08三度

 俺は灰狼神フェンリルまたがり、拠点である洞窟へと向かっていた。


 グラース…短い付き合いだったが、それでもアイツの言葉で俺は救われた。


 戦友を喪い、リアスを失い、グラースも…。


 俺はなにをやってる…。


 黒の鎧。奴の言っている事が本当なら、洞窟に残っている婆さんやラウラ、サリーが既にダルホスによって殺されてる可能性もある。


 …くそっ、最悪な想像ばかりが浮かびやがる。


 ダルホス!ダルホス!ダルホス!


 アンタが憎い!俺から全てを奪っていくアンタが!


 灰狼神フェンリルの銀毛を掴む手に力が入る。


 進むこと数分。拠点の洞窟に着くやいなや俺は灰狼神フェンリルから飛び降り洞窟内へと駆け込んだ。


「やあ、遅かったじゃないか」


 そこには爽やかな声で出迎えるダルホスがいた。

 …そして、そんな声色とはかけ離れた惨状が目の前に広がっていた。


 足元には血塗ちまみれになったシウバが倒れていて、ラウラとサリーは壁際で震えていた。


「ダルホス!」

 俺は斧を振り被り、怒りに任せダルホスへと突っ込む。


 刹那、視界が紫に染まる…。

 一瞬、何が起きたか分からなかった。


 洞窟の壁へと叩きつけられ、初めて雷によって弾き飛ばされた事に気付く。


 ぐっ…。


「まてまて、そうはやるな。折角の仇敵との再開なんだ。もっと会話を愉しもうじゃないか」


「誰がてめえ…なんかと」


「そういえば、風霊シルフ娘はいないようだね。もしかして、死んだのかい?」


「ダルホス…殺す!」

 俺の隣で灰狼神フェンリルも唸り声をあげている。


「まったく…。これだからガキは…。冷静に考えてみなよ、彼女は敵国の精霊だ。殺した方が反乱の目を摘める。それに、僕は数名の犠牲で風鳴砦かざなきとりでを陥落してみせた。それに比べ、キミはどうだ?あろうことが味方に斧を向けている。本来護るべき者を履き違えているじゃないか…この状況、どちらに正義があると思う?」


 ダルホスの言葉を受け、俺は返す言葉が見つからなかった。

 …すると洞窟の奥で震えてた筈のラウラが力強く反論する。


「あんたのどこに正義があるのよ!突然侵攻してきてこれだけの人を殺しておいて。クロムの方がよっぽど正義よ!」


「何が正しいかは立場によって変わってくる。小娘が青臭い言葉を吐くな!」


 ダルホスは苛ついた様子で、手にしていた布都御魂ふつのみたまを掲げラウラたちに雷を飛ばす。


「やめろ!」

 俺の叫び声よりも速く灰狼神フェルリルがラウラとサリーの前に入り、身を挺して庇う。


 そして…次の瞬間には灰狼神フェンリルが消し飛んだ。


狼神風情ろうしんふぜいがしゃしゃり出やがって」


「兄さん、悪いがこの子らは見逃して貰えんか?」

 突然のしゃがれた声に、俺たちは既に事切れたと思われたシウバの方へと顔を向ける。


 あれだけの血を流していた筈のシウバが

 ダルホスを見据え立ち上がっていた。


「まったく、頑丈だね。さすがは“古狼”の異名を持つ婆さんなだけはあるよ」


 ダルホスがシウバを警戒して距離を取る。

 

「そう警戒せずともよい。確かに古い生き物には違いないが既に朽ちかけた身。戦う力なんぞ残っとらんわ」


「ばばあの言う通り、加護のお陰で人より幾分か丈夫なだけで、狼人間ワーウルフは不老不死でもなんでもない」


 俺は、呑気に会話する二人を見て苛つきながら間に入る。


「婆さん、わりいがここは譲る気はねぇ。グラースはたぶん長くない。ルイスも今、必死に戦っている。そんな中で俺だけ逃げる訳にはいかない!」


「それには僕も同意見だ。せっかくこれだけの兵を動かしここまで追い詰めたのに、みすみす見逃すと思うかい?」


 俺たちの言葉を受け、シウバは何やら考え込むように顔を伏せる。


「何故逃げずに無謀な戦いを挑んだ?昔は、名の知れた軍略家だったらしいが…老いは判断を鈍らせるようなだな」

 ダルホスは下卑た笑みでシウバを見下す。


 シウバが軍略家?

 思わぬ事実にシウバを横目で見やる。


 シウバもその視線に気付き俺の目を見据える。

 そのエメラルドグリーンの瞳には一切の迷いが無かった。まるで、こうなることを予期していたみたいに…。


「英雄ダルホスよ。お主こそ、どうして脱走兵にここまでの兵力を割く?この小僧を殺すためか。砦を手薄にしてまで、指揮官が聞いて呆れるのう」


「うるせえくたばり損ないが!コイツは俺に傷を負わせた。それだけで万死に値する」


 ダルホスが唾を撒き散らしながらシウバに罵声を浴びせる。どうやら、ダルホスは想像以上に俺に対して私怨を抱いていたようだ。


 エウロプ村では撤退を選んだシウバが、今回は戦に臨んだ。もしかして…勝算があるのか?


 正直、俺にとって勝ち負けなんてどうでもよかった。ダルホスへの怒り…それだけが全てだった。


「さっさと決着をつけるぞダルホス」

 

 俺が斧を再び構えると、ダルホスが突然、哄笑こうしょうする。


「はっはっはっはー!まったく、これだからバカは見ていて飽きないな。俺が本気になればコイツらなんて瞬殺できてた。それが、どうしてのんびりお前を待ってたと思う?」


「まさか…」

 俺は直ぐにダルホスの意図を察知してラウラとサリーの方へと駆け寄る…。


 しかし、それよりも速く雷光が瞬く。

 それは一瞬よりも速く、ラウラとサリーが紫電に呑まれる。


 次の瞬間には轟音が響き渡り、洞窟の外壁を切り裂き、瞬く間に俺たちの拠点は瓦解していく。


「ラウラー!サリー!」


 叫ぶ俺をシウバが強引に押し出し、拠点の外へと弾き出された。


「シウバ!」

 シウバが居たであろう場所は崩れた岩で埋め尽くされていた。


「くっくっく。お前のそういう顔が見たかったんだ」

 ダルホスはを下卑た笑みを浮かべながら俺の前に立っていた。


「ダルホス!」

 俺が斧を振るうより先に、ダルホスの剣である布都御魂ふつのみたまが俺の胸へと突き立てれる。


「ぐっ…」


「勘違いしたバカに相応しい最後だな。あの囮作戦でお前も死んでいれば、名もなき英雄として逝けたのにな」


 俺はなんとか繋ぎ留めている意識の中で、自分とダルホスの吐く息が不自然に白い事に気づく。


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