1、青春の残滓(3)

 ある日、A君とサクラが帰った後、僕はいつも通りカメラを回収すると中の映像を確認した。いつも通りそこには青春が蔓延していた。ただいつもと違っていたのはその青春を織りなす二人のことをよく観察したという点だった。


 興奮で顔が強張る男と、幸せそうに笑む女。行為自体には目がいかなかった。二人が気になって仕方がなかった。普段なら自慰を始めるのに、そういう気にさえもならない。何度も巻き戻して見た。目に焼き付けた。おかしい。変だ。なにかが変わっていく。僕の中の何かが、音を立てて変化していく。グラグラと揺れて、確信に変わる。自分の中に訪れたものが何なのかを、自覚する。何回も、何十回も、何百回も、その映像を繰り返し見続けた。見れば見る程、僕が変わる。変わっていく。僕の視線は。小さなその液晶画面に映るその映像の。中の。何に。僕の目線が奪われているか。僕は。僕は気づくと……サクラばかりを見ていた。

 

 サクラのその表情を。サクラの身体を。サクラの声を。サクラを。

 

 そして僕はカメラに向かって独り言つ。


「サクラって……こんなに可愛かったのか」


 サクラは中学に入学して以来、週に一度しか学校に来ない不良女だった。髪の毛は茶髪だし化粧もしていて、彼女には校則というものに拘束される概念が存在していなかった。ルール無用。だから僕は彼女が嫌いだった。理解し難い人間だったから。どこか恐くて、嫌いになろうと決めて嫌いになった。だから僕は彼女を知ろうともしなかった。だから知らなかった。彼女に抱いていたのは嫌いという感情だけで、それ以外のことは無だった。

 

 液晶画面を通して彼女を見れば見る程、彼女のことを知れた。容姿も声も話し方も性格も。彼女の全てが知れた。好きな男の前でする表情も、甘い言葉も、性癖さえも僕は見て聞いているのだ。あんなに嫌っていたサクラのことを僕は……意識するようになっていた。


 決まって木曜日にサクラは登校してきた。というより、帰りに僕の家に寄るために学校に来ていた、という具合だった。サクラは休み時間になると、A君の席に駆け寄って談笑する。みんなあまり近寄りたがらないのか、他の生徒は話しかけさえもしていなかった。


 放課後、不機嫌そうに僕の家の玄関を抜けるサクラは、いつも通り僕に目も向けやしない。学校でA君にしていたあの笑顔はなく、A君に連れられてただただ僕の部屋に入っていく。扉を隔てた向こう側で、サクラはA君としている。学校で見せる笑顔でもない。玄関で見せるあの不機嫌そうな表情でもない。僕の部屋ではサクラは恍惚とした表情でA君を見つめている。僕の部屋なのに、彼女が見ているのはA君だ。A君との青春をトロリトロリと僕の部屋に落としていく。その部屋に残していった青春は僕が頂いているというのに。その部屋にはカメラがあって、僕が後で鑑賞するということも知らずに、サクラはカメラの前で股を広げるのだ。


 サクラはやっぱり可愛かった。A君の上に乗った時の彼女の表情に僕は魅了される。A君に陰部を弄られている時の顰めた眉が僕は大好きだった。彼女を見れば見る程、僕は彼女を好きになる。これはもう恋としか言いようがなかった。僕は気づけばサクラのことを考えていたし、暇さえあればサクラとA君の行為動画を見ていた。


 サクラのことしか考えられない。寝る前に頭に浮かぶのは決まってサクラだった。木曜日の授業中に視線を向けるのは黒板ではなくサクラだった。自慰行為時に想像するのはサクラだった。僕の頭の中はサクラでいっぱいだった。だから。


 だから。僕は辛かった。そんなサクラへの想いに気付いてしまってから、僕は辛くて仕方がなかった。青春の残り物を堪能することが虚しく思えることさえあった。A君との映像を見て、腹が立つこともあった。なんで。なんでA君なんだ。なんで僕の部屋でサクラはA君なんかとしているんだ。A君は決して悪いやつじゃない。みんなから好かれているし、僕だって別に嫌いじゃない、でもなんだか彼に腹が立って仕方がない。なんで二人はこんなことをしているのだろう。なんで僕の部屋で。どうして僕は部屋を使うことを了承してしまったのだろう。なんでこんなものを見なければならないのだろう。なんでこの二人は……付き合っているのだろう。なんで僕は……泣いているのだろう。なんで僕は……懲りもせずに盗撮を続けているのだろう。なんで僕はサクラとA君がヤっているところを見て己のそれを勃たせているのだろう。


 なんで僕は……サクラを好きになってしまったのだろう。


 ある日のことだった。A君が木曜日に学校を休んだ。サクラは朝登校してきたがA君がいないことを知るとすぐに帰ってしまった。


 いつもとは違う木曜日が訪れた。家に帰っても誰も僕の家には来ない。なんだか落ち着かなかった。僕は何かに引かれるように家の外へと出た。自転車を引っ張り出してきて、ペダルを漕ぐ。風が冷たくて痛い。耳が取れそうだ。図書館の近くを通ると駐輪場に僕の中学のステッカーが貼ってある自転車を見つけた。

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