第14話 邂逅

一大事業を成し遂げ、後は自分の城のある都へと凱旋がいせんしていた帰途きと―――

このよろこび事を一刻も早く民達にしらせてやるべきだ―――との宰相からの提案により、『人は変われば変わるものだ』と感じた王は……


「そうだな宰相、お前が言っている事も尤ももっともだ。

では、その報せ役は誰にしよう。」


「セシル殿が適任かと―――」


ここが王の命運の分かれ目だったか―――……それとも、敵の総大将との張り詰めすぎた雰囲気―――そして決着に、緊張の糸が“プツリ”と途切れてしまったか……。

王はさして疑いもせず、改心したと思われる宰相からのげんを聞き入れ、本来懐刀であるはずの、王の護衛をする立場であるはずの……近衛長を遠ざけた―――


          ?    ??    ???


そしてこの吉報を、王国の民達にしらせるべく都へと立った近衛長が見えなくなるまで見送った宰相の口からは……


「フン……伝えよ―――『ときは来きたれり』……と、な。」


やはり……改心などしていなかった―――していようはずなどなかった……。

居並ぶ諸臣の前で大恥を掻かされ、あの時は従順な態度を……我が身可愛さの保身の余り見せたものの、次第に沸々と湧いてくる王への殺意……

佞臣・謀臣特有の、腐りきった性根……


そんな、自分に怨みを抱く謀臣が“罠”を張っているとも知らず、王は自分の天幕へと戻り……。

そして―――設置罠魔術である、『転送魔術』が発動し……


「(う……ん?)―――どこだ?ここは……

セシル―――?イセリア―――返事をしてくれ!!」


疲労した身体を休める為、長椅子に凭れもたれかかった時だった―――

それがいつの間にか、気付いてみれば自分はまた孤独ひとりぽっちとなっており、周りは暗き闇に閉ざされていた。

今現在、自分が置かれた状況が判らず、友である2人の名を呼べども―――呼べども―――王の声は闇へと掻き消されるばかり。

そして『転送魔術』の効果が次第に薄れ始め、辺りの状況が判ってくるまでになると―――王は、たった一人で……多数の魔族に囲まれていた……。



なぜだ―――お前達の王は、討たれたはず……なのに……

こう言う事か……こう言う事なのか―――!?



敵の総大将を討ったところで、何も変わらない……今度は自分が、魔族によって殺される番―――


この世の無常―――この世の不条理―――そんなものにいくら憤ったところで、現状は変わらない……


そうした王の激情は、微睡んまどろんでいた「もう一人の人格」を呼び覚まさせ―――


{う……うぅ―――なんだか良く判らないけど、随分とまずい状況のようだな―――

……代わってくれ―――}


「お―――お前……??」


{いいから―――代われ……この私が、機嫌がいいうちに!!}


有無を言わさないその物言いに、王も素直に応じるところとなり、そして「意識イデアのリリア」が入れ替わった途端―――


「ふう~~……どうにも、我慢が出来なかったんだろうな。

もう少し我慢をしていれば、この人のくびを獲るのは難易度的にもそう難しいモノじゃなかったんだろうに……。

けど―――この私がまだこちらにいたことが、お前達の命運だと思え!

そして……済まない、師匠―――今私は、あんたからのいいつけを破る!!」


そう言い放った途端、これまで見せていたかたちとはまた別のかたちをした晄りひかりの剣を発生はっしょうさせた―――


いつもは普通の片手剣の様に、柄からは一つしか刃は出ていないはずなのに……

その時の晄りひかりの剣は、柄の両側より出でたる、断罪の刃―――

そしてその裁きの刃が振るわれるごとに、散っていく生命……


{お……前―――素手だけではなく……}


「うん……言っただろう―――私が修めたのは、人を殺めることが出来る……そうしたモノだって。

そう言うのは、例え素手であったって、武器を持っていたって、間違いなく……

それにしても疲れた―――眠過ぎる……まずいよ…なあ…こんなにも無防―――び…………」


王の身を危うくする謀略を、たった一人の武威により切り抜けられた―――ものの、その者は王の身と共に、血溜りの惨状の場に、その身を沈める……。



そしてここで―――運命の歯車は急加速し始める……


         * * * * * * * *


その場所は、街と街とを繋ぐ『街道』―――そして、“ある者”が屋敷を構えている、固有領域テリトリーのすぐ近く……。


すぐ近くの街へと買い出しに出かけていたその屋敷の持ち主が、どうした理由からか血溜まりの惨状の現場で行き倒れている、一人のニンゲンの女性を助け起こすと、介抱する為に自分の屋敷へと連れ帰ったのです。



そして―――やおら気が付くと……



「(う……)う・う―――………どこだ? ここは―――」


「おや、目覚めたようだね。 気分はどうだい?」



気が付けば、自分は建物のなかでソファの上に横臥ねかせられていた。

そして、自分を気遣うかのような優しい掛け声―――



それにしても……ここはどこなのだ―――?

