07 黒鉄のバルド

 残されたグラースとルイス。

 エウリオ軍の白光に輝く鋼の鎧の騎士たちと交戦していた。


 圧倒的な人数差がありながらも膠着こうちゃく状態が続いており、黒い鎧の敵将は苛立ちを見せる。


「二人相手に何を手こずっている。エウリオの誇り高き騎士なら力を示せ!」

 黒の敵将の叱咤激励と共に、騎士たちが雄叫びをあげ次々と斬りかかる。


 そんな状況をものともせずルイスは涼しい顔で踊るように騎士たちの剣閃を捌く。


 人狼と化したグラースは騎士たちに囲まれないよう木々の上を飛び移りながら交戦している。


 二本の剣閃が華麗に戦場を舞う。ルイスの銀色の短髪は敵の返り血で真っ赤に染め上げられていた。


 ただの一介の鍛冶屋の息子がどうしてこれ程の剣技を身に着けているのか…。

 命ある者でそれを知っているのはルイスのみであった。


「下がれ!」

 なおも好転しない戦況を見兼ねて黒の敵将が兵を退かせる。そして、それと入れ替わるように自身が最前線へと歩み出る。


「おい、銀髪の少年。貴殿の名はなんという?」


 ルイスは返事の代わりに口に入った返り血を吐き出すと、問答無用で黒の敵将へ斬りかかる。


しかし、黒の敵将はどこからともなく顕現した黒い大剣で軽々と受け止めた。


「お喋りは嫌いか?まあ良い、無作法者を相手にするとはいえ武人として礼節は護らねばなるまい」


黄刻おうこく騎士団第10位。黒鉄くろがねのバルド…参る!」


 鍔迫り合いの状態からバルドは自身の体より一回り大きな大剣を振り抜きルイスを弾き飛ばした。


「お前たち!俺は少年の相手をする。そっちの獣は任せたぞ」


 バルドの命を受け、騎士たちは分断すべくグラースを西の森の端まで追いやる。


「ふむ、これで邪魔が入らずに済むわ。貴殿は我が軍が北上したときに焼払ったエウロプ村の生き残りだろう?その柄のない剣に見覚えがある」


「これ程の腕前があったのなら、村を焼払った時に逃げる必要はなかったのではないか?

…いや、馬鹿なことを口にした」


「ダルホス様がいた時点で撤退が最善の策。我々に挑んできた阿呆あほうな村人に比べれば、貴殿らは幾分か優秀であったか」


 バルドの挑発を受けルイスの目つきが心なしか鋭くなる。


 ルイスは再び双剣を構えバルドに突っ込む。


 バルドもそれに応じて大剣を振るう。


 それぞれの剣がぶつかり合うその刹那、黒の大剣が形を歪ませ、まるで泥水に呑まれるようにルイスの双剣が黒い何かに呑み込まれる。


 そして、黒い何かはルイスの双剣を呑み込んだまま岩石のように固まっていた。


 ルイスは双剣を引き抜こうとしたが思うように引き抜けず、次の瞬間にはバルドの右手には細長い黒の直剣が握られていた。


 無手となったルイスの目掛けてバルドは剣を突きだす。


 ルイスはすんでのところで半身をひるがえし刺突をかわす。


 着地するやいなや、素早くバルドへ距離を詰め、バルドの黒く頑丈な鎧に掌を当て、もう片方の手で重ねるように打撃を見舞う。


「ぐぅぅ…」

 バルドは苦悶の表情を浮かべ膝を着く。


 ルイスはすかさずバルドに追撃すべく、唯一剥き出しとなっているバルドの顔面目掛けて拳を振るう。


 しかし、ルイスの拳が届く直前でバルドの鎧がうごめき、槍の如く変形しルイスの腹部を貫く。


「……」

 ルイスは血を吐きながらその場に倒れ込む。

 

「エウリア王国の古武術である鎧通しなんぞ使ってくるとは…貴殿は何者なんだ」

 バルドが体勢を立て直しルイスの前に立つ。


 地面に這いつくばるルイスはバルドを睨むことしか出来なかった。


「死ぬ前に一つだけかせてくれ…どうして今回は逃げずに挑んできた?」


「たったこれだけの人数で…エウロプ村での戦いよりも分が悪いと思うが、なにか勝算でも?」


 ルイスを見下ろしたままバルドの手には黒い鎌が握られている。


ルイスの口から返答が返ってくる訳もなく、鋭い目つきでバルドに敵意を向ける。


「答える気はないか…」



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 一方、分断されたグラースの息も絶え絶えであった。


 灰狼神フェンリルの加護で既に、死に体を無理矢理動かしているにすぎないグラース。


 その命の灯火ともしびは消えかけていた。


 対して強固な鋼の鎧を誇るエウリオの騎士たち。その数は約二十。半数は片付けたとはいえまだまだ分が悪い。

 獣化したグラースの攻撃で鎧は砕けるものの致命傷には至らず、騎士たちの猛攻が止むことはなかった。


 騎士たちの一振りを幾重にも浴び遂にグラースが遂に膝を着く。


騎士たちはグラースにとどめを刺すべく、すかさず斬撃を重ねる。


 グラースの獣化が解け、膝から崩れ落ちる。


それと同時に空からはこの地域では白い雪が舞い落ちる。

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