ゆきの舞う島_2


 その言葉に、皆は一寸時を止め、それからせきを切ったようにわっと沸き立ちました。長かったと言うもの、そんなわけない、くにが私達を帰らせるはずが無い、と怒るもの、それにまた言い返すもの――辺りはたちまち興奮と熱気に包まれました。


 私は、皆の様子について行けず、ただその光景をぼんやりと見つめながら、帰れるとはどういう事か、それだけを考えていました。


皆が岸に集まる頃、ちょうど船が島につきました。見て、私は驚きました。そこにあったのは、私の知っている船とはまるで違う、化け物みたいに大きな黒い塊でした。けれど皆は泣きながら船だ、と喜び手を振っていました。


 しばらくして、塊が重い音を立てて口を開け、そこから人が出てきました。その人達は皆、真っ黒な大きな毛皮から、顔と手足を出した変な格好をしていて、糸でつないだみたいに同じ動きでこちらに歩いてきました。近づくにつれて、その人達が島の皆に似ている気がしたので、私は隣で泣く人の顔と、何回か見比べていました。


 先頭を歩く人が、島の皆の前で立ち止まり、ひざまずく皆にこう言いました。


「今まで御苦労だった、本国への帰還を許す」


 厳格な様子で吐き出されたその言葉に、皆は詰めていた息を少し吐き出した後、感極まった様子で、は、と返事をしました。そして、頭を下げたまま抑えきれない体の震えを一生懸命堪えていました。


 皆は、元々はこの島から遥か遠くにある、国と言う所に住んでいたそうです。ある時皆は「がいせん」をしている時に嵐に遭いました。そして、皆はこの島へと偶然に流れ着いたのです。島には生きのびる為に必要なものは全てそろっていたので、皆はここで助けを待つことにしました。幸いすぐにこの島は国に知られました。しかし、国の「おうさま」は皆に帰還を許しませんでした。一度目に船が皆を見つけた時、使者を通して聞いたこの島に、興味を持ったのです。


 皆には国に家族や友人、恋人がいました。帰りたいと皆は必死にお願いしましたが、その地を制圧し国のしるしを立てるまで、おうさまは首を縦に振りませんでした。


 しるしを立てるまでに何人もの命が消えたそうです。あるものは戦い、あるものは無理を承知で国へ帰ろうとして。長い時を経て、皆はこの島にしるしを立てましたが、国の人はやってきませんでした。けれど、あきらめず何年もしるしをたて続け、お迎えが今ようやく来たのです。


 皆泣き笑いの表情で、今までの苦労を語り合いました。今まで知らなかった事をいきなり全て知った私は、どこかぼうっとしたままそれを聞いていました。


「ああ、やっと帰れるんだ、この島とは、ようやくおさらばなんだ」


 誰かがそう言いました。皆がそれにうなずきます。お酒は、誰も飲んでいませんでした。


「ようやく息子に会える、おれが国を出た頃はまだ乳飲み子だったんだ」


 またある人はそう言って、ぼろぼろと涙をこぼしました。それにも皆は同調し、その人に続いて各々会いたい人の名を口にしました。ある人は自分の顔も知らない子を心配し、またある人は年老いた親を、または連れ合いにどうか元気で生きていてほしいと、願っていました。単純な喜びだけでない泣き声が、辺りに響き渡りました。


 私は静かに一人その場を抜け出して、森に向かいました。そしていつも祭りを行っていた場所につくと、ひとまず辺りを見渡した後、笛を吹きました。高く澄んだ音はゆきの間をぬって、夜の空に酷く寂しく響き渡りました。


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