような)


まだ完全に目が覚めていないモウリであったが、

アキヤマはそんなことにはおかまいなく、

腰かけ話をはじめた。


「今から何千年も昔。我々、銀河人類の祖先は地球という惑星から誕生し、宇宙へ旅立っていったという説だ。あくまで仮説にすぎないが、支持する学者も多いようだ。さらに例の『葬式』。これも地球生まれだったようだ。そして何より重要なのはここからだ。いいか、よくきけよ。その地球には『葬式』とも関わりのある重要な概念があったらしいんだ」


「葬式と関わりのある重要な概念?」


「ああ。それが『宗教』というものだ」


モウリにとって、それははじめて耳にする言葉であった。


だが、遠い昔、自分が生まれる遥か大昔、

どこかで聞いたことのあるような懐かしい言葉のようにも感じられた。


そんなモウリを横目に、

アキヤマは説明を続ける。


「肌の色、生まれた場所、言語で違いがあったようだが、どの『宗教』も『人は死んだらどうなるのか?』『どうやったら人は幸せになれるのか?』を説き続けていたようだ。そして何より大切にしていたのは……」

「大切にしていたのは?」


「『偉大な存在』。これを敬うことを一番大切にしていたようだ」

「偉大な存在……。何ですかねそりゃ?」


「ゴッド、ツァラトゥストラ、ロキ、カミ、ホトケ、ヤオヨロズ。呼び名に違いはあったようだが、皆が皆、とても尊いものとして大切にしていたみたいだ」

「へえ。なら古代地球人達はその『偉大な存在』を敬っていたなら、皆、幸せだったんでしょうね。羨ましい」


するとアキヤマはちょっと困った顔になり、

「残念ながらそうでもなかったようだ。『偉大な存在』の解釈の違いで、時に血を流したり、大きな争いに発展することもあったようだしな」

と目を細めた。


その答えを聞きモウリは呆れ返った。


「いやはや、野蛮なヤツラですねぇ、前言撤回です。オレから言わせたら、そんなことで争う古代地球人はバカですよ。現代の銀河連邦に生まれたことに感謝ですね」


自分の生まれた時代への安堵からか、

古代地球人への毒舌を吐くモウリであったが、

アキヤマは苦笑しながら

「これを見てみろ」

と銀河公文書館で手に入れた立体動画を再生した。


すると二人の目の前には、


森の教会で祈る人々、


夕日の沈む聖地で深々と頭を下げる回教徒、


大みそかに笑顔で神社に集う人々、


寺で瞑想をする僧侶の姿…


など、古代地球の様々な風景が映し出された。


それは銀河人類がとうの昔に忘れてしまったであろう人々の営みであった。



モウリは、

今はもういない遥か大昔の彼らの姿を眺めながら、


人種、肌の色、髪の色、服装、老若男女、

と違いはあれど、彼らの「思い」は同じであるように感じていた。


さまざまな人のさまざまな思い……



「どうだ?モウリ?」


先程まで嘲笑していたモウリは、

申し訳なさそうに頭を掻くと姿勢を正し頭を下げた。


「すみませんでした。これを見てると、何と言うか……」


モウリは一呼吸をする。


「彼らもみんな、精一杯生きていたんでしょうね」


それを聞くと、アキヤマは口元に笑みを浮かべ大きく頷いた。


「アフマド爺さんの『葬式』がどんなのものか100パーセントは分からん。だが調べるだけは調べたんだ。真心込めて『葬式』をしてやろう」

  

と立ち上がり、

葬式に必要な道具のチェックをはじめるのであった。






一週間が過ぎた。

そしてその日はやってきた。


赤茶けた陽光に照らされた荒野で、アキヤマとモウリはせっせこ葬式の準備をしている。


二人の前には、人の背丈ほどに積まれた薪の山があるが、これは、既に植物が絶滅したこの星では用意できないため、アキヤマが、3光年先の星から持ってきたものである。


一方、モウリは、宇宙船の冷凍冬眠室からアフマド老人の遺体を運んでくると、積み上げた薪の上にそっと乗せた。


「では、はじめますかね?」

「ああ」


モウリの合図を確認したアキヤマは腕を十字に切ると、

宇宙服の腕にあるスイッチを押した。


すると、宇宙船のスピーカーから大音量で讃美歌が響き渡る。


アーメージーングレーイス ハウ スウィート……


讃美歌は、古代語であるのだろうが、当然、二人に意味は分からなかった。


「次が呪文でしたね」

   

