第15話 英雄の『王』 と 次代の魔『王』

互いが未ず知らずみずしらずの、ニンゲンの女性と魔族の女性。

その内のニンゲンの女性からの告白により、今代の魔王が何者かによって討伐うちたおされ、現在の魔王位が空位であることを、魔王と同じ魔族であるはずの、魔族の女性は殊の外慶びよろこび露わあらわとしたのです。


「なぜなのだ―――?そなたと同族であるはずの……魔王が、私達ニンゲンによって討たれたと言うのだぞ? 先程私を襲った魔族の刺客共の様にうらまれこそすれ、お礼の感謝をされるものでは……」


「けれどそれは、その人達の事情によるものだろう? それに、君のご期待に沿えないで申し訳ないのだが……今代の魔王が何者かの手によって討ち取られた処で、その当事者に文句を言う筋合いなんてないんだよ。」


「そんな……?」


「君が疑いたいのは判るが、これは紛れもない事実なんだ。」


種属間の差異―――とでも言えばいいのだろうか……

一つ判った事があるとすれば、『魔王』とは何者にも冒されざるべくの存在であり、だからこその“最強”の座が相応しい。


“最強”―――とは……何者にも敗れ北るやぶれさる事を赦されない。 最強の座を冒す者は、その信念と武を以てもってそれを証明し、またその座に居座る者は、自分を冒し来る挑戦者を叩き潰す事で、常に自身の強さを証明し続けなければならない……。


ゆえに、最強の座に居座る者を敗ったやぶった者は、批難されるまでもなく寧ろ褒め称えられるべき。


つまり、今代の魔王がニンゲンの英雄に敗れ北ったやぶれさったと言うのは、所詮今代の魔王の実力がその程度でしかなかった……との解釈に押し留められるのです。


とは言え、魔族側の倫理観を説かれた処で、種属が違うニンゲンの女性としては……


「その理屈……今少し判らないが、だとしてもそなたから感謝される謂れいわれなど……」


「ようやくだ―――」


「は? 何を言って―――」


「ようやく……このときが来たのだよ―――。

今代の魔王は、近い内に亡くなる―――その事は彼の者を巡る星の命脈のもと予めあらかじめ知ることが出来ていたんだ。」


この魔族の女性が知る事情―――今代の魔王が亡くなる事で、現在の魔王位が空位となる……ならば―――??


「近々、新たなる魔王―――『次代の継承の儀』が執り行われる。」


「(……)なんだ―――それは……? それでは、この度私達がしてきた事が、意味がなくなるではないか??!」


「“意味”……? 意味ならあるよ―――」


「いや、おかしいだろう!? 今回の出師だとて、苦渋の決断を下して行ったのだぞ……?

そして―――今度こそ……こんな戦乱を止めさせる機会が、得られたものだと思っていたのに!! だからこそ……この私が決断をしたというのに…………ッ!」


「(……)君―――今の発言は、本心からかい?」


「『今の発言』? 『本心』??」


「『こんな戦乱を止めさせる機会』―――のくだりだよ。」


「ああ―――……『本心』も本心だ。」


「そうか―――………」


今回の戦争では、総ては終わらなかった―――

今代の魔王が亡くなったとて、次代の……次の魔王が現れ、またしても終わりなき―――飽く事のなき―――の、戦乱が繰り返されるだけ……

その事を知り、ならば今まで自分達がしてきた事とは何だったのか……

全くの意味をなさず、多くの民に塗炭の苦しみを味わわせただけ……

その事を思い知らされ、悔恨の念に駆られてしまう、ニンゲンの女性……


けれど魔族の女性は、その時ニンゲンの女性から吐露された心情を聞くに及び、そしてまた確認を取るなどしたところで―――


「フフフフ……ならばこそ、大いなる意味がある―――」



なぜだ……? なぜ……そこで笑っていられる―――

こんなにも……こんなにもこの私の心が、掻き乱されているというのに……!!



