第37話 正当なる虐殺

「…くそ。重傷者が多過ぎる…!」


首都アルベールを襲った、先の地震。

守護者の式典が行われていた″中央区″の広場では、″地割れ″の影響をもろに受けた重傷者達が、運び込まれていた。


「中央区の病院はどうなっている!?

ここじゃ、医師の数も薬も足りない…!」


アルベール中央通りを中心に、周辺都市をはじめとした″中央区″はほぼ壊滅状態だった。

中央区に位置する病院とて、無事かどうかがわからない。

…いやむしろ、無事ならそれは奇跡に近いだろう。


「ドクター・クールベ!

止血帯も包帯も足りません!」 


病院機関の状態確認が出来ない以上、式典場に待機し、生き延びていた医師達…

″ドクター・クールベ″をリーダーとし、医師団は被害が軽微だった″中央広場″を、仮設救命所とし、重傷者の救命にあたっていたのだ。


「いいか!全員を救おうなどと思うな!!

助かる見込みのある者を、優先的に救命しろ!!」


魔道士達が救助した重傷者が、医師団のいる中央広場に、次々運び込まれていた。

しかしその中には、ほぼ死にかけの状態で運び込まれてくる者。そもそも搬送途中で死亡する者。運良く運び込まれて来ても、救命出来ずにそのまま命を落とす者など…

彼ら全員を救うのは困難を極めた。…というより、それは不可能な状況であった。


医師達も限られた人数で必死に人々を救おうとするが、大量出血や内臓破壊。酷い者では頭が潰れてる者まで…はっきり言って助かる見込みのない者まで次々運びこまれてくるため、医師達は力及ばす彼らを死なせてしまっている状況に、心が憔悴して″疲労″とは別の精神崩壊を起こしかけていた。


「頼む…死ぬな…!」


医師の一人が、意識を失っている市民の一人に、必死に心臓マッサージを施す。

助かるかどうかわからなくても、全力を施すしかない…


生き残った医師の中にも、負傷している人間は多かったが…

だからといって、今目の前に運び込まれる負傷した市民達を前に、何もしないわけにはいかない。


″使命感″。

それこそが、医師団を突き動かしていた。


哀しみと苦しみと焦り。


そしてわずかな″興奮″。


かき乱された感情は、この特殊な状況下では、医師団達を″結束″させた。


彼らはどちらかというと、″兵士″のような高揚感に包まれていた。


《自分達がやらなければ、誰がやる?

自分達が倒れたら、誰が守る?》


それは決して、歓びの感情ではない。


そうせざるを得ないのだ。


自分達がやらなければ、誰がやるというのか?その激情が、溢れ出る彼らのアドレナリンを、無制限に刺激し続ける。


使命感がもたらす″極限状況下″での人々の行動は、その人の限界以上の力を引き出す。


「くそ…!息をしていない…!

もう、助からない……!!」


だが、″救えなかった″という体験は、彼らの心に大きな「傷」も残す。

今はまだ、その「傷」を認識するときではないが、全てが終わった後、彼らは認識するだろう。


自分達の″無力さ″を。


「…こっちの女性、息を吹き返しました!」


「よし!胸に刺さっている破片を取り出すぞ!″鎮痛剤″の用意を!!」


しかし、″救える命″もある。



だから彼らは、絶望と苦境の中でも、心の激情を焚き付ける。







「…王女、中央区の医療機関はほぼ壊滅状態です…

ここ中央広場を仮設救命場としていますが…

重傷者の数が多く、救命医の数も医療資源も限界ですぞ」


魔法院長官のゲーデリッツが、災害指揮を執るシャーロット王女に、各地区の状況報告をしていた。ゲーデリッツは王女に指示されて、魔道士達を使って各地の情報収集に当たらせていたのだ。


「収容人数が手薄な病院はありますか?」


「…南区は、比較的被害が軽微ですが…

西区の病院は壊滅状態。北区、東区の病院も、余力がありません。

どうします?王女。

中央区の怪我人達を、南区の病院まで搬送させますか?」


ゲーデリッツの提案を、王女はしばし考えるが、最終的には却下した。


「…今はまだ余力があっても、重傷者が増え続ければ、いずれは病院のキャパシティも超えてしまいます。…報告を聞く限り、まともに受け入れ余力のある医療機関は、南区だけのようですが…

