第20話 未来への可能性

今代の魔王―――ニンゲンの“英雄王”によって討たれる……その一報は、瞬くの間に魔族の内に広まりました。

が……同時に、ニンゲンの王が行方不明となり横死してしまった―――との訃報も、早い時期に流されてしまったのです。


だとするならば―――その“真相”は……?


真相など、あろうはずがない―――この時点での重要な情報とは、“かもしれない”レベルのモノでも、“真実”としなければならない……

まだ誰も知らない情報モノを取り扱うには、その事だけで全体の主導権イニシアチブを握る事さえ可能となる……。


そう―――総てが“曖昧”……で、なければならない。

『王が生きている』―――などと言うようなことがあっては、絶対にならないのです。


とは言え、その時点では他の誰もが“真実”を知っているわけではなかった……なのに、この『訃報』が流された背景には、『王が生きて』もらっていては困る連中がいたからにほかならず……


ただ―――この不審過ぎる情報が流れてより、数刻後……


「すまぬ、遅くなった―――」

「それで―――どうなんだい?」


今まで事実確認に奔走していた、七人の魔女事実上のトップの帰還―――

またそれに伴い、例の一報が“虚”なのか“実”なのかを問われた時、ミリティアは……


「(……)安心するがよい―――王の身は、ご無事である。」


「おお! それは―――……」


、“よい”方だよね。」


「フッ……さといヤツめ―――まあだが聴くがよい。」


少しばかりの逡巡しゅんじゅんがあった―――その“少し”の差をガラティアに見抜かれるも、総てはこれから話す、自分の説明の後で―――と、したのです。


「偶然か否か、王は血溜まりの中で倒れられていた。

そこを学士エリス殿に救われ、介抱の手解きをなされていたようだ。

このワレが目にしたのは、既に快復され学士殿と歓談なされている王を、この両のまなこで確認した。」


それは衝撃的―――あまりにも衝撃過ぎる、事実の告白と言えました。

たった一人で強大な敵―――魔王を討ち果たした当代の英雄が、次代の魔王にならんとしている者と、笑いながらの談義に興じていた―――

その一点だけでも、衝撃的だったのに……


「そればかりか、彼の王は学士殿と同じ考えであられる。」


『学士と同じ考え』―――

こんなにも、世界を行き詰まったものにした、誰の得にもならない……下らない戦争の―――即時停止。

それははたで聞いていても実現不可能とさえ言われた―――“理想”……

たった一人―――学士しか提唱してこなかった“理想”が……

学士以外の“同調者”によって、理想が理想ではなくなってきた―――


この衝撃的な事実を知り、あのガラティアも……ジィルガも……思考を鈍らさざるを得なかった―――とは言え、ミリティア程の者がこんな状況下で戯言たわごとを言う者ではないと言う事を、知っていたが為に……


では、なのだとしたら―――??


「そいつは……“本当”なんだね?」

「ああ、全くの事実だ。」


「け……けれど、何かの間違いなんじゃ―――」


「疑いようのない、事実―――だ。

なによりこのワレの目の前で、王と学士は、その手を固く握られた……。

ハハハハハ……愉快な事だ! これ以上愉快なことがあるかね?!このミリティア、9500年余りを生きて初めて、この様な気持ちにさせられた―――

ああそうだとも、あの“絵空事”が、絵空事ではなくなったのだ!! この事実の前に、あの虚報すら霞んで来たほどにな!」


そこにいた“七人”も、やはりそうなった―――……


得も言われない表情―――


慶びの余り感極まり涙くれる者……


ようやく争乱が収まり、平和な日々が来るであろうことを描く者……


など様々―――なのですが、ここで一つ忘れてはならないのは……


「ただ―――残念なことに、王の命脈は、そう長くはない……」


「そ―――そんな?!! で……では―――」


「原因は、何か―――までは判らぬ。

だがワレが見立てるに、彼の方は近い内にお亡くなりになられる……」


これもまた、驚くべき事実の告白―――でした。

折角、次代の魔王(候補)と、その志を同じくにし、その意見を交換したと言うのに……

また、元の振り出しに―――?


これでは、先程の慶びさえも、“ぬか喜び”となってしまう……の、でしたが―――

ここで何を思ったのか、ミリティアがガラティアに、“ある事”を聞き始めたのです。


「ところでガラティアよ、確かナレは“ある事”を提唱しておったよな?」


「(はあ……)なんだい―――“ある事”って……」


「これはイセリアから聞かされた話なのではあるが、ナレは以前に、この「現実世界」とは別に「違う世界」を創造りつくり、そこに魂を飛ばすなどして物事を進めて行く―――そうした事を模索しておったそうだな?」


「ああ―――そうだよ……ちょいとした酒の席での“与太話よたばなし”でね。

丁度一緒に飲んでいたヤツと意気投合しちまってさ―――まあ、今から考えると、バカな“与太話はなし”だったと思うよ。

大体考えても見なよ、それこそ本当の“絵空事”―――なんじゃないかい?」


「その……ガラティアお姉サマと『一緒に飲んでた席』―――って……私も丁度いた時の事よね? だとしたら“あの人”の事かしら??