やはり―――所詮は魔族の女性か……。 心優しき者と思われていたものを、更なる戦乱を望みし者であったか……と、思われたその時、実に意外なる言葉が、この魔族の女性の口から発せられたのです。


「ならば―――その次代の魔王も、『こんな戦争なんか止めた方がいい』……と、思える者がなったらどうかな?」


「(……)―――え?」


自分の本心を―――心情を吐露した時、この魔族の女性は笑っていた……。

けれどそれは、ニンゲンの女性が吐露した心情が可笑しかったからではなく、魔族の女性自身の“ある思い”と絶妙に同調シンクロしてしまっていたから。


だからこそ、その想いを口にした時、ニンゲンの女性は少し思考が停止してしまったのです。



そう言えば……私の魔族の友人も、同じ様な事を言っていた記憶ことがある―――

確か……魔族のなかにも、この私と似たような考えを持っている者の事を……

すると……ならば、この者が―――?



ニンゲンの女性の友人の一人……それも魔族の友人が言っていた事を、この時思い出した―――

そして、その友人からの言葉を、反芻るかみしめるかのようにしていた時―――


不意にこの屋敷の扉が叩かれ―――……


「おや、誰か来たようだね。   ―――どうぞ、開いているよ……。」


「失礼致す―――学士殿、ある報せを……。

おや?先客がおられたとは―――……」


「“報せ”……とは、今代の魔王が亡くなられた事かな。」


「おお―――これはお耳のお早い。 それにしてもどうして―――」


入室の許可が下り、入ってきたのは―――

黒紫色のゴシック・ロリータ調のドレスが良く似合う、銀雪色の髪を縦ロールにした、この魔族の女性の知り合いと見られる、美少女……

しかも、この謎の美少女が齎したもたらした一報も、今代の魔王の訃報を伝える為のモノだった。


それにしても―――今代の魔王が亡くなって、まだそんなに時間が経ってもいないのに、魔族の女性である『学士』がこの事実を知っていた事に、謎のゴスロリ美少女は驚嘆していたものでしたが……


「それは―――こちらの方から聞いてね。」


「(ふむ……)失礼ですが―――ナレは?」


「わ……私―――は…………」


「こちらの方はニンゲンだ―――それと、今代の魔王が率いる軍と戦争をしてきた……と、言っていた。」


「なんですと―――?それは事実か!?」


「ああ……その様だ―――」


この、魔族の女性である『学士』と知り合いと見られる謎のゴスロリ美少女は、今代の魔王が討伐うちたおされた経緯をどこかで入手し、剰えあまつさえ魔王を討った者の事を知っていたからか、この魔族の女性の屋敷に上げられていたニンゲンの女性に、訝みいぶかしみの視線を突き付けざるを得なかったのです。


「学士殿……不用心に過ぎますぞ―――今代の魔王を討ち取った者こそ、ニンゲンの王―――それも女性であるとされている……」


「ふうむ……『王』であるかはともかくとして―――よく似た特徴を持ち合わせていたものだね。」


「何を呑気な―――ッ! あなた様が斃れたおれられたら、いかがなされるおつもりか!! 少しはご自身を愛でめでられよ!」


「やれやれ―――判った判った。 以後迂闊な真似は、しないようにするよ。

なあ? どうだい、口煩いくちうるさいだろう?


ニンゲンの王―――リリア殿。」


「(!!!)そなた―――私の事を、知っておきながら…………」


「『知って』……いたわけではない。

君との会話を進めていく内に、『もしかするとこの人は』―――と、思っただけだ。

それより、私の紹介がまだだったね―――私は【エリス】、一応、次代の魔王に名乗りを上げている候補者の一人だ。」



その瞬間―――ニンゲンの王の頬に、涕が伝うつたう……



この者が……私の運命だったのだ―――

私の内に未だ微睡むまどろむもう一人の“私”よ……

以前お前が見せてくれていた“幻影”は、“幻影”ではなかったのだ―――


嗚呼……これで―――これでようやく戦乱が終わる……

心安らかに、穏やかに過ごせられる日々が―――訪れる……!



いつしか王の手は、固く次代の魔王候補の手を握り締めていました。


その膝を地へと着かせ、まるでそれは『臣従しんじゅうの契り』を取っているかのようにも見えた―――。


けれど次代の魔王候補は、王の手を取ると立ち上がらせ、自分達を同じ高さにその身を置いたのです。



そう……そこには臣従しんじゅう倣いならいがあってはならない……

この程交わされた密約は、同じ高さで―――友で―――同志であらなければならないのです。



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