やみくもに重傷者を搬送していれば、南区の病院も手一杯となり、医療崩壊してしまいます。…それは、避けなければなりません。

…それに、重傷者を南区の病院まで搬送するのは、それだけ救命処置が遅れるということ…」


王女は思案し、結論を下す。


「…わかりました。

怪我人を″イエローゾーン″と″レッドゾーン″に区分します。」


「…と言いますと?」


「…″イエローゾーン″の怪我人を、優先的に救命対象とすること。

″レッドゾーン″の怪我人は、見捨ててください。」


「……ふむ。ではレッドゾーンの者は、見殺しにしろ、ということですかな?」


「そうです」


やはり、躊躇なく即答するシャーロット王女に、ゲーデリッツは僅かばかり面食らった。


「…ゲーデリッツ長官。これは、命の選別です。医師の数も、医療資源の数も限りがあります。全員を救うのは、不可能です。

だから、″見捨てる命″を、躊躇なく断行すべき時です」


それは合理的、なのか。

非情なのか。


どちらも正しいだろう。そして彼女も、それを理解している。


「…王女。

″レッドゾーン″の怪我人の適用範囲は?」 


「…蘇生処置を施しても、助かる見込みの少ない老人…

…そして、非エストリア王国民です。」


それが意味するところは、明白であった。

″正規″のエストリア王国民ではない外国人は、″救わずに見捨てろ″、ということであった。

そして、重傷の老人救助は優先度が低い…どころか、もはや″見捨てる″という選択。


「…医師の人数にも限りがあります。

なので、蘇生をはじめとした一次救命措置は、″救助者″が直接行うよう指示を。

…救命の心得がない救助隊には、″青の教団員″を同行させてください。

救助隊の手に負えない状態ならば、医師の元へ連れてきてください…」








アルベール南区———


南区は、首都の中でも比較的被害が、軽微な場所であった。


「…負傷者を、一刻も早く搬送してください!」


だとしても、やはり負傷者は多い。

地震で倒壊した市街。その中にあって、颯爽と馬に乗りながら、″市民救出″の指揮を執る者…


「我々騎士団が、市民を救出するのです!」


彼は、″アルテミス騎士団″の団長。

アンドリュー・マクスウェル。

豪奢な美しい髪をなびかせ、その小さな体は、彼よりもひときわ図体の大きな馬を——しかし完璧に制御し、颯爽と市街を駆け巡る。


くりんと上にカールされた前髪から覗く顔は、まるで年端もいかぬ少年のように、若く見える。

若いのは事実だが、実際には20を超えている。


「…軽傷者は、我々で手当を!

…重傷者は、医師達に任せましょう!

とにかく、今も瓦礫の下で苦しんでいる市民達を救うのは、我々しかいません!」


鼓舞するように声を張り上げるマクスウェル騎士団長。

″混乱″や″有事″の際には、″騎士団″が率先して現場の指揮を執る。

シャーロットは、配下たる″騎士団″に、常々その旨を指令していた。

ここ南区でも、やはり″騎士団″が中心となって、負傷者の救助に当たっていたのだった。


アンドリュー・マクスウェル。

彼は騎士団の中でも、かなり穏和な性格で、リアリストたるスペンサー達騎士団長とは異なり、典型的な理想主義者である。

——なので、スペンサー達″強硬派″ともそりが合わない。だからといって、大神院と近い″穏健派″というわけでもなく。

グレンヴィル達騎士団長と同じ、″中立派″だった。


「…マクスウェル様!」


「どうしました?ホワイトリー」 


マクスウェルに声をかけてきた、背丈の高い老人。彼は、″アルテミス騎士団″の副団長、ホワイトリーだ。


「シャーロット王女からのお達しです。

無条件に全員を救うことは出来ない故…救出対象者の″優先順序″をつけろ、とのこと。」


「…どういうことだ?」


「重傷の老人…そして、非エストリア王国民は、見捨てよ、とのことです。

大地震で、大勢の医師達も命を落とし…医療関連施設も大規模な被害を受けております故…

医師の数、薬の数、病院の容量…

それらを考慮し″救出者″の選定を行え、という命令です」


淡々と語るホワイトリー副騎士団長。

しかしマクスウェル騎士団長は、その命令を受け入れ難かった。


″命の選別″をすべきではない。

全ての者たちを平等に救うべき。

それこそが、彼の信条だからだ。


「…マクスウェル様。この指示通りにするならば…

″難民街″から、騎士団員を引き上げますか?」


アルベール南区には、難民達が居住している貧困区——″難民街″がある。


先の地震で、その難民街も被害を受けた。

アルテミス騎士団の団員達は、難民街にも救助部隊を向かわせている。


″外国人は見捨てろ″


というシャーロット王女の指示に沿うならば、当然ながら″正規″のエストリア国民ではない難民達を、見捨てなければならない。


「ホワイトリー。私はシャーロット王女のことを尊敬しているし、我々が仕えるべき主が、王女であることに代わりはない。


…しかし……」


躊躇するように、マクスウェル騎士団長は言葉を続ける。


「しかし、″命の選別″を行なって…

我々は″神″に顔向けが出来ると思うか?