それにしても……ミリティアお姉サマ? どうして今になって、そんな事を―――……」


以前、“意識イデアの者”がイセリアに語ってきた事―――


『私がプレイしている“ゲーム”のなかでの“クエスト”の“イベント”に、丁度こうした策謀めいた内容があってね。』


イセリアは、この―――“意識イデアの者”からの言葉を、そのまま“戯れ言”とは取らず、あの当時、自分も同席していた『酒の席』で、死せる賢者と一緒に盛り上がっていた【発明王】との、その会話に耳を傾けていた……。


だからこそ、死せる賢者が言っていた“与太話”を、どこか頭の片隅に置いておき―――そして、“意識イデアの者”が語ったその時、甦ってきてしまった……


そこでイセリアは、この事を自分なりの注釈を加えた上で、ミリティアに“てがみ”を送ったのです。


しかし当初は、受け取ったミリティアも何の事かは判らなかった―――の、でしたが……


「これは、ワレが彼の王に直接目通りした時の感想だ……。

彼の方は……一人ではなかった、どこかこう―――“もう一人の人格”と言った方が良いのか……。

そうした、“もう一つの魂”の輝きをワレは彼の方に感じたのだ。


それに、イセリアからの“てがみ”にはこうも書き添えられていた―――


『かの“意識イデアの者”も、王と同じく『リリア』を名乗っている』


そうだ。」


その最初は、酒の入った席でのバカ話も同然だった……それがこれを機に、そのバカ話でさえも真実になろうとしていた……

先程までは悄気しょげかえっていたガラティアでしたが、そのミリティアからの話しを聞くと、みるみるうちに元気を取り戻してきた―――

それに同調するかのように、興味を示してきたジィルガ―――事実上の、魔族の頭脳と言われている2人が協力をすれば、叶わない事などない―――


ですが―――……


「それはそれで良いとして―――運命は最早変えられぬのじゃろうか。」


「ああ―――変えられはすまい……。

だが、こうも言えはせんだろうか。


彼のニンゲンの“英雄王”の身体に然るべくして入ってきた“もう一つの魂”……ワレは、この事を偶発的には捉えてはおらん―――

“今”ではない“未来”に於いて、そうした“魂”の持ち主は確実にいる―――と、言う事だ。

だが我々にはやるべき事がある……それは、エリス殿を魔王にする―――と言う事が前提となって来るのだ。」


そう……ニンゲンの王―――リリアの“死”は、まぬかれる処ではない……に、しても―――偶然にも王の身に宿った“もう一人”のリリアなる者の魂……

それに後になって紐解いてみれば、どうやらその“もう一人のリリア”なる者も、王の志に同調していたと見られていた……


“今”に於いての可能性は、早くも消えようとしていた―――けれど……


“未来”に於いては、そうした可能性は引き継がれている―――そう解釈できるのです。


           * * * * * * * *


そして―――……かの予言は、的中してしまう……。



未明―――王は、さある者との会食の最中、立ち待ちの内に昏睡こんすい陥りおちいり……


大量の王の血と共に―――“絶命”……


            ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



その日の王は、魔王軍との激闘の末、勝利を収めた―――その“祝勝”と同時に、その威光にひれ伏し、改心した―――との告白により、王ご自身の臣下、宰相邸に招かれていました。


「そうか―――お前もようやく、心を入れ替えてくれたというのだな。」


「はい―――これまでの、主君であるあなた様に抗いあらがいきた事、まことに恥ずかしく思っている次第……。

ゆえに、このワシ自身改めて心を入れ替え、王の治世の為、力を尽くしていく所存にございます。


つきましては、その志としての証しに一席を設けたく、王をお招きした次第にございますれば……」


「(……)私の―――“治政”か……そう言えば、私の父も常々言っていたことがある……。」

「ほう―――? 前王が……何か?」


「うむ、そなたの事をな―――」


予々かねがね、この宰相の「黒い噂」は、常に付きまとっていました。

今代の王の父―――前王の死に関しても、宰相自身が直接手を下さず何者かに依頼をし、隠密の下にその命を断った―――とか、また今代の王に関しても、未だ疑惑の残る“行方不明の件”等々……

しかし、今代の王により暴かれてしまった宰相の陰謀―――その厳しい処罰の前にさすがに懲りたものと見え、改めての忠誠を誓う証しとして自らの邸宅に招いての“会食”。

そこで語られた王自身のお言葉に、宰相は何を感じたのか―――余人には知り得るべくも、ないのです……。



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