モウリがスイッチを押すと、先ほどの讃美歌がフェイドアウトし、今度は密教の呪文が流れ始めた。


「あびらうんけん はんみーたらーみー」


もちろん、二人には意味は分からなかった。


「次がイケニエか」


当然、二人ともイケニエの意味は分からない。


モウリが船内から持ってきたカバンを開けると、

中には、額に梵字が刻まれた埴輪が入っていた。


この埴輪は、モウリが古代データを基に、

土と粘土で3日をかけて作ったものであった。


「ワッショイ」


モウリはそう呟くと、埴輪を薪の中に置くと、火が付いた松明を薪に投げ入れた。


刹那、ボワッと火の勢いが増し、アフマド老人の遺体はみるみるうちに燃え上がっていった。


二人は、燃え上がるアフマド老人の遺体を黙って見つめていたが、


ふとモウリが、


「サヨナラ…。アフマド爺さん…」


と呟いた。


自身の言葉にハッとしたモウリは


「変ですよね。もう爺さんには聞こえないのに。でも何か言わずにいられなくて…」

と苦笑した。


アキヤマは黙って頷くと、薪の中で燃えゆくアフマド老人を見守っていた。




夜になり、アフマド老人の遺体が灰になるのを見届けたアキヤマとモウリは、

宇宙船に乗り込み、この星を後にした。


そう、任務は終わったのである。

ただ最後の一つを除いて。



コクピットの操縦席に座るアキヤマとモウリはお互い何も話せずにいた。


モウリは、

配属された頃の不満だらけだった日々や、

アフマド老人との日々を思い出していた。


だが、アフマド老人に頼まれた葬式の準備をしているうちに、

モウリは自身の心が穏やかになっていたことを不思議に感じていた。


窓の外はどこまでも漆黒の宇宙空間が広がっている。



「やっと帰れるな。連邦中央へ」


喜ぶモウリを期待したアキヤマであったが、

その反応は意外なモノであった。


「ええ。まあ……」

「どうした、嬉しくないのか? あれほど帰りたがっていたのに」

「何というか、寂しいというかせつないというか……。自分でもよく分かりません。それにずっと気になるというか心配なことがあって」


「心配なこと?」

「アフマド爺さん、我々の『葬式』を見て、喜びましたかね? 怒りましたかね? そればかりが気になってしまって」

「うーむ、分からんな」


二人の間には再度沈黙が続いた。

が、アキヤマがふと尋ねる。


「そうだ。今、お前はアフマド爺さんのこと考えてるだろ?」

「……ハイ」


「亡くなった人を思う。古代地球人は、そのために『葬式』というものをしていたのかもしれないな……」


モウリはハッとした後、アキヤマに何かを答えようとした。


だが、その時である。


「あ」


銀河連邦自慢の巨大スペース・ユンボは無事に宇宙座標軸に到着し、

最後の任務のため、レーザー光線を発射したのだ。


レーザーは綺麗な直線を描きながら、

アフマド老人の星に向かっていく。


光線が星に到達すると、星はしばらく振動した後、

色とりどりの鮮やかな輝きを放ちながら爆発をはじめたのだった。


それはモウリが幼い頃に見た花火と同じ色彩を放っていた。

赤、青、緑、黄、白と、色鮮やかな。


「星……。無くなっちゃいましたね」


モウリはそう呟くと、

消えゆく星をいつまでもいつまでも眺めるのであった。




〈了〉


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

銀河光速ハイウェイ公団立ち退き課 ヨシダケイ @yoshidakei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