全ての人間は、″等しき″状況で生まれてくる。

″命″そのものに、優越はない。

″平等″こそが、この世の全ての者たちが享受すべき″権利″だ。」


「…では、どうします?マクスウェル様」


副騎士団長からの問いかけに、マクスウェルは迷いを振り払うかのように、語気を強くし返答する。


「…全員、救う。エストリア王国民はもちろん、老人も難民も、外国人も全員だ。」


「…王女の命令に、背くことになりますが?」


「…″命令″とは、正当性があった場合にのみ、意味を成す。″命の選択″を強いるなど、とても正当な理由とは言い難い。

…そうは思わないか、ホワイトリー?」


「それは、そうですが…」


ホワイトリー副騎士団長にとって、マクスウェルの言いたいことも理解できる。

しかしマクスウェルよりはまだ″現実主義″的な性格のホワイトリーは、″思想″やら″正当性″云々よりも、″命令に背くこと″の重大性を、危惧していた。


″集団組織″、とりわけ有事対応においては…

″命令遵守″は生命線である。

″大局″から全体を見渡す″司令官″と、″局地″か限定的な空間のみしか見えない″指揮官″とでは、「見ているもの」が異なる。

故に、命令違反はえてして大局的な″戦略″の崩壊を引き起こしかねないのだ。


…勿論、指揮官の即応的で、″独自″の判断が、「功を奏する」こともあり得るわけだが。


しかし「全てを救いたい」という、理想主義的な思考に固執するマクスウェル騎士団長の

″命令違反″は、老練なホワイトリー副騎士団長にとって、いささか危ういものに見えた。


「ホワイトリー。ここでもたもたしているわけにはいかない。

難民達外国人も救うし、全員を見捨てない。それこそが、″騎士団″のあるべき姿、だ。」


マクスウェルはそう言うと、馬を駆けてまた、市街のほうに向かっていった。


「………やれやれ」


潔白な性格とはいえ、マクスウェル騎士団長は、部下の意見や結論を聞く前に突っ走る傾向がある。


ホワイトリー副騎士団長は、マクスウェルの理想や思想には共感する。何事にも″平等″を重視する彼のことを、″信頼″している。




「信用」は、していないが。












アルベール北区———


この地区の中枢的病院、メリンダ中央病院は、幸いにも地震や地割れの被害を受けずに済んでいた。

そうは言っても、やはり市街地が地震の影響を最も受けていたため、他の地区と同様に死者や怪我人は多かった。


…そのうえ元々この病院は、地震が起きる前から、患者数の多い病院であった。


「…鎮痛剤を!…胸に刺さった破片を、取り出すぞ!」


重傷者の治療にあたっていた、病院の医師達。ベッドの数は限りがあったが、そんなことを言ってられる余裕はなく、テーブルや床に重傷者を寝かせ——出血多量やら意識昏迷の怪我人やら、ガラスの破片が体に突き刺さった者など…とにかく応急的処置が必要な者が、次々と運ばれてくるのだ。


