其の四、温かい

「うん。またね。電話、待ってるよ」


 電話が。


 電話が終わってしまう。もう……。


 じゃあと言えない。言いたくない。


 さよならなんて絶対に言えない。言ったら本当にさよならになってしまいそうで。


 と……。


 電話が切れる瞬間、彼が何かしらをつぶやく。


 小さく。


「そうだ」


 彼は微笑んでいるんだろうか、優しく続ける。


 あたしは意味が分からずに、じっと押し黙る。


「前に僕のぬくもりが感じられなくて寂しいって言ってたよね?」


 静かに二の句を待つ。


「大丈夫だよ。安心して。だって、ぬくもりは、そこに在るもの」


 ……何を言いたいのか、まったく分からない。


 あなたのぬくもりが、そこに在る? どこに?


「今、スマホを持っているだろう? そのスマホは温かいよね?」


 スマホ。


 アッ!!


「ほんのりでも温かいよね? それは、何で温かいのか分かる?」


 そうか。


 スマホ。


 機械工学を学んで機械を愛する彼らしい言葉。


「僕らが今、話していたからだよ。色々、話していたから温かいんだ。そのぬくもりこそが僕らが愛を育んだ証拠なんだ。僕らの愛の形なんだよ。そうでしょ?」


 話していた証拠。だからこそ、彼のぬくもり。


 ちょこっとだけ力を入れスマホを握ってみる。


 温かい。


 温かい。


 うんっ!


 温かい。


 彼は、二の句を繋ぐ。


「クサイ事言ってごめん。ただ、優しい君が、優しいから感じている哀しさを少しでも和らげたいって思ってさ。今は、そんな、ぬくもりだけだけど我慢して」


 きっと、


 きっと、


 きっと、夢を叶えたら、君を迎えに行くから。


 結婚して下さいって君に伝えるから、今は、スマホのぬくもりだけで、ごめんね。


 僕がメカニカルエンジニアになったら君の父親の町工場も……。


 君のご両親に生意気だって言われそうだけど。


 そして、彼からの電話が切れた。静かに……。


 あたしは、まだスマホを、ぎゅっと握ってて。


 温かい。


 なんて事を心の中で、淡くも想い続けていた。


 そして、


 ありがとうって……。


 そう想って、泣いた。


 温かいスマホを両手で優しく包んで、胸の前で握りしめながら。


 お終い。

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ぬくもり 星埜銀杏 @iyo_hoshino

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