確か私は……多勢の魔族の刺客共によって囲まれ……

そこで“もう一人”の私が出てきて―――あの者の凄まじき武にてられ、気を失っていた……

それより……この者は何者なのだ―――?



緋の髪に―――緋の瞳……どこかで見た事の有るような、見目麗しみめうるわしの女性……。

そしてその頭には――――――『角』???


「そな……た―――何者……なのだ?」


「ふうむ……返事が出来るまでに快復は出来ているみたいだね。 だけど……無理をしない方がいい。」


応答こた……えろ―――そなたは…何者…………」


「君が思っているように、魔族の一人だよ。 意外だったかな?魔族がニンゲンを救うなんて。」


確かに意外―――つい先程まで、自分は魔族の王の軍と戦争をし、魔族の王を討ち取ったばかりなのだから……

それに、その後の報復で魔族にこの生命を狙われこそすれ、この魔族の女性の様に自分を助けるなど、思いも寄らなかったのですから。


「魔族にも……色々と居るのだな―――そう言えば、私の友人の一人も魔族だった……」


「ふうん……それは珍しい事もあったものだね。」


「それよりそなたは……こんな処に居を構えて、なにをしているのだ?」


「うん? 何を―――って……『未だ知れぬモノ』を求めて……」


「ほう……ならばそなたは学者なのか?」


「フフフッ―――私はそんな、大逸れただいそれた者ではないよ。 未だ道半ばなかば……『学士』止まりさ。」


「『学士』―――そう言えば私の魔族の友人も『学士』のことを言っていたが……それはそなたの事ではないのか?」


「さてね……私の他にも『学士』を名乗る者は沢山いる―――それより君、お腹は空いていないかい?」


「えっ―――? あっ……ああ……まあ―――」


ニンゲンの女性と、魔族の女性。

お互いが、これが初見であるはずなのに、弾む会話……

そして振舞われる手料理の数々に、丁度空腹を覚えていたニンゲンの女性は……


旨いうまいな! これは学士殿が作られたのか?」


「ああ、けれどこちらは学問より難しくてね……。 口に合うか心配だったが―――」


「ハハハハ―――この際、味までとやかく言うつもりはない! それに、こうして他の者と語らい合いながらする食事も悪くないものだな!」


「そう言ってもらえると助かるよ。 斯く言う私も一人で食事をするのが常でね。 それに、更なる『未だ知れぬモノ』を求め没頭するあまり、食事を疎かおろそかにしてしまう事もままにあってね。

そこを、口煩いくちうるさいのに見つかって、いつも怒られてばかりいるんだよ。」


「ハハハハ―――判る判る。

私の方も口煩いくちうるさいのが一人―――いや、二人はいるな……またそ奴らが――――……」


いつしか自分達は、10年来の親しき仲の様に、互いの事情を語らい合っていました。

互いが何者なのか、まだこの時点では判らない―――


けれども、聞かなければならない事は、聞かなければならない……


「ここまで他の者と話し込んだのは久方ぶりだ―――愉しい時間ではあったが……ここで肝心なことを聞いてもいいかな?」


その途端、魔族の女性―――『学士』の眸の色が変わる……

未だ見ぬモノを知りたいが為の……そうした慾望―――智の深淵を覗き込もうとする者の眸。

ニンゲンの女性は、その変わり様に息を呑むのでしたが、見ず知らずの自分にここまで開襟をしてくれた者に報いる為か……


「そなたも気付いているかもしれないが―――この私の身形みなりを見ての様に、戦争をしてきた……そなたと同じ魔族と戦争をし、そして勝利を得た―――はず……だったのだが……な。

私が得たと思っていた勝利は、勝利ですらなかったのだ―――今の、この私の有り様を見てくれ……これが勝者の姿だろうか?」


そのニンゲンの女性の胸の内を明かされ、しばらく聞き入る魔族の女性―――

確かに助け、拾い上げた時には状況が状況だっただけに、どこか只事ではない―――とは感じてはいましたが……

傷つき、欠けた装備を外し、付着ついていた血を拭き取り―――だにしても、“平常”を保ったまま話し込んでいた……


そして今―――何がニンゲンの女性の身の回りで起きているかを把握し始め……


「そうか―――ならば、現在の魔王の座位くらいは、空位だと言うのだね?」


「うむ……そう言う事になるはずだが―――?」


「そうか……ならば、お礼を言わなければならないようだね―――」


「どう言う事だ、何を言っている? そなた達魔族の王が、この私―――ニンゲンの手によって……」


魔族の王が、ニンゲン達の手によって討伐うちたおされた事に、殊の外喜びの表情を露わあらわにする、魔族の女性……

その事にニンゲンの女性は、なぜ魔族の女性が、そんな表情になれているのか、不思議な気持ちに駆られてしまったのです。



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