「院長!こっちの患者、エストリア語を話せません!」


意識レベルの確認をしていた医師が、患者が外国語を話していることに気付いた。


「腹部に突起物が刺さっているのです。…鎮痛剤を打って除去しようと思うのですが…錯乱していてまるで話が通じません」


「…難民、か」


院長が呟く。

この街でエストリア語を理解できない者など、決まっている。…エストリア王国民ではない、他国からやって来た難民だ。


大神院の″難民受け入れ″策により、首都アルベールには難民達…つまり、外国人が大勢いるのだ。


「ちょっと落ち着いて… あー、鎮痛剤を打つだけだから…」


院長が、錯乱状態でわめき散らす″難民″の人間に声をかける。しかし、言葉が通じないのではどうにもならない。

その難民の男は、医師達を警戒しているようであった。見たこともない″注射器″を怖がったのかもしれない。


「困ったな…これではどうにも…」


院長が困惑していた、その時。


病院内に、銃声が響いた。


「何だ!?」


医師達が仰天し、銃声のした方向を見渡す。



「…な………」


院長は、目の前で起きた光景に、絶句した。




先ほどまでわめき散らしていた″難民″の男の頭部に、銃弾が撃ちこまれていたのだ。



「まったく…″治療″を拒否する外国人など、とっとと殺せばいいのだ…」


難民を撃った男……それは″騎士団″の人間だった。


「…ちょっと失礼するよ。

私は″ガルド騎士団″のカニンガムだ。」


野太く″しゃがれた″声。まるで″賊″を思わせるような、黒い口髭。

腰には、″高価″な銃やら剣やらをぶら下げている。

どこか激情的で、しかし冷たい眼光は、その瞳だけで相手を萎縮させてしまうほどの過激さを孕んでいた。

その威圧的な風貌は、その場にいた医師達に…否応なしにある種の″恐怖感″を与える。


それこそまさに、″騎士″が現れたというより、悪辣な″賊″が現れた、というような雰囲気。


彼は、騎士団″強硬派″の先鋒——

″ガルド騎士団″の団員、ウィルバー・カニンガム。

その名を知る者ならば、彼に対して畏怖を抱くことだろう。


彼は、騎士団長のスペンサー、副騎士団長のガトランドに次ぐ、″ガルド騎士団″のナンバー3である。


「…カニンガム様…!

なぜ、患者を殺したのです……!?」


しかし院長は臆することなく…

突如患者を″射殺″したカニンガムを、激しく責め立てた。


「なぜか、だと?

…奴がエストリア国民ではないからだ」


「…だから、殺したのですか?

……そんな理由で……!」


怒りをおさめられない院長を、しかしカニンガムは鼻で笑う。


「…ふん。お前たちは何も知らないようだがな…

これは、シャーロット王女の命令だ」


「王女の命令?

…それは一体、どういう…?」


驚く院長に、カニンガムは説明する。


「王女はな… 患者をレッドゾーンとイエローゾーンに分けろと仰られた…

つまり……」


カニンガムはそう言うと、病院中を見回した。そしてベッドに横たわっている患者一人一人に、声をかけていく。


「お前、名前は?」


「…ジョ、ジョン・トレバーズです…」


カニンガムは患者を変えては、その名前を聞いていき、また別の患者に名前を聞く、という行為を繰り返す。


医師達はその行動を不審がった。

…誰かを探している、というわけでもなさそうだが……



「…名前は何だ?」


カニンガムに名を尋ねられた、やや浅黒い肌の患者。


…しかしその男は、カニンガムの言葉を理解できないようだった。


…なぜならその男は、エストリア人ではないから。エストリア語を理解できない。


「アー、イールー、アー、オー、オ?」


男が何を喋っているのか、カニンガムも理解できなかったが。しかしそんなことは、どうでもよかった。


「…見ろ。こいつはエストリア人ではない。

…この言語…おそらく、東の国の言語だな。

…つまりこいつは、難民だ。」


カニンガムが怪しくほくそ笑む。


「…た、たしかに。彼は難民街で負傷していた者ですが…それが、何か?」

カニンガムの意図を推し量れない院長。



…しかし次の瞬間。



パンッ


カニンガムはその難民の男を、有無を言わさずに撃ち殺した。



「…………!!」


院長ほか医師達は、その衝撃的な行動に絶句し、咄嗟に…半ば″本能的″な反応で、カニンガムを取り押さえようとした。


しかしカニンガムは、向かってくる医師達に銃口を向け、彼らを制止する。



「おっと……我々の仕事の邪魔をしないでもらおうか、ドクター達?

これは、必要なことなんだよ。

なにせ、″レッドゾーン″の患者は見捨てろ。

それが、王女の命令なのだからな。」


「見捨てる…?」


なおも言葉の真意を理解できない院長に、カニンガムは笑いながら答える。


「…ふっ。医者のくせに、理解力がないんだな。

医師の数も病院も、医療物資も限りがあるだろう?

だからシャーロット王女はな…命の″選別″をしろと、全地区に発令したのだよ。


…その命令とはな…″レッドゾーン″に該当する者は、見捨てろ。

つまり、だ。″外国人″はこの″レッドゾーン″に該当するため、救う必要はないということだ。

…なので、死んでもらうことにした。」


あっさりそう答えたカニンガムは、なおも部下の騎士達に命じて、病院内に収容されている外国人やその難民達の殺害を命じた。


″エストリア語″を話せない者は、外国人だ。

なので彼らは、患者一人一人に話しかけていたのだ。


「名前を言え」


「…オ、オーラー、クエラー、アラー?」


「…エストリア人じゃないな。死ね」


パン


″ガルド騎士団″の団員達は、問答無用で次々と、外国人を射殺していった。


「やめろ!!」


院長が止めようとするが、騎士に銃を突きつけられる。


「…邪魔をするんじゃない。

お前達医者は、とっとと仕事に戻れ。

″エストリア人″のみを、治療するのだ。

外国人やその難民達を治療する医師も、その場で射殺するぞ」


カニンガムが、医師達を脅しつける。


「…馬鹿な!

シャーロット王女とて、外国人を″救うな″と言っても、″殺せ″などとは命じていないはずだ!

カニンガム!!お前達ガルド騎士団は、難民を殺したいから、その理由づけが欲しいだけではないのか!?」


カニンガムを激しく責め立てる院長。


「…まあそう興奮するな、院長殿。


これは″解釈″の問題だよ。


たしかに王女は、″殺せ″などとは命じていない。しかし、″殺すな″と命じてもいないのだ。


…つまり。殺しても良い、ということだ。」


その恣意的で強引な解釈は当然ながら、医師達を納得させるには至らない。

しかし、医師達とて騎士団には逆らえず、どうすることも出来なかった。


「ひぃぃい!!」


難民の一人が、騎士団から逃げ出そうとする。


しかしカニンガムは逃さず、逃げ出そうとする難民の背後から、剣を振りかぶり、首を切り落とした。


「…そもそも、こいつらはエストリア国民ですらない。なぜ正規の″エストリア国民″を差し置いて、外国人を治療する必要があるのだ?」


カニンガムは、やや怒気のこもった声で、医師達に詰め寄る。


「平等?公平?

そんなものはな、クソ食らえだ。

大神院の″クソ政策″のせいで、この国には大量の難民外国人が流入した。治安も悪化した。

そんな″クソ外国人″どもに、なぜ貴重な医療を提供する必要がある?


言ってみろ院長。お前はエストリア国民だろう?外国人ではなく、エストリア国民の救出を優先すべきだとは思わないのか?」


難民や外国人への憎悪を隠さないカニンガム。しかし院長は、カニンガムに反抗するように言葉を返す。


「…だからといって、この″虐殺″が正当化されると思うのか? 

外国人にだって…

難民にだって、彼らの苦しみがある。家族もある。

彼ら個人個人を理解せずに、問答無用で命を奪う。

…そんなことが、許されるはずはない。」


銃を突きつけられても、なお強気な院長に、カニンガムは不敵に鼻を鳴らした。


「…ふん。

院長。我々とお前とでは、どうもわかりあえないようだ。

だが、″自分達だけ″気高い存在であると…勘違いしないほうが、いいぞ?

この病院を運営している″青の教団″なんてのはな……病院の運営資金を捻出するために、ありとあらゆる″金策″に走っている。

その一つが、″富裕層″からの援助金だ。」


「何が、言いたいんだ?」


「…院長。なぜこの病院に、難民どもが多く運ばれてくるか、わからないか?

″富裕層″が安い賃金でこき使っている″難民″どもが倒れた時…病院で治療させて、また安くこき使う。

″青の教団″はその″富裕層″達から資金を受け取っているので、彼らがこき使ってる難民達を、優先的に治療せざるを得ない。

″エストリア国民″を差し置いて、だ。」


平時において、青の教団が運営する″医療機関″には、″難民外国人″が多く運ばれてくる。それは紛れもない、事実ではあった。

その事実に、院長は反証する材料を持たず、ただ閉口するしかなかった。


「結局は、カネ、カネ、カネだ。

金持ちどもは、教団が運営する病院のパトロンだ。危険労働に従事する″難民奴隷労働者″を、いかに″長く安く″こき使うか。

…そのサイクルに、この病院も含まれている。

お前らが治療した難民どもは、金持ち達に安く使われて、過酷で危険な労働に従事させられるんだ。

…そんな現状が、理想の社会と言えるか?

平等だの公平だの、それ以前の問題だよ。


…まあこの地震で、全てが変わる、かもしれんがな。」



ガルド騎士団は、以後も病院内で治療されていた難民達を、次々に始末していった。


その惨劇を、医師達は辛酸な思いで、ただ黙って見ていることしか出来なかった。



「ぐわああ!!!」


誰かが悲鳴をあげた。その悲鳴の主は、難民ではなかった。


ガルド騎士団に″魔法″で″反撃″した難民がいたのだ。


「こいつ…!魔法を使いやがった!!

殺せ!!」



過激な行動は、やはりもう一つの″過激″を呼び起こす。


″惨劇″はさらに拡大し、″闘争″をもって、その火はより″増幅″していく。


″小さな火″は、やがて街全体に波及する″大火″へと、その姿を変えていくのだ。








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る